菊原慶介の人生④

 美晴は気を取り直した。


そうするしか仕方がなかったのだ。


名取は向かいのソファに座り、ドカッと足をテーブルに置いて、


横柄な態度をとっている。


こんな男が代表取締役だなんて……。


美晴は気を落ち着かせるため、


目の前のお椀に手を伸ばしお茶を一口運んだ。


「ぬ、ぬるっ!」


生暖かい……。


てっきり温かいか冷たいかと思っていた。


すると、名取がゲラゲラと笑った。


「それはね、猫ちゃんの胸で温めてもらったお水を入れてもらってるんだよ、ねっ♪ 猫ちゃん」


「カイトさん、セクハラです」


「えぇ、そんなこと言わないでよ猫ちゃん!」


何だこの男、ただの女好きか……。


しかも巨乳好きみたいだし、


本当に信用できるのか?


「あ、あのそれで名取名義販売事務所って一体何をしていただけるのですか?」


美晴は率直に思ったことを名取にぶつけた。


「はぁ? なに、何も知らずにきたのか。猫ちゃん、説明をヨロシク♪」


「かしこまりました」


そういって猫山は書類を美晴の前に丁寧に置いた。


「な、なんですか? これ」


美晴は手に取り、ペラペラとめくる。


「この『名取名義販売事務所』では、第二の人生を歩みたい方に、名義を売却していただき、代わりに新しい名義を購入していただくという事業です。名義は銀行口座、マイナンバー、免許証など、その人に関連するを売却していただき、新たに口座や名義を購入していただくことで第二の人生を歩むことができる。というわけです」


「そういうこと、理解できた?」


美晴は全く理解ができなかった。


「え、名義を売る? 買う?」


「あぁ~、物分かりが悪いな、猫ちゃんもう少しわかりやすく言ってあげて」


猫山は眼鏡をクイッとあげて一呼吸置いた。


「旧名義を売却し、新名義を購入していただきます」


「代金は?」


「そんなもん、名義の価値によって変わるでしょうが」


ますます訳がわからない。


名義に価値なんてあるのか?


「名義の価値ってどうやって決まるんですか?」


「その人の過去だ」


名取ははっきりと言い切った―――

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