10000回の好きを貴方に

でずな

ボクと私のプロローグ

 煮え滾る焦燥感を胸にボクは体育館裏にいる。 

 気難しい高校の授業が終り、帰宅部にも関わらず人気ひとけの無い場所にいるのは決して良からぬ事をするためではない。

 この高校の体育館裏は告白の聖地として生徒の中で密かに有名になっている場所だ。

 一人の男がそわそわしてポケットのハンカチをギュッと握っているということは、つまりそういう事。

 相手は『成績優秀』『容姿端麗』『傾国美人』と言ってもお釣りが出るほど完璧超人。対してボクは『アニメオタク』『準チー牛』『コミュ障』と、誰が見ても陰キャでなんの取り柄もないモブAにもなれない、演劇で言う端っこの木の役が似合う男。

 この告白の成功率は大人気女優にファンレターを送ってそれをSNSで反応して貰うほどの奇跡的な確率。


――しかし、惚れてしまった。


 その抱き締めたくなる可愛い笑顔に。包み込まれるような安心感のある声に。誰にでも隔てなく接する優しい人柄に。外国の貴族かと思う程丁寧な仕草に。

 どれだけ高嶺の花だと脳で理解していても、一度胸に灯った情熱の炎は消えてなくならない。その結果、ボクは額に水滴を浮かばせ晴天下の中人生初の告白に挑もうと決心した。決心したが、まだ完璧に決心できていない。弱虫なボクは数回程度しか言葉を交わしていない女の子がボクに惚れていてくれないかな、と希望的観測をしている。これから告白をすると言うのに。我ながらバカすぎると心の中で自分を卑下していると、相手が体育館裏に姿を現した。


「えっと……。あ! いたいた!」


 今朝下駄箱にボクが入れたラブレターを片手に、生暖かい夏風に金髪ショートカットをなびかせ目的の人物がやって来る。

 半袖ワイシャツで首元に赤いリボンにチェック柄のスカートと、ごく一般的な高校の夏服。しかしその豊満な胸部のラインからか、周りとは違くピンクがかった赤いリボンからか、少し動いたら見えてしまいそうな何回も折られたスカートの丈からか、一般的な高校の夏服とは程遠い印象を受ける。鬼面の教師達から校則違反も目を瞑られる程の人。そんな人物――沙希が目の前に来て、まだ覚悟もできてないボクは氷のようにカチコチに固まってしまう。


「き、き、来てくれてありがとう」

「もしかして私がここに来ないと思ってた?」

「ボク達あんまり接点ないし、さ」

「確かにそうだけど。でも、この手紙ラブレターを間接的に渡されて来ないのってそれってすごく酷いことじゃないかな。もし私がされたら一晩中……いいえ、一週間位本気で泣いちゃうかも」

「そ、そっかぁ〜」


 惚れた理由でもある優しさが垣間見える言葉にボクの頬が熟したリンゴのように真っ赤に染まり、語尾につれ告白の真剣な空気が崩れるような声が出た。そして相手からの印象を想像してしゅんとする。

 そんな百面相するボクを沙希が見ているのに気づき、

 

「あ、あの……その……」


 気の利いた事を喋ろうとするが何も出てこない。普段あまり人と接しず生きている弊害と言える。

 そんな致命的な弊害がありながらも、ボクには黙る選択肢が無かった。これ以上沈黙を続けると、沙希が何処か目の届かない場所に行ってしまう気がして。


「さっ沙希さん!」

「はい沙希さんだよ」

「あなたの事がす――」


――「好きです」


 その言葉がボクの口から出てくることはなかった。

 「好き」と言う直前、ボクの視界がプツンと暗転。同時に平行感覚が無くなり、手足や目、次第に心臓の鼓動さえも聞こえなくなっていく。

 これは気づかない内に体調が悪くなっていて倒れたのではない、とボクは早々に結論付けた。体の感覚が消えているが脳味噌はフルスロットルで稼働しているからだ。

 では、この状況はなんなのか?

