第31話

「では後はこちらで対応します。ご協力ありがとうございました」


「いえ。よろしくお願いします」


男はあっさり駅員に引き渡された。


「行こ、」


そう言って手を引っ張られた。


私はまだ動揺していたけど、彼の手の温もりが少しだけ安心感を与えてくれた。


「ど、どこいくの」

「いいから」


海斗の強引さに少し戸惑いながらも、私は彼に従った。


人影の少ないところに連れて行かれたかと思ったら、突然思い切り抱きしめられた。


「わっ、」


驚きと同時に、彼の腕の中で少しだけ安心感を感じた。


「か、海斗?」


名前を呼んでも返事をしない。


彼の行動に戸惑いながらも、私は彼の温もりを感じていた。


最近、彼のスキンシップが激しくなった気がする。


「海斗ってば」


「…悪かった、」

小さな声が聞こえてきた。


「え?」


悪かったって、どうして海斗が謝るの?


海斗がどんな顔をしているのか気になって、私は彼の顔を見上げた。


「あの時もっと早く気づいてあげられたら怖い思いさせずに済んだのに」


海斗の言葉に、私は胸が締め付けられる思いだった。


そんな風に思ってたなんて。


彼が自分を責めているのが分かった。


「そんな事ない」


私は彼の手を握り返し、安心させようとした。


海斗のおかげで私は助かって、犯人も無事に捕まったのに。


海斗が負い目を感じることなんて、何もない。


「海斗が気づいてくれなかったら、もっと酷いことになってたと思う」


彼の目を見つめながら、私は本心を伝えた。


「でも、」


それでも海斗は自分を責めているようだった。


「ありがとう」

「は、?」


彼の驚いた顔に、私は少しだけ笑顔を見せた。


「助けてくれてありがとう」


「別に俺は…」


もう、海斗って普段は自分勝手なくせに、意外と繊細なところあるんだよね。


海斗が気づいてくれなかったらどうなっていたことか…、考えただけでも…。


私は思わず身震いをした。


「はぁ。やっぱ一発でも殴っておくべきだったか」 「もう、海斗ったら」


海斗の冗談に、私は少しだけ笑顔を取り戻した。


「…もう、帰るか、」

「え?」


なんで、どうして帰るなんて。


「飯はまた今度にしよ」


海斗は私を気遣って言ってくれてるんだと思う。

でも、私はまだ海斗と一緒にいたかった。


「ま、まだ海斗と一緒にいたい!」


気づいたら、恥ずかしいことを言ってしまっていた。


でも、今日は海斗の誕生日だし、まだプレゼントも渡せていない。


まだ一緒にいたい一番の理由は…ただ海斗の傍にいれるだけで幸せだから。



来年は海斗の横にいるかも分からないのに、後悔したくない。

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