5 街の妖怪たち、四神の卵、有名人

 結局署まで同行した俺は、もう間に合わねえとヤケになって、全てをくまなく話すことにした。

 そのせいか特に罪には問われず(まあなにもしなかったから当然か)、俺は数時間で釈放された(特に荷物チェックとかもなかったので、卵と梓さんは無事だ)。


「やっと終わったね……」


 梓さんが胸ポケットから顔を出した。汗マークがイラストに描かれている。


「もうこれから予定ない?」

「まあな……今日面接しか予定なかったし……」


 ぐぅ〜。


 俺の腹時計がぐうぐうとなる。

 そういえば、朝の惣菜パン以外まだなにも食べてなかった……どっかいこうかな……


「なにか食べに行く?」顔に出てたのか、梓さんが言う。

「……2人分代金を払うのは嫌です」

「たーべたいな、たべたいなー かーえりたがりのたくみくんー おごりでいいからつれてってー」


 聞いたことのあるようなメロディに合わせて梓さんが歌う。

 しかし、俺は歌詞の中にこんなワードを見つけた。


「……『おごりでいい』っていったな? 男に二言にごんはないぞ?」歌うときの口調のウザさとおごってもらえると聞いた喜びで、つい素が出る。

「うん……じゃあ、どこ行く? おすすめのラーメン屋あるよ?」


 おすすめのラーメン屋って、ちょっと怪しいな。

 まあでも、上京してから外食ほとんどしてないし……そもそも東京の地理あまり詳しくないな……

 仕方がない、ここは梓さんの話を信用するか……


「……わかりました。ちなみに、どこにあるんですか?」

「妖怪の里だよ」まさかの答えだ(あとから思えば、梓さんは妖怪の里に住んでいるのだから当然かもしれない)。

「……どうやっていくんですか?」

「人気のない裏路地に行って、それから移動術式を使う」

「昼のオフィス街に人気のない裏路地があるとでも思ってるんですか!?」

「じゃあ多目的トイレの中はどう?」


 不意を付かれて俺ははっとした。

 たしかに、多目的トイレは広い。梓さんと俺が立っていられる、いや横になっても窮屈ではなさそうである(まあトイレでそんなことしたくないのだが)。

 それに場所柄上防犯カメラはつけづらいから、「男が瞬間移動した!」って風に都市伝説系の番組に取り上げられることもないはずだ。


「でも、多目的トイレって、普段どこにあるか意識してないけど……」

「そういうのはだいたい駅にあるって」


   ▽ △ ▽


 俺は近くにあった駅に入ると、多目的トイレにやってきた(あまり来たことのない駅だったので苦労したが、構内マップを見てなんとかたどりつけた)

 多目的トイレの中から鍵をかけようとしたとき、梓さんが注意した。

 

「鍵は閉めないで」

「な、なんでですか」

「少し前それで大騒ぎになったから……ずっと鍵がかかったままで誰も出てこないと誰かさんが通報したことがあって」


 梓さんの表情(もちろんイラストだが)を見るに、どうやら鍵のことを相当気にしているらしい。

 俺は言われた通りドアだけ閉めた。

 すぐに「移動術式」とやらを使うのだろうと思ったが、そんなことはしなかった。

 そのかわり梓さんは胸ポケットから飛び出した。

 そしてキーホルダーが光に包まれた。


「うわっ」俺は目を覆う。


 目を開けると、梓さんは人間の姿に戻っていた。


「こうしないと移動術式がうまくいかないから……まあ「変化」に「結界無視移動」という高度な式を組み合わせてるせいだと思うけど」


 さっぱり理解できないが、とにかく「キーホルダーの姿では移動術式が使えない」ということだけわかった。


「まあとにかく、移動術式を使ってくださいよ……誰かに見られる前に」

「わかったよ」


 そういうと床に八角形の形をした白い魔法陣が現れる。

 そして魔法陣の光は俺と梓さんを包み、俺はゆっくりと落下していった……


   ▽ △ ▽


 光が明けると、そこは俺がこの前仕事を引き受けた高楼の前だった。


「ほら、着いたよ」

「……どうしてラーメン屋の前じゃないんですか」

「君に妖怪街ようかいまちの景色を見せたかったんだ……ほら、きれいでしょ?」


 梓さんは階段の下に広がる景色を見る。

 この前の夕暮れの景色よりは劣るが、たしかに美しい城下町の景色がそこにはあった。これが梓さんの言う「妖怪街」なのだろう。だが、俺の空腹はもう限界だった。


「……たしかに綺麗ですけど、もうそろそろあなたの言う「おすすめのラーメン屋」に連れてってくださいよ」

「わかったよ……じゃ、ついてって」


 そういうと梓さんは俺を置いて階段を下りていく。ほんと、変わった人だ……

 まあ、ついていくか。


  ▽ △ ▽


 梓さんは下のほうで待っていた。空腹が限界だから、階段を下りるだけでもかなりつらい。

 階段の下には立派な門があった。上からだと死角になっていたようだ。だが、鍵のようなものは見当たらない。

 どうやって開けるんだろうと思っていると、梓さんが門に手をかざした。


 ガガガガガ~。


 音を立てて門が開く。どうやら生体認証のようなものがあるらしい。


「早くいかないと閉まるよ」


 もうすでに門は閉まり始めている。俺は急いで通り抜けた。


  ▽ △ ▽

 

 門の向こうは時代劇でみる宿場町のような光景が広がっていた。通行人たちもみんな着物姿である。


 (スーツ姿は目立つな……声かけられませんように)


 俺は心の中で祈ったが、祈りは届かず、10歩も歩かないうちに声をかけられた。


「あらあなた、その服、どこで手に入れたの?」


 声をかけたのは着物姿の女性だった。首が普通の人の2倍はある。ろくろ首、というやつだろうか? まあとにかく、俺が四神の仮親だとバレることだけは避けたい……

 そう思案しているうちにも、女性は続けた。


「もしかして、外の世界の人?」


 ああ、最悪の質問きた……

「はい」と言ったら女性特有の長話に付き合わされそうだし、「違います」と言ってもそれはそれでこのスーツ姿をどうやって弁解したらいいのか見当もつかない。

 どうしよう……と頭の中がパニックになりかけていた時、梓さんが俺の肩をぽんと叩いて、爆弾発言(少なくとも俺にとっては)を放った。


「うん、拓海くんは四神の仮親なんだ。一昨日就任したばかりの新人さ」


 おいおいおい――! なんでそんなこというんだ――っ!


「ええっ……」


 俺が困惑の声を上げているのも気にせず、ろくろ首の女性は黄色い声を上げた。


「え、そうなの!? ああ、帰ったらみんなに自慢しなきゃ!」

「え、みんな俺が四神の仮親だって知ってるんです?」俺は梓さんに聞く。

「まあ妖里ようり新聞の一面になったからね。まあ写真は乗ってないから、見てすぐわかるというわけではないけど」


 梓さんは小声で言った。その間にもろくろ首の女性は俺に聞く。


「じゃあ、卵はもう孵ったんです?」

「いや、まだです……まだこのリュックの中に入っています」

「それなら、見せてくれません?」

「いいけど……」梓さんが割って入った。

「見るだけでお願いね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る