 先程まで告白をするため小豆バーになっていたボクだがそれが嘘と思うほど冷静に思考が進む。

 しかし、それは途中で中断された。

 胴体が生まれ、手が生まれ、足が生まれ、顔が生まれ、心臓が生まれ、血液が流れる。ドクッドクッと体の感覚が戻り始めた所で、全神経が逆立つ程の強烈な感覚に襲われる。嗅覚。聴覚。触覚。味覚。視界。体温。生きていれば誰しも当たり前に感じる感覚。

 そう、ボクは現実に帰ってきた。


「っ」


 気が狂いそうになる炎天下。突然全ての感覚が戻ったことにより、車酔いのような気持ち悪い頭痛が襲い、ボクの体がよろめき近くの大樹に手をつく。

 感覚が無くなった時のようにボクの心は地平線のように冷静ではないが、考え始める。

 いる場所は告白をするために沙希を呼び出した体育館裏。感覚が無くなる前、目の前に居たはずの沙希の姿はない。時間帯は太陽が真上にあり満腹感を感じるのでおそらく昼休み。ボクが沙希に告白するためラブレターで呼び出した時間帯は昼休み。つまりどういう事なんだ? 告白はどうなった?

 そんなボクの疑問は数十秒後に校舎側から速歩きでやって来た人物によって、全て払拭された。


「えっと……。あ! いたいた!」

「え?」

「え? って、もしかして私がここに来ないと思ってた?」


 純粋な顔でしゃがんだ沙希は酔って俯いたボクの顔を下から覗き込んでくる。全く同じではないが、モブにさえなれないボクが惚れた繊細な優しさを感じる同じような展開。

 ボクはまだこの状況について行けていないが、一切の慈悲なく時は流れていく。


「たしかに私たちあまり接点ないけれど。でも、この手紙ラブレターを間接的に渡されて来ないのってそれってすごく酷いことじゃないかな。もし私がされたら一晩中……いいえ、一週間位本気で泣いちゃうかも」

「あの……なんで同」


 その言葉を言い終わる前に再びボクの意識は五感が消え失せ、意識のみが生きる暗闇の中へいざなわれる。

 なぜ? どうして? などと言う疑問は冷静になったボクの意識では一切抱かず、ただひたすらに解を求め仮説を考える。

 同じ時間帯に同じ人に同じようなことを言われ、なぜ同じことを言うのか尋ねようとした結果が今の状況。

 一つ目の可能性は、ここまでの過程が全て告白するプレッシャーで見ている夢。五感が消え、戻る感覚を鑑みるに夢の線は薄いが弱虫なボクならこんな夢を見そうだ。

 二つ目の可能性は、これが全て実際に起きている現象で同じ時間を繰り返した……つまりタイムリープ説。現実的に考えると突拍子も無い仮説だが、一連の出来事を総括するとこの説が最も妥当な説だ。最も、その詳細は見当がつかない。

 そんな風に思考を巡らせていると、失われていた五感が戻り始め暗闇での時間に終わりを告げられる。

 立てた仮説が合っているのか知りたい。

 非現実的現実の謎の部分を突き詰め、この現象を終わらせて沙希へ気持ちを伝えたい。

 現実に帰りつつあり普段のメンタルに戻っていたが、ボクは至って冷静だった。普段プレイしているゲームのように効率的に可能性を潰すため、疑問を胸に同じ時を繰り返す。


「えっと……。あ! いたいた!」


 何度も。

 

「もしかしてこないと思ってた?」

 

 何度も。


「この手紙ラブレターを間接的に渡されて来ないのってそれってすごく酷いことじゃないかな。もし私がされたら一晩中……いいえ、一週間位本気で泣いちゃうかも」


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。同じ言葉を、同じ表情を、同じ優しさを、同じ胸の熱さを何度も感じ、疑問を現象へと変え着実に謎のリープに解を突きつけてゆく。

 そうして気が遠くなる回数繰り返し、ボクはある結論へと至った。


――ボクはタイムリープをしていて、沙希の言葉を遮ったり無視したり告白しようとすると暗闇へ意識が誘拐されスタート地点へと戻ってしまう。


 肝心な事に何をトリガーにタイムリープの終わりを迎えられるか分からない。詰まる所、完全に手詰まりの状況になってしまったのだ。打開策を考えるため数十回のリープを要したが、漫画の主人公のようなあっと驚く奇策が思い浮かぶことはボクにはなく。

 何の目的も持たないままタイムリープを繰り返す。


「えっと……。あ! いたいた!」

「ん〜? もしかしてこないと思ってた?」

「この手紙ラブレターを間接的に渡されて来ないのってそれってすごく酷いことだと思う。もし私がされたら一晩中……いいえ、一週間位本気で泣いちゃうかもしれない」


 タイムリープさせてる奴を殴りたい怒りの気持ちも、何故こんな事になってしまったのかと言う泣きたくなる気持ちも全て殺し、その言葉をただひたすらに。


「ボク、君のことが」


 言い切る前に全てやり直しになるんだとしても。

 一種の狂気じみた愛を伝えるために。

 物語の主人公にはなれない哀れな少年は何度でも叫ぶ。


――「好き」だと。

 


