2 妖怪の里、卵、決意

 恐怖でばたばたする俺の手を、女(見えないが、たぶんそうだ)ががっしりとつかんだ。


「大丈夫よ。もうすぐ着くわ」


 そう女が言って間もなく、周りの紫がぐっと晴れた。

 そこは石畳の上だった。後ろには100段ぐらいはありそうな階段の下に、城下町のような街並みが並んでいる。前には見上げるほどの高楼があり、夕日も相まって絶対インスタ映えする写真が取れそうな(まあ、そんな余裕はないけど)光景になっていた。


「どこ、ここーー!」

「妖怪の里よ」

「よ、妖怪の里?」


 俺は恐る恐る女の姿を見た……いや、同じ女か? 声が一緒だから多分同一人物だとおもうが……

 そう、女はさっきのきれい系美人とはかけ離れていた姿になっていたのだ。髪の毛はギャルが染めるような紫色になり、虹彩は鮮やかな黄色で、服ときたら紫色と白いリボンのかわいいワンピースになっている。確実にどこかアニメのキャラクターだ……何のキャラかわからないけど。


「だ、誰ーー!」驚く俺に向かって、女はすました顔で言った。

「いや、これが本来の姿なのよ。この姿で街を歩いたら、絶対コスプレで写真撮られるでしょう? しかも妖怪だから何も映らなくて、もっと騒ぎが大きくなっちゃう。だから、外の世界を出歩くときはさっきみたいに目立たない格好をしているの」

「よ、妖怪って……『妖怪クロック』の……?」

「まああんなもんだわ。でも、あっちは本来の姿とはかけ離れてて、もう影も形もないらしいけど。あ、私は春採はるとりうらら。さとり妖怪よ」

「さとりって、頭の中が読めるやつ……?」

「よく知ってるわね! ……正確には読めるのは今現在の感情だけだけど」

「ていうか、俺今思ったんですけど……」俺は何となく今の状況を理解した。いや、こんなの絶対理解したくないが。

「……ここって、異世界ってやつですよね?」

「ニュアンスは違うけど……まあ不思議なことがあるってことでは一緒じゃない?」

「えっ……」マージーでー!?


 ▽ △ ▽


 たった今異世界に連れてこられたことを理解(絶対理性では分かりたくないけど)した俺は、うららさんに連れてこられて高楼の中に入った。

 通されたのは3階の応接室のようなところだった。外側は中華風の窓だが、中には洋風なイスとテーブルがある……めちゃくちゃ一貫性のない部屋だ。

 俺が椅子に座ると、しばらくして緑茶と茶菓子が配られた。配ったのも金髪の美女……というか幼女だ。どうやら、妖怪の里の妖怪はみんな人間の姿をしているらしい。

 ソシャゲにありそうな設定だな……と思いつつお茶を飲んでいると、背の低い一人の青年が部屋に入ってきた。こいつは白い髪から犬耳をはやし、紺色のジャージを着ている。犬系の妖怪なのか?


「あれ、うららさん、その人間は誰? 見た感じ外の世界の人だけど」

「まあ、確かに外の世界の人間だけど……この子は結界の四ツ子の仮親になれる可能性があると思ったのよ。だからあなただって呼んだのよ」

「ふーん、そうなんだ……」犬耳の青年は俺の向かいの椅子に座った。

「僕は守神梓もりがみあずさ。狛犬だよ」狛犬ってなんだ、と質問する気にはなれなかった。

「君は?」梓はつづけた。

「俺は山崎拓海です……で、子育ての仕事をくれるんですよね?」

「そうよ。月給は手取り25万、銀行振り込みで出すわ」たしか大卒の平均初任給が22万と聞いている。かなりのいい条件だが、内容がわからないから受けるのは怖い。

「あの、給料はいいんですけど……何を子育てするんです?」

「神様じゃ」

「神様……何の神様ですか?」

「これは聞くより見たほうがいいわね……香蓮かれん、あれを持ってきなさい」


 扉のほうから「かしこまりました」というかわいい声が聞こえた。見ればさっきお茶を入れた幼女がお辞儀をしている。そしてそのまま扉を開けてどこかに行ってしまった。


 ▽ △ ▽


 しばらくして、香蓮は台車を押して戻ってきた。台車の上には、赤、青、白、鈍い緑にひかる卵が1つずつ置いてある。ニワトリにしては大きい。ダチョウクラスだ。


「これは何ですか?」俺は聞いた。

「これは結界を守る四神の卵よ」

「結界? それってなんです?」

「妖怪の里と外の世界を切り離す結界のことから話すべきね……江戸時代ごろは日本中に妖怪がいたわ。でも明治になって、妖怪は科学によって迫害されるようになったの……それを守るために、結界を張る力を持つ四柱の神、四神が妖怪たちを集めて、みんなで人間が入れない世界を作り上げたの。それが妖怪の里になったのよ」

