あやかしチルドレン~就活生の俺は妖怪に子守の仕事を押し付けられました~

あじゃぴー(旧ペンネーム星城亜美)

誕生前

本編

1 神社、謎の美女、面接

「神様! どうか正社員にしてください! 母さんを安心させたいんです! 千葉県神が丘市犬神◯丁目◯ー◯ー◯、大川キャッスル203号室の山崎拓海やまざきたくみです! どうかよろしくお願いいたします!」

 

 俺は手をパンパンと叩くと頭をしっかり下げた。ブラックじゃなきゃどこでもいいですとにかく正社員の肩書がほしいんです!

 面接に行った会社が43になった。今日も面接に行ったが、手応えはなかった。面接官は俺の履歴書をみながらあくびをしていた。あれは多分ダメだ。

 2月の冷たい風に背中を冷やしながら、一人でトボトボ家路を急いでいた時、たまたま覗き込んだ路地に鳥居が見えたので、ついつい引き寄せられてしまったのだ。

 

「しっかし、この神社、よくもここまで生き残ってたな」

 

 一般人の俺にそう言わせるほど、その神社は寂れていた。鳥居は傾き、両脇にいるお使いはもうなんの動物かわからないほどすり減って、お堂の塗装なんてほとんど剥げていた。

 それでも、神社であることは確かだ。もしかしたら祈りに来る人が少ない分、願いを聞いてくれる確率も上がるかもしれない。もっとも、もうこの神社に神様はいないと思うが……


「おっと、賽銭入れないと……」


 俺は賽銭を入れてないのに気づいてカバンから財布を取り出したが、そこで賽銭箱に大きな穴が空いていることに気づいた。これにお金をいれるのは小銭とはいえ抵抗があるな……

 仕方がない。今日は鈴を鳴らすだけにしておこう。俺は鈴をふるための紐(真っ黒によごれていた)に手をかけ、引っ張った……

 

 ブチッ。


 よっぽど古い紐だったのだろう。俺が引っ張ったのをきっかけに、3つある鈴ごと落ちてしまった。


「や、やべ……」


 どうしよう、器物損壊で捕まるかも……いや、経年劣化でちぎれたって言えばOK? ……まあ、悪意はなかったんだし……でも、なんかお詫びをしておかないと、神様に失礼かな……

 その時、ふと落ちて黒く汚れた鈴を見て、俺はひらめいた。


「そうだ!」


 俺はポケットからハンカチを取り出すと、鈴を膝に乗せ、汚れをハンカチで拭き取った。汚れていたところが金色になる。


「なんだ、意外ときれいじゃん」


 俺は面白くなって、残りの2つもゴシゴシ磨いた。

 鈴を鳴らすための紐は、もともとは赤と白の紐をよりあわせてできたものらしい。残念ながら代わりになるようなものは持っていない。

 俺は鈴を太陽にかざし、ふってみた。しゃんしゃんと音がする……


「……正社員になれますように」


 俺はそうつぶやき、鈴に向かって祈った……


「なぜそんなに正社員にこだわるの?」


 不意に声をかけられ、俺は驚いて顔を上げた。目の前に黄土色のコートを着た女性がいる……美人だ。多分通りすがりの人だ。しかし、語尾が海外の翻訳小説である。


「え、うわっ!」


「いつの間に」と「聞いてたのか」が心の中で混ざりあって、俺は飛び上がった。


「驚かせてすまないわ……なにやら熱心にやっているもんだから、気になって見ていたのよ。ていうか、それ……」


 女は俺の持つ鈴を見る。俺は慌てて弁解した。


「いや、俺じゃないです! おれが取ったんじゃなくて、引っ張ったらちぎれて……いや、それって俺がやったってこと? ともかく、悪意があってやったわけじゃないんです!」

「それはわかってるわ……もうそろそろちぎれそうだと思ってたもの」

「あの、この神社の方なんですか?」

「まあそんな感じね」

「お、お返しします。すみません」

 

 俺は鈴を両手で渡す。女はそれをうけとり、つくづくと眺めた。


「ずいぶんきれいにしてくれたのね」

「あ、はい……なんか汚れてたんで、ハンカチで拭きました」

「そうなの……あの汚れはなかなか取れないと思ってたけど……」


 女は石畳の階段をのぼり、賽銭箱に腰を下ろした。


「話は変わるけど、どうして正社員にこだわるの? 今どきアルバイトとかもあるのに」

「そ、それは……」

「はっきり言って!」

「す、すみません……実はうち母子家庭で、地元にいる母さんを安心させたいんです! 母さんずっとパートで、とにかく正社員じゃないとだめよって子どものときにいわれて……でも俺だけ内定がもらえなくて全然安心させてあげられないんです! でもこんなときになっても連絡入れないからもうだめなんだろうと母さん思ってんのに何も言わなくて、あああ、俺はだめなやつなんです――!」

 

 俺は顔を両手で隠した。通りすがりの人にここまで言うつもりはなかったのに、つい感情が口走ってしまった。


「……すみません、今の忘れてください」

「内定が出ていないということは、あなたが就職すべき企業とまだ出会ってないだけだと思うわ」

 

 恥ずかしさのあまりしゃがんでしまった俺に、女が静かに言った。


「どんなものにもえにしがあるの……あなたと正社員の縁はまだ結ばれてないだけ」


 俺は顔から手をはなし、賽銭箱に座る女を見上げた。

 女はやさしくほほえんでいる。その慈愛に満ちた笑みに、俺の気持ちも落ち着いてきた。


「……す、すみません、騒いじゃって……」

「きにしないで。ところであなたが望む正社員は、大企業の正社員なの?」

「いえ、そんなことはないです。ブラックじゃなきゃどこでもいいです」

「そうなの……就職四季報とかにはのっていないところでいいのね?」

「まあ、そうですけど……あの、もしかして、どこかの会社の人ですか?」


 俺の心臓が跳ね上がった。

 もしかして、神頼みの効果がここで? 中小企業でもこのさい問題ない――


「会社というわけではないけど、実は人手を探してたの。バイトじゃないわ。ボーナスあり、有給あり、社員用の保養地もあるのよ」

「あの、資格は大丈夫ですか? 国家資格はもってませんが」

「こんなにきれいに掃除ができるなら大丈夫よ。あなたの心も曇りないわ」

「え、清掃系のお仕事ですか?」肉体労働は少しキツイ。

「いや、子育てよ」

「だから、国家資格は――」

「問題ないわ。なぜなら……」


 女の目がキラリと光る。その目が紫色なのに、今更俺は気づいた。

 その紫が、女の顔を、体を、俺までも包んでいく……

 そして、紫の中に俺は落ちた。

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