第2話 お弁当作りはポーカーの後で

 四月下旬のある日、市太郎はいつものように非電子遊戯研究部の部室に来ていた。もちろん部活のためである。


「良く来たわね、市太郎。さあ今日はどの非電子遊戯を研究しましょう?」

「そうですね、オセロは部長激弱でしたし、将棋はもっとお話にならなかったし、チェスは論外だし……」

「ちょっと市君、論外は言い過ぎじゃないかしら。あの勝負は私の惜敗。ほんのわずかなミスを君に突かれただけだわ」

「いやいや知尋ちゃんのはミスっていうより、ただ何も考えてないだけだよ」

「何ですって!!それでは私がバカみたいじゃない。違うのよ、こういう運要素が絡まないゲームはほんの少しだけ苦手なだけよ」

「じゃあその運要素が絡むといいということですか。うーん、じゃあトランプなんかどうですか?」

「おっいいね。トランプはアナログゲームの基本にして至高よ。五十四枚のカードを使い多種多様なゲームが遊べる。まさに非電子遊戯の代表といっても過言ではないわ」

 黒澤知尋は本棚からトランプを取り出す。

 さっそくカシャカシャとシャッフルする。

「これが基本のヒンドゥーシャッフルね。どうけっこううまいでしょう」

「おおー知尋ちゃんトランプ見ずにシャッフルできるんだ。さすがは非電子遊戯研究部の部長!!」

「ふふんっ。まあこの私にかかればこれぐらいは晩ごはん前だわ」

「それを言うなら朝飯前では」

「いいのよ。今は放課後だから晩ごはん前なのよ」

「それってシンプルに時間の話では……」

「まあそういうのはどうでもいいじゃない。さて続いては得意のスライドシャッフル」

「おおー知尋ちゃんすごいや。ラスベガスのディラーみたいだ」

「ふふんっ。市太郎君もっと褒めなさい。私は褒めて伸びるタイプなのよ」

「すごいよ知尋ちゃん。やっぱり非電子遊戯研究部の部長は伊達じゃないね。すっかり見直したよ」

「ほほほっ市太郎、私をトランプの女王と崇めなさい。さてラストはリフルシャッフルよ」

「あっこれテレビで見たことある。こんなのもできるんだ。やっぱり知尋ちゃんすごいや。トランプの女王様だ」

「褒められてうれしいけど女王様はちょっと微妙ね」

「よっ女王様!!」

「ちょっと市太郎、せめてトランプをつけてちょうだい。さあ、これでシャッフルは終わりよ。さてなんのトランプゲームをしましょうか」

「そうだね。二人でできるとなると何がいいかな。ババ抜きはもっと大人数のほうが面白いだろうし」

「そうね、ここはトランプの基本であるポーカーなんてどうかしら?」

「へぇ~ポーカーか。面白そうですね。じゃあ僕は知尋ちゃんの魂を賭けるよ」

「ちょっと市太郎。どうして勝負相手の私の魂を賭けるのよ。理由わからないじゃない」

「でもポーカーをする以上何かを賭けた方が面白いでしょう」

「まあそうね。市太郎の言うことにも一理あるわね。そうだ、そう言えば君、お昼ご飯はいつもどうしてるの?」

「えっお昼はいつも購買でパン買うか学食で食べてるんだけど」

「市太郎の家っておじさんもおばさんも仕事していたわね」

「うん、そうだよ。うちは共働きだよ」

「ふふんっじゃあ私が負けたら、君にお弁当を作ってあげるわ」

「えっうれしいなあ。学食とかも美味しいんだけどやっぱり味気ないんだよね。知尋ちゃんのお弁当食べたいな」

「ふふんっじゃあ頑張りなさい市太郎君。さあ配るわよ。カードの交換は一回きりよ、いいわね」

 知尋は自分と市太郎の前に交互でサッサとカードを配っていく。

「さて私のはっと。ふむふむ、まあまあと言ったところかしら。さあ、市太郎から交換していいわよ」

「うーんどうしようかな。これとこれは置いといた方がいいのかな。でも思いきってこれを捨てるのもどうかな……」

「さあ、決めなさい。運命の女神様はどちらに微笑むかしらね」

「よし、僕はこの三枚を捨てるよ」

 バシッとトランプ三枚を机の上に起き、山札から三枚をとる。

「あら三枚も捨てるのね。随分と思いきったわね」

「そうだよ。時には思いきった方がいいんだよ。思いきってこの部活に入ったから知尋ちゃんと毎日遊べるようになったし」

「い、市太郎。急に変なことを言わないでよ。わ、私はこの二枚を捨てるわ」

 顔を赤くして知尋はカードを捨て、山札から二枚をとる。

「じゃあいっせいので手札を見せ合うわよ。さあいっせいのでっと。私はスペードのジャックのスリーカードよ。まあトランプの女王の私としては手始めはこんなところね」

「うわー負けたよ。僕はハートの8のワンペアだ」

「あらあら、これじゃあ勝負にならないわね」

「くそっ知尋ちゃんのお弁当がかかってるんだ。ねえ、もう一回いいかな」

「そ、その前にい、市太郎はそんなに私のお弁当が食べたいのかしら?」

「もちろんだよ。知尋ちゃんのお弁当は絶対に食べたいに決まってるじゃないか」

「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ勝負関係なくつ、作ってあ、あげようか」

「いやいや、僕は知尋ちゃんに勝って作ってもらいたいんだよ」

「なんか変なところ強情ね。いいわよ。じゃあもう一勝負いきましょうか」



「はい、私はフルハウスよ。市太郎はどうかしら」

「くっ、スペードの2のワンペア。また負けた……」

 この後ポーカー勝負は一時間ほど続いたが、市太郎は一度も勝つことはできなかった。だが、次の日知尋は何故かお弁当を作ってきた。

「これはまあ敢闘賞ね」

「ありがとう知尋ちゃん。そういう所大好きだよ」

「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよ市太郎!!」

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