第40話

「あの、寝たら治ると思うので、放課後までここで寝ててもいいですか」


私は先生にお願いした。


これ以上海斗に迷惑かけられない。いや、かけたくない。


「もちろんいいよ」

先生は優しく答えた。


「ありがとうございます」


こうすれば私の事なんて気にせずに授業を受けられるだろうし。


迎えに来るとか言いそうだから、放課後は海斗が来る前にこっそり一人で帰れば


「それじゃあ俺も残る」


…どうして。


こんなのいつもの海斗じゃない。


心の中で戸惑いが広がった。


次の授業が嫌いな教科とか…嫌いな先生とか…


きっとなにか理由があるんだよね。


うん。そうに決まってる。


勘違いするところだった。


「何言ってるの。海斗は授業に戻りなさい」


「次の授業は…モラ先だから大丈夫」


「モラ先…?」

先生は不思議そうに聞き返した。


「一ノ瀬先生の事だよ。モラル皆無だからモラ先」海斗が冗談めかして言った。


「ちょっと、先生のこと変なあだ名で呼ぶのはやめなさい」


確かにモラ先なら、生徒の一人や二人、授業をサボっても何も言ってこなさそうだけど…

ってそういう問題じゃない。


授業をサボったりなんかしたら、海斗の印象が悪くなる。


今まで自分のイメージを守るために努力していたはずなのに。


それが、私が偽カノをしてる理由なのに。


「私は大丈夫だから、授業行きなよ」


なんだか嫌な予感がする。私の勘違いであって欲しいけど。


「とりあえず、戻るにしても雫が寝たのを確認してから」

海斗は譲らなかった。


前は、こんなに優しくされたら嬉しくて舞い上がってたと思う。


だけど今回は違う。


今回だけは、いつも通りでいて欲しかった。


「そこまで言うなら仕方ない。雫ちゃんが寝たの確認したら、ちゃんと授業に戻りなよ?」

先生が微笑んだ。


「ありがとう。雫歩けるか」


海斗が、私のために、何かをしてくれたことが今まであっただろうか。


「うん、」

私は頷いた。


海斗は私をベッドに横たえさせ、そばに座った。


ほんとに、私が寝るまでそばに居るつもりなんだ。


「海斗…」

私は小さな声で呼びかけた。


「ん?」


「迷惑かけてごめん」

私は海斗の目を見て謝った。


「…いいから、早く寝ろ」

素っ気なく答えながらも、優しく手を握ってくれた。


みんなが知らない海斗の優しいところが好きだった。


「うん…」

私は海斗の温もりに安心して目を閉じた。


保健室の静かな空間で、私は少しずつ眠りに落ちていった。


意識が消える直前、

「大丈夫、俺がここにいるから」


海斗の声が遠くから聞こえた。気がした。



もう既に、夢の中にいたんだろうか。

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