♡ ▼  ▼  ▼

 


 沙希にとって告白は日常に組み込まれる程、異性から頻繁に告白されていた。偶然席が近くなり少し会話が弾んだ子、一度も喋った事が無く面識がない子、仲の良い友達だと思っていた子など。あまりの告白の多さに紗希は特定の人と付き合う事も考えたが、不純で歪な関係を想像するだけでリタイアした。いつか自分から「好き」だと伝えられる相手が現れると信じ、自ら茨の道へ進んだのだ。

 小学生時代は無邪気で遊びの延長線上の告白。

 中学生時代は相手を異性として意識して赤面する初心な告白。

 高校生は見定めるように全身を舐め回すように見る最低な告白。

 心身ともに成長すればいつか告白されて気になる人が出来るかもしれないとワクワクしていた紗希は、それはもう落胆した。


 数え切れないほどの羨む視線と妬む視線に疲れ始めた時、下駄箱に手紙が入っていた。内容はよく貰う『伝えたい事があります』と場所と時間が指定されているラブレターだ。


「め……よーし今日も一日頑張ろう!」


 朝から憂鬱な物を手にし若干テンションが下がったが、わざと口に出して気合を入れる。

 「面倒くさい」なんて言葉は、まだ人生で一度も人を好きになったことがない紗希が口にしてはいけない言葉だ。


「えっと……。あ! いたいた!」


 相手は委員会活動で数回喋ったことがある名前も知らない同級生。

 寝癖で若干歪な韓流黒髪ツーブロマッシュ。少したれ目でその表情から優しさが滲み出ている。物静かであまり自分から喋らない男の子、と言うのがラブレターを貰う前から感じていた印象だ。


「き、き、来てくれてありがとう」


 グイグイ来ない人には自らからかうような事を言ってしまうのが紗希の悪い所。


「もしかして私がここに来ないと思ってた?」

「ボク達あんまり接点ないし、さ」

「確かにそうだけど。でも、この手紙ラブレターを間接的に渡されて来ないのってそれってすごく酷いことじゃないかな。もし私がされたら一晩中……いいえ、一週間位本気で泣いちゃうかも」

「そ、そっかぁ〜」


――この人のこと好きにはなれなそう。


 結果が出るにはあまりにも早すぎる判断だが、数回言葉を交わして紗希の心は完全に閉じきった。


「あ、あの……その……」


 クラスで人気者じゃない人が嫌いだとか、言葉に詰まる人が嫌いだとか、大事の話の最中に何度も目を背ける人が嫌いだとは思わない。紗希は普段人の表面上ではなく本質的な部分を見て人を判断するため、心の内を見せてくれなさそうな受け答えに好きになれなそうと判断を下した。


「さっ沙希さん!」

「はい沙希さんだよ」


 いつもの、あの言葉が来る。

 いつか私が言ってみたい、あの言葉が。


「あなたの事がす――」


「えっと……。あ! いたいた!」

「え?」

「え? って、もしかして私がここに来ないと思ってた?」

「たしかに私たちあまり接点ないけれど。でも、この手紙ラブレターを間接的に渡されて来ないのってそれってすごく酷いことじゃないかな。もし私がされたら一晩中……いいえ、一週間位本気で泣いちゃうかも」

「あの……なんで同」


「えっと……。あ! いたいた!」

「き、き、来てくれてありがとう」


「えっと……。あ! いたいた!」

  

 ――なにこれ


「えっと……。あ! いたいた!」


 ずっと同じような言葉を、ずっと同じような行動を、ずっと同じような時間を一切の休みなく繰り返し続けている。

 

「えっと……。あ! いたいた!」


 口が閉じない。言葉を変えられない。体の制御が効かない。口角が下がらない。汗が止まらない。全ての行動がプログラム化されたロボットのように勝手に体が動き、声を発ししている。抵抗も抗議も許されない。思考する時間も与えられず、無慈悲に狂ったように繰り返す。


