【35】公国南方十四キロメートル地点にて
「ねぇ、ツッキー?」
「ん~?」
「公国まであと何キロ?」
「う~んと、十キロ」
「十キロッ!?」
「本当は十四キロ」
「あーもう無理ぃ!」
カロラシア大陸に上陸した私たち十五名は、麦嶋君がいるらしいフォルトレット公国を目指し、樹海を四日間歩いていた。
そして、遂に新妻さんが音を上げ、自身より一回りも背が小さい月咲さんにおぶさる。
「重い~」
「いや重くないしっ!」
「重いよぉ」
「もうっ! てかこれ以上歩いたら脚太くなっちゃう! 今日はもうやめにしよ!? ね?」
「えぇ~どうする委員長?」
月咲さんが助けを求めるように私を見た。
「新妻さん。日没までまだ一時間くらい余裕あるし、もう少し頑張ってみない?」
「頑張ってみない!」
「えぇ……」
一方で、まだまだ体力が有り余っているらしい神白君が苦言を呈する。
「今日まだ三キロくらいしか進んでないだろ。休憩挟みすぎだし。初日なんて二十七キロ進んだんだぜ? 日に日に移動距離縮んでんだけど?」
「関係無いしっ!」
「ったく、十四キロなんてすぐじゃね? ダッシュすりゃ今日中に行けんだろ。根性見せろよ茉莉也」
「根性とか昭和かよ! 無理なものは無理なのっ!」
正直、今日中に十四キロは私も勘弁してほしい。
「何だよもう……じゃあ、行ける奴だけ先行こうぜ。おい
神白君は、先頭の方にいる
「余裕だけど、行ける奴だけってのは反対だ」
「なんでだよ!?」
「おまえ、ここに来るまでのこと忘れたのか? 何度もヤバい生き物に襲われたじゃないか。角生えた熊とか、一つ目の巨人とか。何かが爆発した跡みたいなのもあったし、分散するのは危険だ」
「スキルあるんだから平気だろ? 特に、おまえと
「駄目だ。こんな異界の地で、油断は命取りになるぞ」
「……はぁ~あ」
大きな溜息をついて、神白君は地面に胡坐をかいた。
「それなら明日頑張るってことで、今日は早めに切り上げよっか? 神白君もそれでいい?」
「勝手にしろよ」
私の提案を聞き、新妻さんが小さくガッツポーズする。他の大半の人達も、どこか安堵した表情で近場に腰を下ろす。そして、瀬古君が誰に言われるまでもなく、比較的平地になっている場所を探し、スキルで寝床を作り始めた。もはや職人の手つきである。
「ねぇ、月咲さん。『
「ん……変わってないよ。公国近くの山脈に反応ある」
四日前の昼。『
月咲さんのプレイヤーカードを覗くと、彼女の言う通り『
「最近ずっとそこにいるよね……大丈夫かな?」
そう呟くと、神白君が大きな欠伸をする。
「はぁ~。やっぱ死んだんじゃね?」
「縁起でもないこと言わないでよ……」
「ま、俺はカードさえ取り返せればそれでいいけどな」
「……」
茜ちゃんが話に入ってくる。
「月咲さん。フォルトレット公国って危険な国なの? スキルで検索できるんでしょ?」
「うん。歴史とかなら調べられる。治安に関しては微妙かな。人間の国なんだけど元は魔族の国らしくて、そことのいざこざがある感じ。それに巻き込まれてたら安否は心配かも」
「まさか、さすがに大丈夫でしょ……」
大丈夫だと思いたいが、正直私はまだ麦嶋君の人物像を少しも掴めていない。
転校生というのもあって、ただでさえ関わりが少ないのに、その少ない関わりだけでも、何をしでかすか分からない危険性を彼から感じた。その認識はきっと皆同じだろう。
すると、くせっ毛でショートカットの女子……桃山さんが彼氏の宮島君にしがみつき、険しい目つきで私を見た。
「ねぇ、転校生に会えば私たち助かるんだよね?」
「それは……分からないけど」
「委員長が言い出したんだから、上手くいかなかったら委員長のせいだからね!?」
「……」
宮島君もそれに同調する。
「そうだ。ここまで来て、結局転校生は死んでましたとか、マジで笑えないぜ? あいつがジョーカーっていうのもいまいち信憑性ないし、本当に合流を目的にして大丈夫なのかよ!?」
「だ、大丈夫だよ! 彼を信じよう!?」
「信じようって……根拠なしかよ。もう付き合ってらんねぇ。行こうぜ、みく」
宮島君は桃山さんを引っ張って、来た道を引き返し始めた。
「ちょっと待って! どこに──」
「どこでもいいだろ! 俺たちは抜ける。ロワイアルゲームでも何でも勝手にやっとけよ」
背を向ける彼らに、茜ちゃんが厳しめの言葉を発する。
「何? 責任転嫁? 転校生と合流しようっていう案はみんなで決めた事でしょ? 知華子だけを責めるのは違くない?」
「ヒキニートうっざ」
「……桃山さん、なんか言った?」
「……」
「聞いてんだけど? 何黙ってんの? ねぇ?」
桃山さんは一瞬反抗的な表情を見せたが、茜ちゃんの強すぎる圧に屈し、宮島君を盾に隠れる。そして、彼が代わりに答えた。
