第3会 新商品会議
「それじゃあ、新商品会議始めるわよ。紅茶の種類を増やす、ていうのは決まってるから、それ以外に飲食物に限らないから好き勝手色々言ってね!」
土曜日の午後。休日の学校の一室、お嬢様カフェ部の部室で澄が2人にそう言ってノートを開く。澄は部活中のタキシード姿ではなく、制服姿で眼鏡をかけていた。
「はい!澄部長!」
そう言って勢いよく挙手したのは星姫だった。右手がピーンと垂直に立っていた。星姫もいつものドレス姿ではなく、制服姿で座っていた。
「はい、星姫さん!」
「ドリンクバーを設置したいです!」
「無理です!照華はなにか無い?」
一瞬で撃沈された星姫を放置し、照華に話を振る澄。
「んー、そうねー。お嬢様パンとかどうかな?」
上下ジャージ姿の照華が答える。いつもの肩まで伸びている茶髪は途中で括られていた。座っている彼女の膝の上には、星姫がいつも着けている金髪のウィッグがなぜか乗っていた。
「お嬢様パン?」
「うん。まあ、ドリルパンの方がいいけど、チョココロネを金色にしてー、ドリルの先端に見立てたら、いける!」
ウィッグの縦ロールをビシッと澄に見せながら言う照華。その先端はいつもより鋭かった。
「ドリルパンはちょっと無いけど、お嬢様の商品みたいな路線はいいかもね。」
照華の尖った発言を無かったことにして、お嬢様関連商品、と綺麗な字でノートに書き込む澄。その後ゆっくり満足そうな顔で紅茶を飲む。
「はい!澄部長!」
「はい、星姫さん!」
先ほど撃沈された星姫が復活する。今度は左手がピーンと上がっていた。
「トイレに行きたいです!」
「どうぞ!」
そう言われると若干残像が出るほどの速度で部室を出る星姫。
「流れ星みたい……あ、流れ星姫……」
言い直し紅茶を飲む照華。
「流れ星姫?でもこんなに飲んだらトイレ行きたくなるよね。」
そう言って澄は星姫が座っていた席の前を見る。そこにはコーラの500mlのペットボトルがあった。中身は無く、撃沈されながら飲み干していたらしい。
「しかもそれ今日2本目だって。」
「2本目?嘘!?」
「えーっとね、私今日最初に来たの。その後星姫来たんだけど汗だくでさ。どうしたの?って聞いたら、バス逃して歩いてきたって。」
「え、この中を!?」
そう言って澄は窓の外を見る。外は夏真っ盛りで、時刻は14時。強い日差しが世界をじりじりと焼いていて、流石に暑すぎるのか、セミが弱々しく鳴いていた。
「そうそう。それで途中でコーラ買ったけど、暑すぎて学校着くまでに飲み切ったって。だから2本目。」
「ほんとコーラ好きなのね……メニューにコーラ追加、ちょっと考えようかしらね。」
「澄、追加したら星姫が飲み干すからやめとこ?」
「それはそうね。」
星姫のいないところで2人の意見が一致し、コーラがメニューに追加されることが永遠になくなった瞬間だった。
「なんか決まった?」
部室の扉を開け、そう言いながらスッキリした顔で星姫が戻ってきた。
「とりあえずコーラがメニューに載ることは無くなったわ。」
無情にもそう言う澄。
「えっ!?」
椅子に座った瞬間そう言われて固まる星姫。その様子を見て照華が突然切り出す。
「あ、流れ星姫で思いついた!」
「流れ星姫ってなに!?私流されるの!?」
星姫からの当然の疑問を華麗に流して照華が続ける。
「やっぱり外暑いじゃん?だからー、季節感を出すためにー、」
「出すために?」
「すごい本当に私流されてる。これが流し星姫……」
1人だけ戦慄して震えていて冬のようだが、まだ夏に生きている2人の会話が続く。
「流しそうめんとかはどう?お嬢様と流しそうめん企画!」
「あー、なるほど。夏っぽくていいかも。」
「でしょでしょ?そうめん自体の保存は楽だし、流しそうめんだから大人数でも出来る!完璧じゃない?」
嬉しそうにいう照華。澄が冷静にノートにメモを取りつつ考える。
「その場合、そうめんを茹でるものが必要だから、最低限鍋とガスコンロ……あとは紙の食器と調味料類。全部ひっくるめて安くて五、六千円くらいかしら?これくらいならいけそうね。」
うんうんと頷きながら澄が言う。照華もニコニコしながら頷いている。
「あっ、夏感出したいならかき氷もどう?冷蔵庫で氷作れるしよくない?」
冬場から氷を携え夏に戻ってきた星姫が言う。今度は流されずに2人の耳に届く。
「それもいいわね。初期の費用はそうめんより安く抑えられそうね。」
と言った後澄がメモを取る。
「それじゃあ、新しく流しそうめんとかき氷を追加ね!」
照華がそう言ったが、ノートを見ていた澄の顔が段々と曇っていく。
「うーん、両方は厳しいかなぁ……予算が足りなそう……」
「「え?」」
ノートを見てない2人が反応する。
「紅茶の種類増やして、鍋とガスコンロ買って、かき氷機買って、食器、調味料シロップって考えると足りないわ。とりあえず、一旦保留ね。」
「んー、じゃあ金かからない新商品考えないと……」
