かわるゆめ

廻蛾

本文

「やっぱり君と遊ぶのは楽しいね」

小学生からの幼なじみのあの子は僕を見て笑った

あの子はいつも僕と放課後に遊んで,一緒に笑って、泣いて、怒って、楽しんだ

僕は、あの子の長袖の制服で隠れた腕の傷に気づかないまま


そんな高校生時代の思い出が夢に出てきた。目が覚めると自宅の天井。時刻は丑三つ時頃だろうか、外では鈴虫がせわしなく羽音を立てている。

いつも2人で遊べるゲームを考えては一緒に遊んでくれたあの子は、高校2年生のあの日を境にいなくなってしまった。教師からは行方不明になったと告げられた。警察は事件性を疑い、唯一交友関係のあった僕を事情聴取した。僕はただ、放課後一緒に遊んでいたことしか伝えられなかった。そこから何日、何十日待っても、あの子が戻ってくることは無かった。

その間、警察の捜査であの子の悲惨な家庭環境がはっきりした。どうやらあの子は母親が弟を出産した事を期にネグレクトを受けるようになった挙句 、弟は小学1年生に交通事故で死去、父親はあの子に虐待するようになり、母親は精神的におかしくなった上、違法薬物をやっていたらしい。もちろん2人は逮捕され、すぐに懲役刑となった。しかも学費はあの子が法を破ってまで自力で稼いで払っていた事も判明した。

聞いた時は唖然とした。

正直に言うと自分では1年も耐えられないだろう。ただそんな環境で何年も耐えていた彼女は、学費を稼ぎ、暴力に耐え、そして学校では「普通」を演じて、放課後に僕と遊んでくれていたのだ。

ただ、彼女は家を飛び出して行方不明になってしまった。だからこそ、自分に出来ることはなかったのかと自問自答し、後悔する日々が何日も続いた。

その後,警察や地方自治体によって大規模な捜索活動が約1か月行われたが、努力も虚しく、所持品どころか痕跡さえ見つからなかった。

「もしかしたら,神様に連れていかれたのかもしれないねぇ。」

近所のおばあさんが呟いたその言葉が、嫌に印象に残っている。なぜ今まで忘れていたのだろう,こんな大事なことを。

大好きな唯一の友人を失った、忘れてはいけない出来事を。

いや、こんなことを考えている場合じゃない。

明日も仕事だ。早く寝て朝8時までに出勤しないと上司に怒られる。

そう考えた僕は、再び体を横たわらせた。


最近同じ日々がループしている感覚がある。

朝早くに出勤して、書類作業、お客様とクレームへの対応、上司の機嫌取り、飲み会の付き合いなどをこなして、夜遅くに帰ってくる。そして明日のことを考えて憂鬱になる。

自分の心配をする暇もなく会社のため、金のために働く毎日を送ってて、娯楽を楽しむ暇もなかった。

そんな毎日なのに昇進は叶わず平社員止まりでやる気は起きない。でも生きるためには働かないといけないので体を無理やり動かしている現状を無感情に悲観しながら帰宅していると、背後に気配を感じた。

振り返ってみると、誰かが立っているのが見えた。


その姿を見た瞬間、激務で失われつつあった感情が急に戻ってきた。

その姿はどこからどう見ても、僕が最後に会ったあの子の姿だったからだ。

色あせた長袖の制服を着た、特徴的な短髪のあの子の姿だったからだ。


あの子が僕を呼んでいる気がする。

あの子はどこかに走り始めた。僕を誘うかのように。

僕はあの子を追いかける。

もう1回あの子に会いたい。

会ってもう一度話をしたい。

そんな思いを抱え、あの子を見失わないように,必死で走った。


どのぐらい走っただろうか。

僕は息を切らしてその場に立ち止まった。

ふと顔を上げてみると、そこは放課後のあの学校の校庭だった。僕は現状が飲み込めず周りを見てみたが、どこからどう見てもあの学校だった。

僕とあの子がよく遊んだ、放課後の学校だった。

気がつくと、また背後にあの子がいた。満面の笑みをした彼女は「あーそぼっ」と言い,僕の手を引く。その言葉には、得体の知れない安心感があった。僕はそれに答えるように「うん」といつぶりかの元気な声で言う。

そこから僕らはひたすらにあそんだ。教室でトランプ、オセロ、将棋、果てには麻雀もした。彼女が作ったボードゲームもした。校庭に出て意味もなく走り回ったりした。体育倉庫から色々引っ張り出して遊んだりもした。使わなくなって倉庫の奥に押し込められた備品も色々改造してゲラゲラ笑ったりした。