「七原、おまえさ……」
「何?」
「い、いや……」
「何?」
「……」
宮島君も黙った。
「ちっ、おまえらゴチャゴチャうっせぇよ! 転校生と合流してカードを取り返すのは決定事項なんだよ! いいから黙って付いて来い!」
神白君が野太い声でそう一喝した。
「なんだよ神白……そもそもカード盗られたのはおまえが悪いんだろ? なんで俺たちがその尻拭いしなきゃいけねぇんだよ!」
「あ……?」
神白君が立ち上がり、宮島君の方へと近づいていく。同じサッカー部なのに、こうして見ると神白君は物凄く体格に恵まれている。
「おまえ誰に口聞いてんだよ……?」
宮島君は慌てて桃山さんから離れ、近くに転がっていたバレーボールくらいの石に片足を乗せる。
「なんだよやんのか!? 今となっちゃおまえなんて恐くねぇよ! スキルさえあれば──」
「あ~『
「雑魚じゃねぇよ……頭に当たったら即死だぞ」
「頭に当たったら、な? ほらやってみろよ。その代わり、俺もマジで殺しにいくかんな?」
「……」
二人の様子を見兼ねた朝吹君や新妻さんが、彼らにやめるよう説得を始める。
私も止めようと、二人の間に入ろうとしたその時、どこからか異音を耳にした。唸るような、吠えるような、腹の底に響く極めて不愉快な音だった。
「知華子?」
茜ちゃんがすぐに私の緊張を察したが、この音を耳にしているのはまだ私だけみたいだ。
「みんな……ちょっと静かにして」
神白君たちに、私の声は届かない。
「静かにしてっ! お願いだから!!」
らしくもなく、喉が張り裂けるほどに叫ぶと、みんなが一瞬で静まり返った。あの茜ちゃんですら面食らっている。
「聞こえる、みんな? この音?」
「…………」
音は段々と大きくなっている。それでもまだ誰も気づかない。
何かが来る──
「……っ!?」
一瞬の出来事だった。私たちの前に、ずしんと何かが降ってきた。
木々をしならせるような凄まじい風圧が襲い掛かり、全員吹き飛ばされる。
「わっ!?」
すぐさま『
私は全く受け身を取れず、木に体を強く打ちつけてしまったが、『
「はぁはぁ……!?」
日没前の暗がりで目を凝らし、降ってきた何かを見極める。
そこには……五、六メートルは下らない大きさの何かがいた。
それは“怪物”という表現が最も似つかわしいほど、おどろおどろしい見た目をしていた。
漆黒の体毛や鬣に身を包み、パッと見の造形は獅子を彷彿とさせる。前肢は大木並みに太く、ギロチンのような爪までついている。裂けた口と二本の角は般若を思わせ、上向きの牙は天をも衝くかのような鋭さだった。
「何……あれ……?」
樹海で遭遇したこれまでの獣とは違う。明らかに一線を画した、異質な存在だ。
怪物は低い唸り声を上げながら、ゆっくりとこちらを見た。真っ赤な二つの眼が光りだす。そして、怪物は空を見上げ、口を大きく開けたのだった。その口に金色の光が収束し始める。光は瞬く間に、怪物よりも大きな塊となり──
「知華子っ……!!」
呆然とする私の腕を、茜ちゃんが引っ張り上げた瞬間、光の塊は爆発した。周囲の地を抉り、木々を薙ぎ、空気が轟音と共に打ち震える。
私たちは為す術もなく即死した。
『
「────」
死んだ。紛れもなく必然的な死だった。だが、それでも私にはまだ意識があった。正確には、戻ったと言うのが正しいのかもしれない。
一度完全に途絶えた意識が戻り、嗅覚、味覚、触覚、視覚、聴覚と……徐々に私は私を取り戻していく。
「茜……ちゃん?」
「……」
朧げな視界の中で、茜ちゃんが私に覆いかぶさるように倒れている。
呼びかけに反応し、彼女が目を開けた。どこからか朝吹君の声も聞こえてくる。
「うぅ……無事……なのか?」
「朝吹君……?」
「委員長? 七原もいるな? ぶ、無事なんだな!? 他の人は? いたら返事してくれ!」
近くの岩陰から彼は呼びかける。だが返事は無かった。代わりに茜ちゃんが答える。
「無事だよ……全員無事。完全にはぐれちゃったけど、とにかく全員、私のスキルで生き返らせた」
「は? 生き返らせただって!?」
「そう。『
「残機って……? マジかよ。むちゃくちゃだな……」
『
だが、安堵するのはまだ早い。焼け野原の中心から、怪物がこちらを睨んでいた。あれだけの爆発を起こしておきながら、そいつは無傷だった。
しかし、茜ちゃんは少しも怯まず立ち上がり、私の前に立つ。
「あいつは私が始末する」
「逃げた方が良い気もすっけど……何か作戦でもあるのか、優等生?」
「簡単。『
「おお……」
「逆に言えば、七秒間は全力で生き残ってね。残り六個残機があるとはいえ、何してくるか分からないから」
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