第2会 偽お嬢様と真お嬢様
「セバス、今日の予定はどうなってますの?私今日は寝不足でして早く帰りたいのですが。」
「へ?ああ、今日は5時から予約が1件入ってるよ。珍しいわね。メイク前に口調変えるなんて。」
お嬢様カフェ部の部室でそんな会話をしているのは、掃除をしていた2人。1人はタキシードを着て室内を箒で掃いている澄という女生徒。そしてもう1人は布巾で机を拭いている制服の上からジャージを着た星姫だった。
「え?私今、口調変わってた……?」
動揺しながら澄にきく星姫。布巾を握る手がプルプルと震えていた。
「変わってた変わってた。だって今、私の事セバスって呼んだわよ?」
「うわ、あーもう完全に無意識だわ。多分タキシード見て判断したわ今。身も心もお嬢様になってきてるわ。財布の中身以外がお嬢様だわ。」
頭を抱えて言う星姫。そんな彼女の財布には600円ほどしか入っていない。
「あーじゃあ今日のお客さん相手にすると更にお嬢様になるかもね。」
「更にお嬢様になる?今日のお客さんどんな人なの?」
「去年の学内お嬢様コンテストで準優勝した人だって。」
「学内お嬢様コンテスト!?」
驚いた星姫の手から布巾が落ちる。澄は何事も無く掃き掃除を続けたまま続ける。
「そう、お嬢様コンテスト。予約の時の電話で言ってたの。」
「えっ、そんなのあるの!?お嬢様コンテストって何をコンテストるのよ!?」
「星姫、落ち着いて。コンテストは動詞じゃ無いわ。」
「……そうね。とりあえず後で何をコンテストしたかは聞かないとね。」
「星姫、あんたもう時間まで寝ときなさい。」
約30分後。澄に箒でバンバンと叩き起こされた星姫が、着替えとメイクをして金髪赤いドレスの格好になり、お嬢様カフェ部の開店準備が完了する。すっかり格好の変わった星姫が澄に確認する。
「澄……セバス。今日のお客様は1人という事でよろしいですわね?」
「ええ。でも……何だろう、あんま影響受けないように気をつけてね。」
澄が心配した様子で言うが、星姫はなぜか窓の外を見て自信たっぷりに、
「安心して、セバス。私、勝ちますわ。」
「何に!?勝負しないよ、お茶するだけだよ!?」
すっかり遠くを見ている星姫の肩をガッと掴み、澄が言い聞かせるように、
「いい、星姫。大事なことは2つよ。1つはあなたの正体をバラさないこと。前みたいに自分からバラすなんてダメ。情報をちらつかせることも無しよ。バレたら廃部になるかもしれないからね。その場のテンションで何でも話さないように。2つめ、向こうはガチお嬢様なんだから、なるべくお金を取るのよ。そろそろ客単価上げていかないとまずいわ。」
等と言う澄の力説が終わった頃に合わせて、
「すみませーん、予約しました姫宮と申しますが。」
と、ノックと共にドアの向こう側から聞こえてきた。時計は5時を示しており、ちょうど予約時間である。
「はーい、今開けまーす。いい、星姫。変な気を起こさないでよ!」
そう言いながら澄がドアの方に向かい、星姫は一度深呼吸してカフェテーブルの側で待機する。そこに澄が女生徒を1人連れてくる。
「初めまして、私2年の姫宮 麗華と申しますわ。本日はよろしくお願いいたします。」
挨拶したのは銀髪のお淑やかそうなお嬢様だった。案の定顔の左右には縦ロールが並んでいた。
「初めまして。私星h……えー、お嬢様とお呼びくださいな。」
流れで普通に名前を出そうとしたが、何とか止まる星姫。澄が何が言いたげに睨んでいるが、もう澄の方は見れなかった。
「ええ、お嬢様。私の事は麗華、と呼び捨てになさって構いませんわ。」
「では、麗華さん、どうぞお座りになってください。」
澄が麗華の椅子を引いて座らせ、星姫も同様に座らせる。
「こちらメニューです。」
「まあ、ありがとうございます。あら、たくさんありますのね。」
メニューを眺める麗華。だが不思議そうに澄に聞く。
「紅茶はどの種類をお使いになってますの?」
「紅茶ですか……えー、少々お待ちください。」