星姫がそう言うと、澄が思い出したように、
「あ、そうだ。あったわ。」
「「なになに?」」
と、2人がハモる。
「お嬢様と写真撮影で500円!ていうのは?」
「確かに!いいじゃん!」
肯定的な照華。対して撮られる事になる張本人の星姫はというと、
「無理無理無理。私如きと写真撮ってお金撮れないって!」
と、手と首をブンブン振っていた。
「大丈夫だって、お嬢様の時の星姫は美人なんだから。ね、照華。」
「そうそう。私がメイクしてるんだから大丈夫よ。」
「あれ?微妙に私の事は褒めてないな。照華のメイク技術しか褒めてないな?」
「私が上手いのもあるけどー、元の顔が良いの。イケメンなの、星姫は。」
「イケメン!?」
「イケメンね。」
「イケメンよ。」
澄と照華がダメ押しする。
「んー、じゃあ、お嬢様の格好で写真撮れる!とかは?ウィッグ着けてドレス着て、みたいな。」
「ドレスもウィッグも1セットしかないからダメね。1回撮るごとに洗ってられないし。洗わないと嫌でしょ?」
「ぬぅ……」
しっかりと論破され、星姫が引き下がる。そこに照華が、
「じゃあ顔隠す?ブルドッグマスク被ってさ。」
「それもう私じゃ無くていいじゃん!」
「とりあえず書いとくわね。ブルドッグ、お嬢様ツーショット……と。」
「澄!?ブルドッグは良くない!?」
「一応残しとくわ。私ブルドッグ好きだし。他にも考えないとね……。うーん……。」
「星姫さー。しばらくお嬢様モードで喋ってくれない?やることのイメージ湧かなくてさー。お願い!」
照華が星姫に向けて懇願する。
「ん、まあいいけど。結構疲れるのよね……。あー、あー、」
だんだんと声が上がってくる星姫。
「おーほっほっほ。これでいいですわね。あ、でも、うーん、せめてウィッグつけてもよろしいかしら?微妙に調子でないわ。」
「おっけ。はーい、じっとしてねー。」
そう言って照華が星姫にウィッグをつける。
「あー、イケメンお嬢様になってる!ちょ、写真写真!」
そう言ってテンションの上がった澄がスマホでパシャパシャと写真を撮っていく。星姫は慣れた感じで澄の言われるがままにポーズを取ったりしていた。
「まあ、こんなものね。」
5分程写真を撮り続け、満足した顔で椅子に座る澄。星姫も疲れた顔で一度座り、
「えー、それでは、今日はこの辺りで。ごきげんようですわ〜!」
と、言って帰ろうと再度立ち上がるが、冷静になった澄が冷たく冷ややかな目を向けて、
「まだ決まってないわ。座って。」
そう言われ、大人しく座り直すお嬢様。心なしか縦ロールの先端が丸く縮こまってる様に見えた。
「ごきげんよう……あ、サイコロ振って話すとかはどう?ちょっと大きめのサイコロ用意してさ。各面にトークテーマが振られてるやつ。」
「どっかで聞いたことあるやつですわねそれ!?」
思わず照華につっこむお嬢様。
「ブルドッグのごきげんようってメニュー名でいけないかな?」
「いけませんわ!」
「ブルドッグのごきげんよう……と。」
「セバスもメモしちゃダメですわよ!?」
「んー、決まらないわねー。」
そう言ってノートを睨む澄。そしてハッと思いついたように、
「照華!サイコロ持ってる?」
「持ってるよー。」
「ええ?なんで持ってますの!?」
照華がリュックからサイコロを取り出し、澄に手渡す。
「もう、サイコロ振って決めない?」
「セバス!?」
「あ、いいじゃん。1が出たらブルドッグ着用。2が出たら流しそうめんって感じね。」
と、照華が楽しそうに言う。
「なに!?ブルドッグ着用って!?」
思わず素に戻っている星姫はスルーされ、澄がサイコロを握り、話し出す。
「じゃあ、1はブルドッグ着用。2は流しそうめん。3はお嬢様とツーショット。4はかき氷。5はごきげんよう。6はお嬢様パン。これでいいわね?2種類まで用意できそうだから、2個振るわよ。それで月曜日に麗華さん呼んで新商品試してもらうわよ!それじゃいくわ」
「ちょっと、ちょっと待って、せめて、その中にコーラ入れない?お願い!最悪ブルドッグ被るから!」
必死に頼む星姫。やれやれと言った感じで澄が答える。
「んー、まあいいでしょう。じゃあ5はメニューにコーラ追加ね。」
「5と入れ替えなんだ……。」
「じゃあ、それで恨みっこなしよ、2つ一気に振るわよ!えいっ!」
勢いよくサイコロを振る澄。その賽の目は……
「それでは、新商品お願いしようかしら。」
月曜日。お嬢様カフェ部に麗華が訪れ、新商品を頼む。
「……はい。えー、そのままお待ちください。」
澄がそう言って、カーテン裏から何かを持ってくる。そして……。
「あの、これ……何ですの……?」
「はい、えー、新商品の、ブルドッグお嬢様とツーショット写真です。」
「お嬢様要素は?」
「「……」」
翌日以後、メニューから写真撮影とブルドッグは消え、コーラとかき氷が追加されていた。
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