6 一反木綿、ラーメン屋、結界

 俺はなんとか街の妖怪の人だかりから抜け、大通りから少し離れた小さなラーメン屋へとたどり着いた。

 穴場というやつなのか、それともお昼時を過ぎたからか、行列のようなものはない。

 看板には、赤地に黄色い文字で「極長ごくなが塩ラーメン 一平木綿いっぺいもめん」と書かれている。

 店名のそばには一反木綿がラーメンをすすっているイラスト。名前といいイラストといい、きっと一反木綿が店主のラーメン屋なのだろろう。


 店の中に入ると、黄色い目の上に赤白ハチマキを巻いた一反木綿(あんなペラッペラの姿でどうやって巻いているのかわからないが、きっと妖術の類なのだろう)がめんの湯切りをしていた。


「へいらっしゃい!」一反木綿はめんを皿に盛り付けながら威勢のいい声を上げた。それから俺たちの方を見て続けた。

「――あ、梓さんじゃないですか……あちらのお方は?」

「ああ、この前四神の仮親に任命された、山崎拓海だよ」

「山崎拓海です。よろしくお願いします」

「そんな敬語使わなくてもいいですよ? そもそも俺、ただのラーメン屋ですし……あ、俺、錦一平にしきいっぺいといいます。店名も名前からとりました」

「で、でも、ここには上司あずささんがいますから……」

「いいよ……上司だからって、別に敬語使わなくても」梓さんが割って入った。

「僕はそんな「礼儀作法だけには口うるさいやつら」にはなりたくないから」


 確かに。

 もし梓さんが礼儀作法にうるさかったら、そもそも「僕」なんて一人称は使わないだろう。

 そう考えていると、錦さんが言った。


「――早く椅子に座って注文してくれません?そんな入り口のそばで突っ立ってもらっちゃ困るんで」

「あ、すみません」


 俺たちは一番奥のカウンター席(目立つことを避けたかったのだ)に座り、リュックをカウンターの下のカゴに入れた。


「何にします?」

「えーっと……おすすめってありますか?」

「この「一反木綿塩ラーメン(短め)」ってやつがおすすめでっせ!」


「短め」とはどういう意味あいなんだろう、と俺は思った。

 もしかして、めんがめちゃくちゃ長いとか?

 まあ、それは来たらわかる。ちょっとどんなのかも気になるし、これにするか。


「じゃあ、それの普通で」俺はそれだけ注文した。

「僕は極長チャーシュー塩ラーメンの大盛で」梓さんも手慣れた口調で注文した。

「了解でっせ! あとこれ、お冷っす」


 錦さんは氷の入ったお冷を俺たちの前に置き、それからめんをゆで始めた。

 やはりこの道のプロなのか、ものの3分ほどで俺たちの前には湯気がもわもわと立ち上るラーメンがおかれた。


「へいおまち!」


 のどが疲れている素振りなど一ミリも見せず、やはり威勢がある声で錦さんは言った。

 俺はいかにも暑そうなその見た目に少しためらったが、勇気を出してめんを箸で引き上げた。

 しかし、いくらめんを引き上げても、めんの端っこが見えない。

 ついに手の長さが足りなくなったが、めんの端っこは見えなかった。


「……どうやって食べるんだ、これ」

「簡単でっせ、歯でかみ切るんっすよ」

「で、でも、「めんをかみ切ったり、すすったりしてはいけない」って、母さんが――」

「そんなこと気にしなくていいっす。俺も最初はこだわってたんですけど、客が来ないのでやめました」


 俺はめんを口に放り込み、歯でかみ切った。

 コシがあるがかむとぷっつりとキレ、スープともよく絡んでいる……めんが長いのをのぞけば、完璧といっても過言ではないようなうまさだ。


「お、おいし~!」


 俺は口を閉じたまま感嘆の声を漏らした。

 そして一口目を飲み込んでから、錦さんに向かって言った。


「めちゃくちゃおいしいですね!」それから、俺はある疑問をぶつけた。

「――どうしてこんなに長いんですか?」


 それは本当に純粋な疑問だった。

 ラーメン屋は慈善事業ではないから、売れなければ意味がない。

 長いめんを嫌って来ない人もいるのでは、と俺は思ったわけだ。

 少し考えたそぶりを見せてから、錦さんは言った。

 

「――ほかの店との差別化っす。ここが妖怪街唯一の塩ラーメン屋というわけではないから、ほかの店との競合も避けるためにやっているんす。あと、一反木綿って、一反っていうんだからすっごく体が長いんす。だからそれもイメージしました」


 ほかの店との差別化なら「めちゃくちゃ長い塩ラーメン」よりももっといい案がありそうなのに――俺はそう思った。

 

「ていうか、このめんって何センチあるんですか?」

「一メートル半っす。実をいうと一反は12メートルぐらいなんすけど、そんなに長いめんはつくれませんっす」


 俺は二口目を口に入れてかみ切った。

 その間に、俺の中にもう一つ疑問が浮かんだ。


「ていうか、梓さん――」俺は二口目を飲み込んで言った。

「――結界を無視できる移動術式があるなら、結界の意味ってあるんですか?」


 これもうすうす思っていた疑問だった。

 結界を無視できる移動術式があるなら、今頃東京は妖怪であふれているはずだ。

 気づかないように気を付けているとしても、それなら今の妖怪の里にはもうちょっと現代の文化が入っているはずである。

 木造の建物が通りを挟み、着物を着た妖怪たちがその通りを歩いている――なんていう状況は、まずありえないのである。


「――結界を無視できる移動術式は、四神の力を借りないと無理なんす」錦さんが悲しそうな口調で答えた。

「俺も移動術式は使えるんすけど、結界を超えることはできません」


 なるほど。梓さんは四神の力を借りているのか。

 そう思っているうちに、錦さんはまた元気な口調に戻っていた。


「ああ、早く食べないと伸びちゃうっすよ! めんを残すのは禁物っすからね!」

「あ、わかりました」


 俺は少し急いでラーメンを食べ、5分強ほどで食べ終わった。

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