第4会 ギャルとお嬢様
「あ、来たかな?」
お嬢様カフェ部の扉がノックされた後、部室内からそんな低い声が聞こえる。ドレスに着替えメイクも終え、すっかり準備を終えた星姫の声だった。
「オッケー。じゃあ私出るから準備しといてね。」
と、こちらもタキシードに身を包み、準備を終えている澄が言う。
「わかりましたわー。」
そう言って高い声で答え、澄、もといセバスを見送るお嬢様。
しかし3分後。いまだにセバスが戻ってこない。
「遅いですわ……簡単な説明しかないはずなのに……」
お嬢様がそう呟いた時、扉がガラッと勢いよく開き、セバスともう1人、金髪のギャルっぽい生徒が入ってきた。
「あー!スゲー!ほんとにお嬢様じゃん!ウケる。」
「よ、よくいらっしゃいました!初めまして、私がお嬢様カフェ部代表のお嬢様ですわ!さあ、そこへおかけになってくださいな。」
ギャルだ……と、少し動揺しながらお嬢様が迎える。
「ここ?オケオケ。てゆーかお嬢様スゲー可愛いから撮っていい?」
と言ってスマホを向けてくる。そのスマホの前に手を出してセバスが制止する。
「えー、先ほど何回も説明したと思いますが、基本撮影禁止です。」
「は?マジ?」
「マジです。」
少し険悪気味な2人の空気を察したお嬢様が割り込むように言う。
「あの、ちなみに何とお呼びしたらよろしいんですの?」
「あー、呼び方?ミヤって呼んで。」
「わかりました。ミヤさんですね。では、セバス。ミヤさんにメニューをお出しして。」
「はい。お嬢様。どうぞ、こちらメニューです。」
「サンキュー。んー、どうしよ。じゃ、コーラで。」
「コーラですね。かしこまりました。」
そう言うとセバスがいつもより早足でカーテンの裏に下がる。
「コーラ、あら珍しい。ミヤさんはコーラがお好きなんですか?」
「何?悪い?」
キッと睨んで答えるミヤ。それを宥めるような口調でお嬢様が返す。
「いえ、そうでは無くて、コーラ頼まれる方は珍しいなぁ、と思いまして。最近追加したんですけどもね、初めて頼まれたものですから……」
「ああ、あんま紅茶もコーヒーも好きじゃないからちょうどよかったんだよね。」
「あら、そうですか。メニューに追加してよかったですわー。」
「てかほんとに写真ダメなの?写真ダメならあんま来た意味ないんだけど。」
一瞬フリーズするお嬢様。だがすぐに動き出し流暢に続ける。
「ええ、ごめんなさい。あくまでおしゃべりの場ですから、写真は遠慮してもらってますの。」
何で来たんだよ、という本心を隠しながら言うお嬢様。予約の時にも、それこそ入室前の説明の時にも確認したはずだが。
「どうぞ、コーラです。」
そこにセバスがコーラの入ったグラスを持ってきて、2人の前に置く。なんとなくいつもより雑に置いたように見えた。
「来た来た。」
そう言って一気に飲み干すミヤ。
「あー、うま。もう一杯くれる?」
「ええ、すぐ持ってきます。」
またすぐにコーラを入れに行くセバス。すごい早足だった。
「あら、一息で。喉乾いてたんですわね。」
「まあね。ていうか、そのドレスいいなー、ちょっとあたしにも着させてよ。あとその髪型凄いけど地毛?触っていい?」
「いえこれは……あ、ちょ、やめてくださいまし!」
テーブル越しに身を乗り出して、無理やりお嬢様の髪を触ろうとするミヤ。なんとかその手を握り抑えるお嬢様。
「ちょっと、ダメですよ!」
と、さらに止めに入るセバス。そのドタバタにスマホの着信音が割り込む。
「あ、あたしだ。はーい、ミヤでーす。え?今?ひまひま。すぐ行くわ。うん、じゃあね。」
ミヤが一瞬で電話をとり、一瞬で電話を終えると、
「あたし彼ピに呼ばれたから帰るわ。じゃあお金ここに置くからじゃあまたねー、バイバイ。」
「彼ピ?あちょっと、コーラ残ってますわ…………。まあいいか……。」
テーブルの上に代金を置いて凄い勢いで帰っていくミヤ。その代金の側にはセバスが持ってきた、手付かずのコーラのグラスが置かれていて、扉の開かれた部室の中には、ポカンと口を開けたお嬢様とセバスが残された。2人は一瞬見つめ合うと同じタイミングで、