「き、き、来てくれてありがとう」


「えっと……。あ! いたいた!」

「えっと……。あ! いたいた!」

「えっと……。あ! いたいた!」

「えっと……。あ! いたいた!」


 何回も同じ言葉だけを発するだけで繰り返された時、あまりの違和感に気絶していた脳が覚醒した。


「えっと……。あ! いたいた!」

「えっと……。あ! いたいた!」


 ――なんで11回も繰り返してるの。


 覚醒一発目にしては至極真っ当な疑問。その疑問の答えは図らずとも正面の告白者が示していた。


「えっと……。あ! いたいた!」


 紗希がその言葉を発すると、告白者は紗希の真横を全速力で走り……抜けようとし瞬間移動をしたかのように正面に戻る。そして。


「えっと……。あ! いたいた!」


 次は告白者は回れ右をし、目一杯花壇を飛び越え……ようとし瞬間移動したかのように正面に戻る。

 次も、また次も、その次も、そのまた次も告白者の脈略もない意味不明な行動がキッカケで出会いの第一声から繰り返されている。

 この繰り返しは単なる同じ繰り返しではないと、紗希はここでようやく気付いた。しかし気付いたとて、紗希は告白者が藻掻く姿をただ見ることしかできない。


 告白者は100回奇行に走り。


「あはっはっ! ぶっこr……」


 300回狂言を発し。


「えっと……。あ! いたいた!」


 600回同じ時を繰り返し。


「えっと……。あ! いたいた!」

「ん〜? もしかしてこないと思ってた?」

「この手紙ラブレターを間接的に渡されて来ないのってそれってすごく酷いことだと思う。もし私がされたら一晩中……いいえ、一週間位本気で泣いちゃうかもしれない」

「ボク、君のことが」


 1000回気恥ずかしく告白をし。

 2000回堂々と告白し。

 3000回純粋に告白し。

 合計8000回告白し続けた。


 8000回ただただひたすらに必ず最後まで聞けない告白を受け続け、最初感じた紗希の告白者への印象は大きく変わっていた。

 

――「好き」と言う言葉が聞きたい。


 それは9000回聞いていない執念ではない。絶対に告白しきれない告白者への優しさでもない。心を撃たれた。胸が弾んだ。紗希もなぜそう思ったのか明確には理解できない。それが何千回と繰り返す時の流れの影響で捻くれ、狂気を孕んだものになっていたとしても、紗希はその気持ちを肯定する。それが、それこそがいつか感じてみたいと願っていた異性に興味を向ける気持ちだから。


「君のことが」


――好きなの?


「ずっと、ずっと」


――想っていたの?


「伝えたい事が」


――私も貴方に伝えたい事がある。

――聞きたい事がある。

――話したい事がある。

 

 合計タイムリープ数10000回。

 最も恋を求め、恋を恨んだ少女のシクラメンピンク色のちっぽけな願いが秒針を刻み始める。


「えっと……私の事好き?」

「え? な、んで」

「あんな気が遠くなりそうな程長い長いラブレターを貰ったんだから、不粋な質問になったね」

「長い……?」


 告白者が送ったラブレターはお世辞にも長い長いラブレターではない。それを紗希は分かっている上で、10000回のタイムリープを全て見ていたと遠回しに伝える。

 

「嘘でしょ。なんで。ずっと? え? ボクの告白をずっと?」

「うんずっと見てたし聞いてた。けど、見る事とか聞く事しか出来なかったから私にもなんでずっと繰り返してたなんて分からない」

「そういえば戻されてない」

「だね。これって終わったって事なのかな」

「そうだと、いいな」


 二人は頬に涙を垂らし喜ぶ。昼休みに告白でよく使われる体育館裏で男女が二人で向き合い、泣いて喜ぶ姿を第三者に見られるかもしれないというような警戒心は二人には無かった。


「やっと最後まで聞いてもらえると思うから、言いたかった言葉を言っても良いかな?」

「待って。それは私が言いたい」

「……え。それってもしかして!」

「まだそう言うわけじゃないよ。でも貴方に聞きたい事とか、貴方に話したい事があるの。この気持ちが私が思ったものじゃなかったら申し訳ないんだけど、その時は貴方の方からお願い出来る?」

「――もちろん。何度ループする事になっても伝える」

 

 時の悪戯か、神の悪戯か二人のタイムリープが終わる。

 その先の人生はきっとタイムリープする前では想像もできない程、綺羅びやかなものになるだろう。


「そういえば貴方の名前って何?」

「あぁ、ボクの名前は」




             ―――――プツン

(完)

 

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