第20話

「海斗、腕、痛い」

「…悪い」


海斗の声には、いつもよりも少しだけ緊張が混じっているように感じた。


表情もどこか硬く、普段の雰囲気とは違っていた。


「どうかした?」


「いや、なんでもない。ていうか、お前こそあいつに何もされなかったか?」

「されてないよ。今朝のこと謝られただけだから」


「あっそ」


なんか機嫌悪いけど…

何か嫌なことでもあったのかな。


表情を読み取ろうと顔を見たけど


駄目だ、


目を合わせられない。


視線を感じるたびに、心臓がドキドキしてしまう。


いつから、私はこんなにも海斗のことを気にするようになったんだろう。


知らない間に、海斗の存在がこんなにも大きくなっていることに気づいて、少し戸惑った。


彼の一挙一動が私の心を揺さぶる。


「雫、どうした?元気ないぞ」


そんな私を海斗が心配そうに見つめる。


その優しい目に、私は思わず微笑んでしまった。


「ううん、大丈夫。ただ、ちょっと考え事してただけ」


「あっそ。無理はすんなよ」


彼の言葉に、私は少しだけ勇気を出してみることにした。


「海斗、あのね…」

「ん?」


「今日、ありがとう。いろいろ助けてくれて」


「…別に、当たり前だろ。仮にも彼女なんだし」


その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。


仮、か。


でも、今はそれでいい。


私の気持ちも知って欲しいなんて思わない…


ちょっと待って、


"本気で惚れたりするなよ"


"そうなった時は即終了だからね"


「っ、…」


そうだ。


気持ちがバレたら、私はもう海斗の傍には居られない。


私達は契約カップルだった。


「おい、大丈夫かよ」

「…大丈夫、」


「やっぱりさっき何かされたんじゃ」

「違う違う。ちょっと貧血かな?頭がクラクラしただけで」


私はまだ海斗の傍にいたい。

自分の気持ちに嘘をついてでも。


海斗の前ではいつも通りの私を演じないといけない。


少しでも私の態度が変わると怪しまれる。


「じゃあ、家まで送ってく」

「いやいや、部活行ってきてよ」


「は?お前がこんな状態なのに行けるわけないだろ」


「もう元気だから大丈夫!てことで、また明日ー!」

「っ、おい!」


私は海斗の引き留める声も聞かずに走り出した。


心臓がドキドキして、頭の中が混乱していた。


海斗の優しさが嬉しい反面、自分の気持ちを隠し続けることが辛くなってきていた。


彼の言葉が頭の中で何度も繰り返される。


彼の優しさが、私の心を揺さぶる。


彼の隣にいるだけで、心が安らぐ。



彼の存在が、私にとってどれだけ大きなものになっているのかを改めて感じた。





でも、その気持ちを隠し続けることが、どれだけ辛いかも分かっていた。

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