そう言い残し慌ててカーテン裏の方に確認に行く。カーテンの裏には小さい冷蔵庫と電気ケトルなどがあり、照華が注文されたメニューの用意をしている。そこで必死に紅茶の種類を確認している澄とは対照的に、テーブルではゆったりとした雰囲気で会話をしていた。
「麗華は普段から紅茶はお飲みになりますの?」
「ええ。普段はアールグレイとダージリンをよく頂きますわ。お嬢様は普段何をよくお飲みになってますの?」
「えー、そうですわね……やはりコーr」
「麗華さん!紅茶はアールグレイを使用しています!少しメニュー見ていてくださいね!お嬢様はちょっとこちらに!」
「へ?」
気の抜けた声を残して、澄に掴まれてカーテンの裏に連れられる星姫。あっという間に麗華の前からいなくなる。そしてカーテンの中では、
「あんたねぇ!今、コーラって言おうとしたでしょ!」
「ああ、なんか思わず素で好きなのが出ちゃったわ……。なんか本物相手にしてると気圧されちゃってさ……私大丈夫かなぁ?お嬢様出来てるかなぁ!?」
落ち着かせるようにゆっくりと澄が言う。
「大丈夫よ、側から見てるとどっちもお嬢様よ。」
「本当に?血統書付きのボルゾイとブサカワブルドッグに見えてない?」
「大丈夫よ。私はブルドッグも好きよ。」
「違うそうじゃない!」
「あのー、どうかなさいました?私帰った方がよろしいですか?」
と、カーテンの向こう側から麗華の心配そうな声がする。一瞬澄がカーテンから顔だけを出して、
「どうもしてません!少々お待ちください!星姫、頼んだわよ!」
顔を引っ込めて星姫の肩を揺すりながら懇願すると、親指を立て、ビシッとキメ顔の星姫が
「もう任せて!チワワの如く頑張るわ!」
「頑張ってブルドッグ!」
それまで黙っていた照華が微妙な声援を送る。照華は今後しばらく星姫のことをブルドッグと呼ぼうと決めていた。
「じゃあ行きますわよ、セバス。」
そう言うとカーテンの向こうへと消えていくブルドッグ。澄もその後に続いていった。
「大変お待たせしました。えー麗華さん、注文いかが致しましょうか?」
「本当に大丈夫ですの……?もし何かご都合が悪いようであれば、どうぞ、遠慮なく申していただいて構わないのですけど……」
「大丈夫ですから!どうぞゆっくりしてください!」
「そうですか……?では、そうですわね、暖かい紅茶を頂けます?」
「ええ、少々お待ちください。」
そう言って再度カーテンの裏に下がる澄。不安そうに見送る麗華。
「何か大変そうですわね……。本当に、その、迷惑でしたら仰ってくださいね。」
「大丈夫ですわ。というか聞きたいことがあって、よろしいですか?」
「あらあら、聞きたいこと、なんでしょう?」
「お嬢様コンテスト準優勝と伺ったのですが……一体何するか想像がつかなくて……」
「その事ですか。そうですわね、色々と部門があるのですが、何から話そうかしら……。あら、ありがとうございます。」
途中で澄が失礼します、と遮り、ティーカップ2つを2人の前にソーサーと共に置く。その後ポットの中身を注ぐと、紅茶の香りが部室を満たした。
「いただきますわ。」
そう言って紅茶を上品に飲む麗華。星姫も少しフーフーと冷まして飲む。その様子を麗華がじっと見ていたが誰も気に留めなかった。
「どうですか?お口に合いますでしょうか?」
澄が不安そうに聞くが、ニコッと微笑んで麗華が答える。
「ええ、美味しいですわ。」
その答えを聞いてほっとする澄。星姫も心の中で
(いつもより美味いじゃねぇか……)
と思ったが、何か違いを出すために頑張ったであろう澄に気を使って口には出さなかった。そんな中、麗華が切り出す。
「話の途中でしたわね。えーっと、コンテストにはそれぞれ部門がございまして、テーブルマナーや立ち姿、ドリル等の審査や、少し不思議な部門だと所持金審査もありましたわ。それで各部門で得点を競って、総合得点で優勝者を決めるという流れですわ。」
「へー、色々部門が分かれてるんですわね……ドリル?」