「「はぁー。」」
とため息をついた。その後セバスが扉をバンっ、と強めに閉め、鍵もかける。その様子を見てカーテンの裏から照華も出てくる。
「なんか大変だったね……。」
「もー、なんなんだよ!あいつはぁ!」
まず唸るような声で星姫がキレた。そして澄が続く。
「何回も説明したのに、あんなに写真ばっかり撮ろうとしなくていいでしょ!」
「あ、澄もキレてる。珍しい。」
「全く、コーラ残すしなんなんだよ!しょうがないから私が飲むぞ!」
そう言ってテーブルの上に残されたコーラを飲み干す星姫。
「星姫が飲みたいだけでしょ!もう……ああいうお客が来ないように写真禁止にしてたのに。」
「ああいう自分勝手な人やっぱりいるんだねー。はい、紅茶。いつもよりお砂糖多くしといたよ。」
頭を抱えた澄に照華が紅茶を淹れて渡す。
「ありがと、照華。でも何かないかな。ああ言う写真撮りたがるのをやめさせる方法。」
「んー、シンプルにスマホとかカメラ持ち込み禁止にする?持ちこみを見かけたらお嬢様のドリルでレンズを破壊するぞー!っていう感じで張り紙貼っといてさ。」
「なるほど。だけど、連絡手段も封じる事になるから、スマホの持ち込み禁止はちょっと厳しいかな。でもカメラ持ち込み禁止は出来そうね。そんな大きいカメラ持ってくる人もいないでしょうけど。」
「レンズ壊すのは突っ込まないのか……髪でレンズ壊せるわけ……」
2人に届かない小声で星姫がこぼす。その後、自身の縦ロールの先端をテーブルに押し当ててみる。すると、机に深さ1cmも無い程の小さな穴が出来たが、見なかったことにした。
「あ、そうだ。罰金でもつけようかな。最悪撮られても儲かれば……。ね、星姫?」
「へ!?罰金?いや、ほんと出来心で、穴開けようとしたわけじゃ……」
「星姫、あんた何したの?照華、星姫の座ってる場所確認して。」
「はーい。さあ、どけどけー!」
照華が立ち上がり手を突き出しながら星姫に迫る。諦めた顔で席を立つ星姫。
「穴って言ってたよねー?うーん……あ、穴だ。部長!テーブルに穴が!」
「テーブルに?どこ?」
澄も確認すると、確かに小さい穴がある。
「あらあら星姫さん。部活の備品ですわよ。何してくれたのかしら?」
なぜかお嬢様口調の澄。口調だけなら機嫌が良いように思えたが、目だけで怒りを示していた。
「えーっと、アレですわ。カメラのレンズ壊す練習で押し当てたら、ガリっと削れてしまいましたわ〜…………えと、ごめん。穴が開くと思わなくて。」
途中から素に戻って謝る星姫。
「え、それで穴開いたの……何それ怖。」
「私がセットした髪だもん!当たり前よ!」
恐怖する澄と自慢げな照華。澄が一度ため息をついて、
「まあいいか……とりあえず星姫は後で罰金として、」
「え?」
「部室内での撮影や無理やり触れようとする等の迷惑行為には、罰金を科します。みたいな内容の同意書用意しようかな。細かい事は今度決めるけど、どう?」
「うん。いいと思う。」
「オッケー。思いっきりふんだくってやるぞ!おー!」
と言って、右手を掲げる照華。座ったままじっとしていた星姫が、
「なんか2人ともさ、罰金取るのが目的になってね?私的には変な事されなきゃいいんだけど。」
「そっか、そんな話だったわ。一応さっきの同意書は用意しとくわ。ヤバい事されないようにね。」
澄がノートを取り出し、凄い罰金!と、大雑把にメモを取る。それを尻目に照華が話し出す。
「そういえばさー、なんであの人急に帰ったのー?まだ時間残ってたよね?」
「確か電話で彼ピから呼び出されたみたいな……そうか、あんなのでも彼氏いるんだよな……」
「あんなのって……彼氏の前ではぶりっ子なんだよきっとー。だから星姫もぶりっ子して彼氏探そ?」
「ぶりっ子お嬢様……ちょっとキャラ濃いかなぁ。でもそんなにぶりっ子成分強くなければいける?」
「やらないよ!?澄も真面目に考えないでよ!だいたいさ、男子入場禁止だからぶりっ子しても関係無くね!?」