僕らは子供みたいに無邪気に遊んで笑い合った。

一生こんな日常が続いたらいいなと思った。


瞬間

「それはダメ」

とあの子の声が学校中に響く。同時に自分とあの子と自分以外が全てモノクロになる。

アニメで時間が停止する演出さながらの光景が、自分の目の前に展開されている。

あんなに楽しそうだったあの子は、後ろで手を組んで俯いていた。

僕が「どうして?」と言う間もなくあの子は言葉を続ける。

「君には、まだやることがある。それに君は、私とは違ってまだ『 戻れる』から。」

あの子の質問に、僕は問いを返す。

「『 戻れる』ってどういう…」

そこまで言うと、あの子は少し間を置いて答えた。

「私ね、神隠しに逢ったの。」

僕は言葉を失った。

そして「もしかしたら、神様に連れていかれたのかもしれないねぇ。」という言葉が頭に浮かぶ。

嫌に印象に残った、あの言葉が。

あの子は僕に話した。

「きみと遊ぶのが楽しくて、自分の家族が嫌になって、あの日、きみに会いたくて家を飛び出したの。そしたら、ここにいたの。」

今にも泣きそうな声だった。僕は反射的にあの子に近寄る。

「きみがここに来るまで、夕暮れ時から進まないこの学校で、ずっとひとりで待ってたの。ずっとずっと寂しくて、寂しくて…。まだ、さよならもきみに言えなかったのに、きみの目の前から消えちゃった自分が許せなくって…」

僕は目を抑えて必死に涙を堪えているあの子の背中をさする。あの子は嘔吐くのを抑えて、僕を抱きしめた。その反動で僕は尻餅をついたが、構わずにあの子は言った。

「だけど今日、きみに会えて本当に良かった。」

あの子の目から涙が溢れた。

僕の右肩が涙で濡れる。

僕は泣きたい気持ちを抑えて、あの子の背中をさすった。

僕もあの子と同じ気持ちだったから。


何分経っただろうか。

ようやく泣き止んだあの子は僕を抱きしめたまま動かない。

僕はどう対応していいかわからず、現状維持をするしかなかった。

「あの〜…」

「待って」

僕が体制を直そうとしたら、あの子から止められた。

「もう少しこのままでいさせて」

そう言われたので、めちゃくちゃキツいが仕方なく元の体制を維持する。

少しづつあの子の鼻息が荒くなっているのがわかる。そしてあの子が一言漏らす。

「はぁ〜いい匂いする…。もう襲っちゃっても問題ないよね…。」

それはさすがに冗談じゃないぞと思い、僕はあの子の両肩を掴んで密着した身体同士を引き剥がす。それに不満だったのかあの子はむすっとした顔で言う。

「何よ、ここは現実じゃないんだし少しくらいいいじゃん!きみも私もなにか減るっていう訳じゃないし。」

「そうだとしても倫理的にアウトだしそういうこと言われたら恥ずかしさで死んでしまうわ!」

あの子の言葉に思わず反論してしまった。

「ケチんぼ!」「ケチですまんね」

そんな会話を交わして互いにそっぽ向いたあと、あの子はくすくす笑った。それにつられて自分も笑いが出てくる。そしてそのまま2人で腹抱えて大笑いした。


「は〜お腹痛い」

お互いに抱えていた憂鬱な気分は,大笑いしたら嘘のように消えてしまった。

時が動き出したようにモノクロだった風景に色が戻る。そして止まっていたものが重力に従ってまた動き出した。

瞬間,僕は強烈な眠気に襲われて倒れそうになる。それを見てあの子は言う。

「もう,お別れの時間みたいだね。」

そう言うと,色付いた風景が視界の端から崩れ始める。

待って

まだ話したいことが沢山あるのに

伝えたいことがあるのに

そんな事を言う暇もなく、風景は崩れ去っていく。

「さよなら」

後悔のない満面の笑みのあの子の言葉を最後に、僕は意識を失った。


「大人になっても、無邪気な子供の心を忘れないで」


目が覚めると自宅の天井。朝日が昇り、雀が喉を温めるために鳴いている。

夢、だったのだろうか。それにしてははっきりと感覚が残っている。

何より、自分の右肩が湿っているのが動かぬ証拠だろう。まぁこれはただの寝汗かもしれないが。

ただ、あの夢をきっかけに、僕は明確にやりたいことが出来た。


それから僕は会社を辞めた。

そして有給消化期間も含めて,貯金を切り崩しながら教員免許を取得し、小学校の教師になった。

前の会社ほどではないが、仕事はやはりキツいし,給料は少ない。ただ、それ以上に今の仕事にやりがいを感じている。

休み時間には、たまに生徒たちと遊んだりする。それが今の楽しみでもあるし、自分が自分でいるために必要なことでもある。

「大人になっても、無邪気な子供の心を忘れないで」

あの子が言ってくれた言葉に背中を押されたから、今の自分がいるのかもしれない。

そう思うと、あの子には感謝してもしきれない。

ある日、生徒とドッジボールをしていると、不意に後ろから

「その場に混じりたかったなぁ」

そんな彼女の声が聞こえた。

その声はどことなく悲しそうだったが、嬉しそうにも聞こえた。

直後、僕は不注意でボールに当たってアウトになった。

ただ悔しさは湧いてこなかったし、逆にその事実さえも面白く感じれるようになった。


大人になっても無邪気に笑うことが出来る

そんな人生が、1番いいのかもしれない

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