3 掃除、綾烏、妖怪至上主義
窓から差し込む太陽の光で、俺は目を覚ました。
急いで毛布をはぎ取ると、卵は無事だった。
「よかった……」
おれは安どのため息をつくと、コンビニの総菜パンで朝食を済ませた。それから手帳を開いて、今日は予定が何もないことを確認した。
「……何しよう」
このままずっと卵を見張るのは暇だ。
何をすべきか……そう悩む俺に、一つの天啓が降りた。
「……神社に行こう!」
俺がうららさんと出会った、あのぼろぼろの神社。掃除しがいがありそうだし、家からもあんまり遠くないはず(実際に移動したわけじゃないけど、あの辺りは土地勘があるのだ)。
早速俺はジャージから着替え、ウェットティッシュやメラニンスポンジといった掃除道具とお供え物の天然水500mLをカバンに入れ、家を出ようとした……その時、俺に一つの考えが浮かんだ。
「……卵はどうする?」
バスケットの中に入った4つの卵。ちょっとこれを置いていくのは心配だ。
持っていこう、と思いカバンの中に入れていった。
と、残りが2つになったところで。
「は、入らねえ!」
3つ目の卵を入れようとしても、入らない。
よくよく考えたら、カバンの中はほとんど掃除道具に占拠されている。
無理やり押し込んで割れたら怖いし、どうするか……
「……卵が入るカバンを探すか」
それぐらいしか思いつかなかった。
▽ △ ▽
5分ほど探したが、見つかったのはぼろっちくて黒いリュックだけだった。いつ買ったかすら覚えていない。でもまあ、これなら卵も入りそうだし、カバンと併用すれば掃除道具も入れられる。
俺はリュックに卵を詰め(今度は4つとも入った)、掃除道具をカバンに入れると、弾んだ足取りで家を出た。
▽ △ ▽
名前がわからず検索しようがないので苦労したが、神社は予想した通りのところに建っていた。
昨日と変わらないぼろさである。昨日ちぎってしまったひもなんてまだ石畳の上だ。
まあいい、その分掃除しがいもあるだろう。
俺は持ってきたエプロンのひもを締め、三角巾を被った(こうしたほうがやる気が出るのだ)。
それから持ってきたカバンから、ウェットティッシュとメラニンスポンジを取り出した。まずはお堂からだ。
俺がお堂を拭くと、ほこりが取れ木目がはっきり見えた。
「お、意外ときれいじゃないか……これが真心の力ってやつか」
あっという間に、お堂は表だけピカピカになった(裏は草ぼうぼうで足の踏み場もなかったので諦めた)。
次はお使いの石像を磨こう。そう思いバッグからメラニンスポンジをとりだし、水道水入りペットボトルで濡らした。それからお使いの像のうちの一つをこすってみた……たちまち汚れが落ち、ピッカピカの表面があらわになった。
こうなるととっても楽しくなる。掃除というのは取り掛かるまでが面倒だが、取り掛かってからは楽しいものだ。
しばらく磨いてみると、何か動物のような形が浮かび上がったような気がした。
「なんだこれ、犬でも猫でもないし、狐にしては尾が大きいよな……」
「失礼な、狐じゃないわい!」突然、像がしゃべったように感じた……いや「感じた」ではなく「本当にしゃべった」だ。
その像は生きたカラスだったのだ。
▽ △ ▽
そのカラスの姿は、公園で見かけるような一般的なカラスとは、とてもかけ離れてた姿をしていた。
まず身長。俺の背丈より頭一つ分身長があり、目と嘴は金色だ。胴体はカラスだが、尾はクジャクの羽のようなきれいな青色のグラデーションで、しかもその大半を地面に引きずっている。鶏の様なとさかは、まるで赤髪くせ毛のギャルがポニーテールをしたようだ。見た感じカラス4:鶏1:クジャク1といったところだろう。
その鳥はばさりと翼を広げ(その幅は全長1メートルぐらいだろう)、のどをそらして一声ないた。
「コ、コケコッコーーーー!!!」声は鶏だった。
「やめてください、ここ住宅街ですよ!」俺は飛びついてくちばしを抑えた。