「あ、確かに。」
ハッとした顔の澄と照華。しかし澄がすぐに言葉を続ける。
「じゃあ教室でぶりっ子しよう。」
「余計に無理だが!?」
「ほら、私に向かってピースしながら、星姫でーす⭐︎みたいな感じで、照華みたいに、ほら!」
「そうそう私みたいに。私みたいに?」
「いや、そんなするほど彼氏欲しいわけじゃ……いや、無理無理!恥ずい恥ずい!」
そんな感じで騒ぐ3人。そこにそれより大きい声で、
「すみませーん!」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってください!」
と、部室の扉の方から聞こえた声に澄が慌てて答える。
「誰!?もう予約ないけど、とりあえず照華は裏の方に下がって!星姫はまだ格好は大丈夫ね?私出るからとりあえず大人しくしといて!」
澄の慌てた指示に従う2人。照華がカーテンの裏の方に隠れたのを確認すると、澄が扉の方に歩いていき、恐る恐る扉を開ける。
「どちら様で……あ!ミヤ!さん!?」
扉の前に立っていたのは、先ほど好き勝手して帰った金髪ギャル、ミヤだった。
「どうも……えー、少しお話することがあって、よろしいですか?」
「へ?はい、じゃあどうぞ。」
ミヤの話し方が違う事に戸惑いつつも部室に招き入れる澄。2人は先ほどのようにお嬢様の座るテーブルへと歩いていく。
「あら、いかがなさいました?何か忘れ物でも?」
「お嬢様。先ほどは失礼いたしました。」
「へ?」
頭を下げながらそういうミヤに戸惑うお嬢様。
「私、実は生徒会でして……その、部活動の安全性、健全性の検査で来てまして……」
「安全性?健全性?一体どういう?」
そう言って澄も2人の隣に座って話を聞く。
「えっと、この部活のように密室で接客する部活動の検査で、接客に問題が無いか、客として来た生徒に害は無いか、っていう項目を見させてもらいました。」
「あ、なるほど。」
「ん、?なるほどですわ?」
わかった様子で澄が、わかってない様子で星姫が答えた。
「簡単に言うと、わざと失礼な態度をとって、その反応を見させてもらいました。」
「ん、ああ、なるほど。あー、それで無理やり色々迷惑かけるような事をしたと。なるほどね。」
素の低い声で答える星姫。
「ちょっと、お嬢様!」
「ああ、申し訳ないですわ。ちょっと驚いてしまって……」
「え、その声……星姫……?」
「え!?」
「待ってね……ほら、私もウィッグ取れば……」
「あ!弥美!?」
ウィッグを取ると、長い黒髪が露わになる。その女生徒は、お嬢様カフェ部の部員と同じクラスである1年A組の委員長、山井弥美だった。
「やっぱクラスメイトにはバレるか……弥美、星姫がお嬢様やってるのは誰にも言わないでね。お願い。」
「大丈夫、言わないよ。」
「よかった、ありがとう。あれ?弥美って生徒会だっけ?演劇部じゃなかった?」
既に素に戻った澄がいつもの口調で聞く。
「えっとね、両方入ってて、今日みたいな感じで、演技力がいる潜入調査みたいな事を結構してるの。」
「あ、そうなんだ。大変そう……それで、検査の結果は?」
「問題無し!ていう事を伝えにきたの。あ、ヤバい次のとこ行かないと。ごめんね、また明日ね!」
「ちょい待って!検査って何がセーフだったの?」
立ち上がった弥美を引き止める澄。
「私に対して怒らなかった事!怒って手を出したりしたら廃部だったよ。じゃあね!」
手を振って急いで部室から立ち去る弥美。先ほどと同じように澄と星姫の2人が部室に残された。
「もう少し早く来て星姫がキレてる時に弥美が来なくて良かったね……」
「聞こえてたりしたら危なかった…」
あんまりキレないようにしようと、反省した2人だったが、この後テーブルに穴を開けた件で澄が星姫に対してキレまくるのだった。
お嬢様カフェ部。その後愚痴愚痴 イザサク @sakuiza
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