「で、この卵はその四神の跡継ぎなんです?」

「勘が鋭いわね! 神様だって死なない……いや、消えないわけじゃないの。力を失えば消滅するわ。でも、四神が消えれば妖怪の里が滅亡する……だから四神だけは常に跡継ぎを用意するの。この子たちはその跡継ぎで、百年前に産み落とされたのだけど、なかなか孵らないの。このままだと……」


 俺は息をのんだ。


「……やばい」

「……え?」

「文字通りやばいのよ……私たちもいろいろベストを尽くしたんだけど、一向に孵らないの。だから昔の文献を探したら、人間に孵させるって書いてあったわ」

「で、俺が選ばれたってこと……?」

「そうよ。でもその場合は、大人になるまでその人間が育てるって書いてあったわ」

「あの、俺結婚していないのに、ていうか彼女もいないのに子持ちになって、それで大人になるまで育てろって言ってるんですか!? そんなのはっきり言って嫌です!」

「孵れば育ちは早いわ。たったの10年よ」

「10年って言っても……」

「婚活すれば遅くないわ」

「そ、そうですけど……」

「それに大人になった後も給料は出すわよ」

「で、でも……そういえば」俺は話をそらして何とかしようとした。

「この卵はなんの神様なんですか? 4つあるってことは何か違うんでしょうけど」

「もちろんよ」うららさんは椅子からすっと立ち、赤色に光る卵を下から持ってテーブルに置いた。

「この卵は南を支配する火の神、朱雀よ。クジャクみたいな見た目をしているけど飛べるわ」

 次は青く光る卵だ。「これは青い竜で蒼龍、水の神ね。支配するのは東よ」

 その次に白く光る卵。「これは白虎、白いトラよ。支配するのは北ね」

 最後に鈍色に光る卵がテーブルに置かれた。「そして玄武。カメと蛇がくっついた形をしているわ。北をつかさどってるの」

 うららさんは続けた。「この子たちは未来の担い手……だからきれいな魂の持ち主じゃないと仮親になる資格はないわ。私はこれでも、12年かけて3500人ぐらいの人を見て、いろんな方法で適性をチェックしたの……あなたの場合はあの鈴ね」

「鈴?」

「あの鈴は、人間の負の念で汚れたものだったの……真心もってやらない限り、高圧洗浄でもしないととれないわ。それをあなたはためらいもなく手にして、ハンカチでふき取った……このレベルの真心の持ち主はなかなかいないのよ。あなたが断ればもう手遅れかもしれない」

「で、でも……子育てってことは、24時間勤務ですよね?」

「まあそうだわ。でももし疲れたら妖怪の里で最大1週間休めるし、その間の面倒はちゃんと見るわよ」

「子育ての費用はどうするんですか?」

「そこは経費で落ちるわ。でも光熱費とかはあなたの負担だけど」

「やっぱり、無理です! 俺、帰ります」


 立ち上がってドアへと向かおうとした俺だが、気づいたら梓の腕にがっしりとつかまれていた。

 くそ、こいつ、見た目のくせにめちゃくちゃ力が強い……やっぱり妖怪なのか。

 梓は俺を卵のほうへと向き直らせた。うららさんがいった。


「無理なの? 月給25万なのに!?」

「24時間勤務だしー!」

「つかれたら妖怪の里で休めるんだよ?」

「ずっとはいられないでしょー!」

「一世界救えるんだよ?」

「そんなの荷が重すぎますー!」

「でもあなたしかいないの! もしあなたが辞退したら、この子たちはこの卵の中で死んでしまうのよ!」


 そういってうららさんは卵をおれにおしつけた。


「お、落ちちゃう!」


 俺は両手で卵を受け止めた。

 そのとき、卵から、何かを感じた……


「……鼓動だ……本当に、生きているのか?」つい素の口調になってしまった。

「そうよ……この子たちは神であり、同時に赤ん坊でもあるの。この子たちが光を見れないまま死んでいくのが耐えられないのは、あなたも同じでしょう?」

「はい……赤ん坊の遺棄事件のニュースを見ると、悲しくなります」

「妖怪の里を救ってくれとはいわないわ。でも、この子たちの命だけは、救ってほしいの」


 その時、俺の中で一つの決意が芽生えた。

 この子たちを大人まで育て上げて、いろんな感動をさせてやる、という決意が。

 俺はその勢いで、うららさんに言った。


「わかりました。この子たちを、無事に大人まで育て上げます」

「……わかったわ。じゃあ、家まであなたを送るから」


 そういうとうららさんの黄色い虹彩が広がって俺を包む。今度は恐怖はなく、ゆっくりと降りていく感覚に体をゆだねた……


 ▽ △ ▽


 黄色が晴れると、そこは俺の部屋だった。

 一瞬夢かと思ったが、隣にはバスケットに入った4つの光る卵がある。


「夢……じゃなかったのか」


 夢であってほしかった、とは思わなかった。もし夢だったら、俺の決意も無駄になっていただろう。

 日はとっぷりと暮れている……それを見たところで、俺にどっと疲れが押し寄せた。

 今日はもう寝よう……そう思いジャージに着替え、布団を敷いた。

 使っていない毛布を卵にかぶせて、俺は眠りについた。

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