「ふぁまれ、ふれいもの!」
カラスは羽をばたつかせて暴れ、振り落とされた俺は思いっきりしりもちをついた。
「い、イテテ……」
俺が立ち上がろうとすると、もう片方のお使いもカラスに変身していた。こちらはとさかが青く、体もほっそりとしている。瞳は銀のように光るグレーだ。
「時代が変わったんですよ、兄さん……今の世では私たちの声もただの騒音です」青いとさかの方が制止した。騒ぎ立てる兄さんとは対照的だ。
「え、犬でも狐でもなくて……カラスってあり?」俺はもう呆然となって、そのまま考えたことを言ってしまった。青いとさかは口調を変えずに言う。
「いつも驚かれますよ……改めて、自己紹介を。私は四神の式神で
「治らないどころか、悪い性格ですらないわい! 我々綾烏をけがすものを成敗しただけだ!」
「こんなに穢れをふき取ってくれた人を成敗するのはどうかしてると思いますが」
「う、うう……もういい、知らん!」友羽はそっぽを向いた。
「あ、あの、あなたたちはこの神社の……」四神って言っているあたり、おそらく彼らも妖怪の里関連なのだろう。
「そうです。私たちは式神としてこの神社を守っていましたが、四神がお隠れになられてからは力を節約するためにずっと眠っておりました。ですが今回、あなたがきれいにしてくれたおかげで、私たちはこうして目覚めたのです」
なるほど、眠っていたのか。
どおりで生きている気配がしなかったというわけだ。
それから乙羽さんは地面に置いた俺のリュックに銀色の瞳を向けて言った。
「あなたの背中から、四神の気を感じますが……もしかして、あなたは四神の……」
「はい。私は山崎拓海、四神の仮親です」
「なに、四神の仮親だと!?」
そっぽを向いていた友羽さんが飛び上がった……羽は動かしてないが。
それから、友羽さんは俺に詰め寄った。
「お前、体力もない上に、「気」も使えないな?」
友羽さんは脅すような口調で言った。
「気」というのがなにかわからないが、まあ知らないってことは使えないということだろう。
俺は正直に答えた。
「まあ、そうですね……」
「そんな奴、仮親になっていいなんて誰が言った!」
友羽さんは
ほっぺたに焼けつく痛みが走ったが、今のところ鼻血といった目に見えるケガはない。
この筋骨隆々な見た目からして、おそらく手加減してやったのだろう。
俺は痛みのあまりしゃがみこんでから言い返した。
「……で、でも、真心の力があるじゃないですか」
「人間の真心の力なんて、妖怪に比べたら塵も同然だ! お前は科学とやらの力を使わずに、妖怪至上主義の連中から四神たちを守りきれると思うか?」
「い、いや、思えませんね……で、でも、四神も神様ですから、戦えるんじゃないですか?」俺はやんわりと反論のナイフを投げた。
「た、たしかにそうだが……」
どうやらうまくささったらしい。友羽さんは物理的な力は強いが、言論の力はゼロのようだ。
「だ、だが……」
「まあまあ」
友羽さんはなにやら反論しようとしたが、その前に乙羽さんが仲介した。
「そういうルールなのですから、しかたありませんよ。それに四神の代理である妖怪評議会が決めたのですよ? 式神は上司の命令に従うのが基本の使命ですよね?」
「う、うう……もうお前らと口きかんわ!」友羽さんはもう一回そっぽを向いた。
「大丈夫です? 仲直りしなくてもいいんですか?」俺は心配になって聞いた。
「大丈夫ですよ。兄さんの場合、一回寝たらもう忘れるという特技がありますから」
なんとも素晴らしい特技だな。それ俺も欲しい。
「お、俺、もう帰ります。昼ごはん食べたいので」
「なら、ついていきましょうか?」
「い、いや、大丈夫です」
そう断ると、俺は家に逃げ帰った(友羽さんがまた怒る前に逃げたかったのだ)。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます