友ノ浦高校非電子遊戯研究部へようこそ。黒澤知尋はアナログゲームで遊び尽くしたい

白鷺雨月

第1話 非電子遊戯研究部にようこそ

 四月の下旬、田中市太郎は非電子遊戯研究部の部室を訪れた。

「失礼します。一年の田中市太郎です。部活見学にきました」

 部室のドアをガラガラと開け、市太郎は一礼して室内に入る。

 市太郎が入ると同時にガラガラと大きな音をたて、何かが崩れる。

「あーもう、せっかく新記録樹立寸前だったのに……」

「あの……もしかして一人でジェンガをしていたのですか?」

「そうよ。だってここは非電子遊戯研究部よ。すなわちアナログゲームを研究する部活なのよ。だからここでアナログゲームをするのはごくごく自然なの。そうコーラを飲むとゲップをするようにここでアナログゲームをプレイするのは当たり前のことよ」

「いえ、僕がききたいのは他に部員がいないのかなっていうことでして」

 キョロキョロとその男子学生は部室を見渡す。

「ああっそのことね。この伝統ある非電子遊戯研究部の部員は私だけよ。そう私、黒澤知尋が今のところ唯一の部員なの……シクシクッ……だから部長である私は一人でジェンガをしていたの……ぐすんっぐすんっうえーん」

 突如泣きだした非電子遊戯研究部部長の姿を見て市太郎はあわててハンカチを差出す。

「あら、ありがとう。君とても優しいのね」

 黒澤知尋はハンカチを受け取りチーンと盛大に鼻をかむ。

「田中君っていったっけ。ハンカチは洗って返すわね。男子でハンカチもちあるいてるなんて評価たかいわ」

「いえいえ、それはもういりません。差し上げますよ」

 涙と鼻水でベトベトになったハンカチを見て、市太郎は軽くひいた。

「あらそうなの。それではありがたくいただくわ。ところでこの時期にここに来たということは田中君は入部希望者なのかな?」

「はい、そうです。前からアナログゲームに興味があって、やってみたかったんですね。すごい本棚がボードゲームとカードゲームでいっぱいだ」

「ふふんそれは我が部自慢のコレクションよ。へえ、そうなの。なら歓迎するわ。ようこそ我が非電子遊戯研究部へ。あらためて自己紹介するわね。私が友ノ浦高校二年この部の部長黒澤知尋よ。よろしくね、田中えっと何太郎くんだっけ」

「田中市太郎ですよ。知尋ちゃん」

 突如ちゃん付けで呼ばれた知尋は目を大きく開けて、市太郎を見る。

「君、いくら私が親しみを持ちやすいからって先輩を初対面でちゃん付けで呼ぶのはいかがなものかな。心優しい私じゃなかったらどうなっていたか」

「いえいえ、僕は前にあなたに会ったことがあるんですよ。まあ十年もたっているから仕方ないといえば仕方ないけど。僕もかなり背がのびたしね」

 その市太郎の言葉を聞き、大きな瞳で知尋は市太郎の姿を見つめる。

 そしてはっと目を見開き、知尋は口を両手で覆う。

「もしかして市君なの」

「そうですよ。知尋ちゃん。十年ぶりですね。僕もこの友ヶ浦高校に入学したんですよ。クラブ紹介で知尋ちゃんを見つけたとき、一発で思いだしたよ。知尋ちゃん基本的にはあんまりかわってなかったからね」

「まあ失礼ね。こう見えてかなり大人っぽくなったと自負しているわ。特にこの胸のあたりとかね」

「そうやって理由のわからない負けず嫌いなところがかわってないですね」

「むむっ……ちょっと、いえ、かなり背が伸びたからってその言い方は気にいらないわね。よろしい。君が入部希望をするなら試験をするわ。私とアナログゲームで勝負しなさい」

 知尋はビシッと人差し指を市太郎にむける。

「わかりました。その勝負受けましょう」

「ふふんっ。非電子遊戯研究部部長の実力を見せつけてやるわ」

「お手柔らかにお願いします黒澤部長」

「あら、殊勝な心がけね。なら私の大きな胸を貸してやるわ」

「じ、自分でそんなこと言わないでよ」

「あらあら市太郎君は体は大きくなってもおこちゃまなのね。こんな事で顔を赤くして。さては彼女いない歴と年齢が同じだな」

「くっ……そういう黒澤部長はどうなのさ」

「うっ……ごめんなさい。私も彼氏いたことがないです。うわーん」

 涙を流して知尋はまたまた盛大にチーンと鼻をかんだ。

「さて気をとりなおして何で勝負しましょうか。私は何でもいいわよ。将棋、チェス、オセロそれにトランプ、あっウノもあるわね。市太郎君、あなたの好きなゲームを選びなさい」

「うーんじゃあオセロにしようかな。オセロってけっこう自信があるんだよね。黒澤部長、オセロでお願いします」

「へぇ~オセロねいいわよ。友ノ浦高校のオセロ王と呼ばれた私の実力をみせてあげるわ」


 オセロの盤を用意し、知尋と市太郎はオセロ勝負をはじめた。黒の駒が知尋で白の駒が市太郎である。


「ふふんっこの盤を漆黒に染めあげてあげるわ。覚悟しなさい市太郎」

「僕だって負けませんよ」

 十数分後、オセロの盤はほぼ白色で埋め尽くされていた。

「くっこれは君の実力を知るためにわざと負けたのよ。次は手を抜かないわ。もう一度勝負よ市太郎。君の奇跡は二度はおこらないわ」

「ええ、いいですよ。もう一勝負いきましょう」

 十分後、再びオセロの盤は白色で埋め尽くされた。

「うっ違うのよ。少し油断しただけなの。市太郎君、あなたを私の好敵手として認めてあげるわ。これが最後よ。仏の顔も三度まで。石の上にも三年。桃栗三年柿八年。もう一回勝負よ」

「なんか激しく誤用があるような気がしますが僕はいいですよ。知尋ちゃんが良いというまでやりますよ」

 約八分後、またまた盤は白色に覆われた。今度は真っ白になっていた。

「ぐすんっぐすんっ……わかったわ。あなたの入部を認めるわ」

「はーよかった。これで毎日放課後知尋ちゃんに会えるね」

「ちょっとい、市太郎変なことを言わないでよ」

 泣いたと思ったら次は顔を赤くする知尋であった。

「やっぱり知尋ちゃんかわいいや」

 ぼそりと極々小さな声で市太郎は呟いた。

 知尋はわざと聞こえないふりをした。

 

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