「ええ、縦ロールの先端でどの物質まで貫通できるのかという部門ですわ。」
「やはりここはドリルなのね……ちなみに麗華はどの部門が得意でしたの?」
「得意……そうですわね、一応所持金審査以外は全てトップでしたわ。」
「あれ?それで準優勝なの?」
驚く星姫。麗華が諦めたような顔で紅茶を啜る。
「そうですわ……トップの部門の数ではなくて総合得点で優勝は決まるので……。所持金審査の得点が、その日所持していた現金がそのまま得点になるっていうものでございまして……なぜか1億円持ってた生徒が1億点で優勝しましたわ。」
「「はぁ!?1億!?」」
澄と星姫が同時に声を上げる。
「ええ、審査項目や得点の形式等は当日発表だったんですけど……何故かその方は1億円持ってたんですわ。」
「えぇ、絶対運営とグルでしょ……」
星姫が素の声で呟く。それに気づいた澄が麗華には見えないように軽い蹴りを入れる。声色を戻った星姫が改めて聞く。
「えー、その、優勝商品とかはあったんですの?」
「商品ですか?確か賞金少しと素敵なドレスがあったと思いますわ。」
「んー?お金はあるからドレス目当てで……って事なのでしょうか?」
「賞金目当てじゃないのならおそらくそうですわ。でも良いんですの。今年は優勝を目指すという目標が私には出来ましたから。」
微笑んで麗華が言う。紅茶を啜りながら言うその姿は流石本物のお嬢様という感じだった。紅茶を置き、麗華が続ける。
「お嬢様もコンテストに出るなら負けませんわよ?」
「あらあら、私の方こそ負けませんわ〜!楽しみにしていますわ!」
オーホッホッホと、高笑いする星姫。対して上品に笑う麗華。
「ふふ。でも、出るならカップの持ち方を直した方がいいと思いますわ。」
「カップ?」
「ええ、カップの取手は指を入れるのではなく、摘んで持つのがマナーですわよ?」
「そ、そうでしたの……」
ゆっくり持ち方を直す星姫。
「他にも細かい事は色々ありますけど……本当のお嬢様じゃないという事はわかりますわ。」
「……あの、なるべくその事は周りには……」
「ええ、安心してください。他言しないという事は約束致しますわ。」
そこでタイミングよく、ピピピ、とタイマーがなる。
「麗華さん、お時間です。」
「あら、もうそんなに経ちましたのね。執事さん、紅茶美味しかったですわ。今度はコーラも飲んでみたいですわ。」
「あ、バレてる……」
「ふふ。それではお2人共、今日はありがとうございました。また来ますわ。」
そう言って立ち上がる麗華。星姫も立ち上がり、
「ありがとうございました!今度はお嬢様カフェとして立派にやってみせますので、楽しみにしていてください!」
「……バレてたわね……。」
「見事にバレてた……。」
麗華が部室を去った後、2人は制服姿に着替え、疲れた顔を並べてティーカップ等を洗っていた。
「やっぱ本物にはわかるのね……紅茶の種類とかも選べるようにしようかしらねぇ。」
「いや、紅茶よりコーラよ、やっぱそういうのも並べるべきだって。」
「それは星姫が飲みたいだけでしょ!」
「あったりまえよ!なんなら紅茶とコーヒー以外ならなんでもいいわ!会話中どれだけトイレ行きたいか……」
「オッケー、明日オムツ買ってくるわ。」
「オムツドレス金髪縦ロールお嬢様は厳しいね!属性多いって!」
「じゃあブルドッグのマスク買ってくるわ。そしたら金髪縦ロール属性は消えるわ。」
「もはやただオムツしてるブルドッグじゃない!」
「なになに?明日からブルドッグカフェにするの?うちからドッグフード持ってきた方がいい?」
と、テーブルを拭いていた照華も会話に混ざってくる。
「しないよ!?やるとしても犬カフェよ!なんで犬種限定するかなぁ!?」
洗い終わったカップを片付けながら星姫がさながら犬のように吠える。そんな会話をグダグダとしながら、その日のお嬢様カフェ部の活動は終了した。
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