第36話

「おい雫!」


突然の声に、私は驚いて振り返った。


そこには海斗が立っていた。


「…海斗」


会いたくなかった。


今日、学校を休んでしまおうかと思ったぐらい。


「何で電話に出ないんだよ!」

海斗の声には怒りが混じっていた。


「忙しかったの」

私は視線を逸らしながら答えた。


「メッセージも全部無視だし」

海斗の声がさらに強くなった。


「だから忙しかったんだって」

私は言い訳を繰り返した。


「お前なぁ、」

海斗は苛立ちを隠せない様子だった。


「もういい?もう行かないといけないから」

私はその場を離れたくて、言葉を急いだ。


「あの日、何で急に帰ったんだよ」

「…急用思い出したから」


「は?嘘つくなよ」

海斗の声が冷たく響いた。


「どうして嘘って決め付けるのよ」


「普通、急用なら急用だって言うだろ」

海斗の言葉に、私は何も言えなかった。


「そ、それは、それだけ焦ってたから…」


私は視線を落としながら答えた。


「俺には怒って出てったようにしか見えなかったけど?」


「別にそんなんじゃ、」

私は言葉を詰まらせた。


せっかく二人きりで祝えるって嬉しくて浮かれてて、それなのに海斗は別にそうでもないんだって思ったら悲しくて。


私の知らない海斗をいっぱい知って、嬉しいはずなのに、海斗が自分のことについて話そうとしないのは…私がその程度のやつだからなのかな。


とか色々考えてたら、逃げ出したくなった。


なんて言ったら、私が海斗のことを好きだってバレる。


それだけは…それだけは駄目。


「おい」

「何よ、」


次は何を言われるんだろうか。


「さっきから俯いてないで、俺の目を見て話せよ」


あんたの目なんて見たら、嘘つけないじゃない。


「これでいいでしょ」


覚悟を決めて海斗の目をじっと見つめた。


「それに、なんだよこれ」


彼が私に見せてきたのは、あの日渡せなかったプレゼントだった。


「それ…」


良かった。翔くんちゃんと渡してくれたんだ。


「何で翔から貰わなくちゃならないんだよ」

「それは、あの日たまたま会って、」


翔くんから話を聞いてないのか?


「知ってる。そんなことを聞いてんじゃなくて、何でお前が直接渡して来なかったんだよ」


「私だって、」

私は言葉を詰まらせた。


「何」


私だって、直接渡したかったわよ。


私がどんな思いで作ったのか知りもしないくせに。


どうしてさっきから私ばっかり責められなくちゃいけないわけ?


「海斗に私の気持ちなんて分からないんだよ…!」私は涙をこらえながら叫び、走り出した。


「は?ちょ、おい!」

海斗の声が遠く感じた。



私の心は、海斗に伝わらない思いでいっぱいだった。

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