第3話 格差
ラルクは目を覚ました。
いつも薬草の採取などで訪れている森の中だった。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
地べたに横たわったままぼんやりとした頭で思考を巡らせた。
今日は薬草を採取してその帰りに狼に襲われて、足を咬まれてひどいケガをして……
それから……
「あ、起きたのね」
声の方向を振り返ると、イライザが木にもたれかかり膝を抱え座ったままこちらを見ていた。
「すみません……僕は気を失ってたんですね」
ラルクは慌てて上体だけ起こしながら言った。
「うん、そんな長い時間じゃなかったけどね」
ラルクは改めて周囲を見渡した。
よく知っている場所だった。薬草を採りに行くときいつも通る道だ。
しかも狼に襲われた地点よりも森の出口に近づいている。
「出血も止まったみたいだね」
「ええ……」
足の痛みもさっきよりも和らいでいる。イライザがくれたポーションがしっかり効いているようだ。
つまり状況は最初と比べると大きく改善したと言って差し支えなかった。
「あ、あのイライザさん。狼に襲われた場所からはだいぶ離れてますけど、僕をここまで運んでくれたんですか?」
「え?」
イライザはきょとんとした顔でこちらを見た。
「いや、僕はあの後すぐに気を失ってしまったんでしょう。なのにこんなに遠くまで来られたから……」
「違うよ。あなたが自分の足でここまで歩いてきたの。私は傍で支えてただけ」
「……そうなんですか」
ラルクは自分が歩き始めてからの記憶が残っていなかったので、すぐに気を失ったと思っていたのだが、実際には朦朧とした意識の状態で歩き続けていたのだ。
「辛かったでしょう、よく頑張ったね」
「い、いえ」
ラルクは思わず視線を逸らした。
イライザの微笑んだ顔がとても美しく直視できなかったのだ。
「ひとまず危険な場所からは離れられたから……貴方の体力が回復するまで、もう少しここで休んでいきましょう」
「わ、わかりました」
イライザの提案にラルクは顔を伏せたまま答えた。
「私が見張ってるから、安心して休んでね」
「はい……」
ラルクは指示に従い、座ったまま目を閉じてじっとしていた。
その間、ふとイライザのことを考えた。
――イライザさん、本当に強くて優しい人だな……。この人に会えて本当に良かった。また一緒に森に来れたりしないかな……。
しばらくの間、あたりは静寂に包まれていた。
虫の鳴き声と小鳥のさえずり、木々の枝葉が風に揺られる音がかすかに聞こえるだけだった。
◇ ◇
ラルクは目を開いた。
足の痛みもずいぶん治まってきている。体力もだいぶ戻ってきているように感じた。
イライザの方に視線を向けた。
イライザは立ち上がって大きく伸びをしているところだった。
表情はリラックスした様子だが、その間も周囲の警戒は怠っていないようだった。
「足の痛みはどう?」
「だいぶ良くなりました。あなたのおかげです」
ラルクはずっと気になっていたことを尋ねることにした。
「あの、僕はこの森に薬草採取のために来ていたんですけど、イライザさんはどうしてここに来てたんですか?」
気になってはいたが森から出ることを最優先にしていたため聞く余裕のなかったことだ。
「うーん、話せば長くなるんだけど……」
イライザは顎に手を当てて考える仕草をしている。
「一言で言うと“二次被害”を防ぐため、かな」
「二次被害?」
「そう、強力な魔物が出てくると元々その周辺に住んでる“弱い魔物”が逃げるように移動するの。その子たちが移動先で人や集落を襲ったりするのが二次被害ね。もっとも普通は一次被害の方がずっと深刻だから二次被害の方はあまり注目されないんだけどね。で、私はそれを防ごうと思って魔物が移動しそうな場所を探索してたの」
――イライザさんにとって狼は弱い魔物なんだ……僕とは大違いだな。
「それで普段はいないはずの狼があの場所にいたんですね……」
「うん。本来の生息域から逃げてきたんだろうね」
「ところで、その強力な魔物ってなんなんですか?」
「ドラゴンだよ」
「えっ!?」
ドラゴンはあらゆる魔物の中でも最上級の戦闘力を持つ極めて危険な生物である。冒険者ギルドでも最も危険度の高い魔物に分類されており、討伐にあたっては“最高位の冒険者が5人以上で討伐にあたること”が推奨されているなど、一般的な魔物とは全く異なる扱いがなされている。
ラルクにとっては狼やゴブリンのような低級の魔物でも充分な脅威であり、最上級の魔物であるドラゴンは全く別次元の存在である。
「そう、私はフォルトナの町に来てたんだけど、そこでドラゴンが出たって緊急の警報が出たの。突然だったからみんな大騒ぎになってたな」
フォルトナはラルクの住む町とは森をはさんで反対側にある大きな町である。
――僕が森に向かった時にはまだその情報は届いてなかったな……いや、それよりもし万一ここにドラゴンが来たらどうしよう……どうにもできないな。僕は狼くらいで死にかけていたのに。けどイライザさんならなんとかできるだろうか?
「それでフォルトナの冒険者ギルドがドラゴン討伐の緊急依頼を出して、私はそれに参加したんだけど……」
ラルクが深刻な表情で考え込んでるのを見てイライザは話を中断した。
「どうしたの?考えこんじゃって」
「……いや、もしここにドラゴンが来たらどうしようと思ったんです。」
「ああ、それなら心配ないよ」
「そうですか……」
「ドラゴンはもう倒したからね」
「えっ」
イライザがさらりと言い放った言葉にラルクは混乱した。
「そもそもドラゴンが片付いてなかったら周辺の魔物どころじゃないからね」
ラルクは無意識のうちに、イライザはドラゴンと戦わずにこの場所に来たものと思っていた。
なぜなら彼女は無傷であり、消耗したり疲れたりしている様子も全くなく、それどころか服に汚れすらついていないのだ。とても最上級の魔物であるドラゴンを討伐した後には見えなかったのである。
「ど、どうやって倒したんですか?」
「どうって……雷魔法を20発くらい撃ち込んだら倒せたかな、大したことはしてないよ」
「は、はあ」
ラルクは理解が追い付かなくなり、考えるのをやめた。
「……イライザさん、あなたは本当に強い魔法使いなんですね」
「あなたは僕の命の恩人です。何かお礼ができればいいんですが……」
「そんなこと気にしなくていいのに」
イライザは苦笑混じりに言った。
ラルクはイライザの顔を直視できず、顔を伏せてしまった。
「どうしたの?」
「い、いえ、何でもありません」
「そう……それじゃあ、そろそろ行けそうかな?」
「は、はい」
イライザが立ち上がると、ラルクも慌てて立ち上がった。
まだ足に少しの痛みはあるものの、今度は転ばずにそのまま踏みとどまることができた。
「も、もう1人で歩けると思います」
「……そっか、無理しないでね」
2人は再び歩き出した。ラルクは言葉通り、何とか1人で歩けるまで回復していた。
イライザはその3歩ほど後ろから、ラルクが転ばないよう見守りながら歩調を合わせてついてきてくれた。
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