【34】赤

「──あ~美味い美味い! やっぱりバナナは美味しいなぁ!」

「……」


 頭がおかしくなったと本気で心配された俺は、ガートルードによってとある部屋に連行された。

 そこはちょうど教室くらいの広さで、壁にはレンガが敷き詰められている。牢屋やその辺の洞窟みたいに鍾乳石は無い。中央に石造りの円卓なんかもあって非常に文明的だ。共通箇所は、光源が青い炎という事だけか。


 そうして、俺は木製の丸椅子に腰かけて、貰ったバナナを食べ終える。


「ご馳走様。ありがとうガートルード。君、優しいじゃん」

「あなたのことは丁重に扱うよう言われていますので」

「ふ~ん、じゃあついでに出口も──」

「それは駄目です」


 きっぱり断られた。

 部屋を占領するように置かれた円卓にバナナの皮を置く。


「俺ってそんなにキーマンなの?」

「ええ。ラヴィニア様より先ほどご教示いただきましたが、確かにフォルトレットを倒すにはあなたが必要です」

「期待に沿えるとは思えないけどな」


 沿うつもりもないが。


 すると、突然向かいの椅子に、例の少女が出現した。

 相変わらず子供染みた可愛い声にも関わらず、やけに落ち着き払った口調で話し出す。


「──おまえ、もう脱獄を図ったんだってな」


 彼女は感心するような、呆れるような視線を向けてくる。


「うわ、ラヴィニアだ……」

「私のことは嫌いか?」

「嫌いだよ。もちろん……てか、いい加減教えろ。具体的に俺をどう戦力にするつもりなんだ?」


 彼女は卓に頬杖をつき回答する。


「四日後、魔王城にて魔族奴隷の競売が開かれる。十中八九、罠だろうが関係ない。その日に、私とおまえでフォルトレットに殴り込みをかける」

「え、絶対嫌だし、無理だって」

「安心しろ。おまえは奴の『リフレクト』を突破するための布石に過ぎない」

「なんて……?」


 ガートルードがバナナの皮を取り、ゴミ箱に捨てた。


「『リフレクト』はフォルトレットが独自に扱う、魔法を反射する結界です」

「魔法を反射?」

「奴は、自身から半径約一メートルの位置に不可視の結界を生成し、そこを通過した魔法の軌道をずらせます」


 そういえば、あの黒い槍も彼の傍で不自然にひん曲がっていた。あれのことか。


「魔法が当たんないってことね。でも、それなら殴ればいいじゃん」


 ラヴィニアに鼻で笑われる。


「奴がその気になれば、魔力保有者も反射の対象にできる。さすがにそれは常時発動じゃないだろうが、少なくとも戦闘時は近づくことも困難だ」

「ああ……」

「それに、フォルトレットを殺すなら即死が望ましい。戦闘が長引いて“怪物”を召喚されたら面倒だからな」

「“怪物”って?」

「“怪物”は“怪物”だ。私たちもアレの正体は分かっていない」


 なんだそれ。


「そこで、おまえの出番というわけだな」


 ラヴィニアは机の隅に立ててあった黒い羽ペンを手に取った。席を立ち、円卓を回って来て俺の元まで近づいてくる。


「手、貸せ」

「え、やだけど?」

「貸せ」

「はい」


 恐る恐る右手を出すと、彼女に手首を掴まれた。彼女の手は俺のより一回り小さい。そして、固定された手の甲に渦巻き模様を描かれる。


「何これ?」

「正真正銘ただのインクだ。目印として使う」


 落書きを終えたラヴィニアは手を離し、元の席へと戻っていく。歩きながら羽ペンを元の小瓶に差して振り返る。

 その瞬間、ラヴィニアの姿が消えた。


「ばあ」

「うあああッ!?」


 急に右後方から顔を出してきたラヴィニアに驚いて、椅子から転げ落ちてしまった。彼女は口を尖らせる。


「驚きすぎだ。まるで私がお化けみたいじゃないか」

「角が四本生えてる奴は十分お化けだ!」

「失礼な。まぁいい。とにかく分かっただろ。私が何をしようとしてるか」

「分かんない。分かりたくもない」


 ラヴィニアの頬が微かに緊張する。


「私の空間魔法は、印をつけたところに移動したり、逆に印をつけた物を自分のところに呼び寄せたりできる」

「印をつけたとこに移動って……おい、まさか俺がフォルトレットさんに近づいて、おまえが奇襲かけるとかそんな作戦じゃ──」

「そのとおりだ」

「くぁぁ……」

「魔力を持たないおまえが奴に接近して『リフレクト』を突破し、そこに私が瞬間移動すれば魔法を当てられる」

「そ、そんな危ないことできるか!? ていうか、フォルトレットさんを倒したいなら自分らで勝手にやってろよ! 俺は無関係──」


 すると、ラヴィニアが肩を組んできて顔を覗き込んでくる。


「よく状況を考えろよ人間? 私たちは協力を“要請”しているんじゃない。 “命令”しているんだ。はなからおまえに拒否権はない」

「それって……俺じゃないと駄目なの? 魔力ゼロの奴なんて探せばどっかいるだろ!?」

「は? いるわけないだろ。それどころか、この世界に魔力を有さない物質など存在しない。石ころでも微弱に含有している。そんなことも知らないのか?」

「知らなかったぁ……」

「要するに、おまえの特異体質は途轍もなく貴重だ」

「……」

「もう一度言う。協力しろ」


 拒否は許さないと言わんばかりに、ラヴィニアが俺の肩に爪を喰い込ませてくる。


「……分かった。協力する。でも一つ条件がある」

 

 ラヴィニアの腕を振り払おうとした……が、力が強くて無理だった。俺はすぐ手を引っ込める。


「条件だと? 調子に乗るな。人間如きが私たちに──」

「関係ない。条件が飲めなきゃ俺は降りるだけだ。聞けよ。たった一つの条件で、憎きフォルトレットを討てるんだ。安いもんだろ」


 臆することなくラヴィニアを睨みつけた。


「牢屋の人たちを開放しろ。それと、人殺しもやめろ」

「二つじゃないか」

「二つだったな」

「……」


 ラヴィニアは舌打ちをし、俺の頭をテーブルに叩きつけた。同時に彼女は抜刀し、黒い刀身を横に突き立てる。


「言っておくが、別に殺したって構わないんだ。最悪おまえの肉片さえあれば事足りるんだからな。ただ、とりわけ殺す理由も無いから、こうして協力を命令しているんだ。これは私の慈悲だ」

「くっ……」

「しかしまぁ、指一本くらい落として立場の違いを分からせるのもありかもな? おい人間。おまえの利き手はどっちだ?」

「つけ上がりやがって……」

「ん、何か言ったか? 聞こえな──」

「『餓鬼大将ビッグジー』!」


 瞬間、バナナの皮が飛んできて彼女の足を滑らせた。


「何っ!?」


 バランスを崩したラヴィニアの頬に、渾身のストレートをぶちかます。


「俺は右利きだぁあああ!」

「んぐっ……!」


 彼女をぶっ飛ばし、その隙に扉へと走り出す。

 すかさずガートルードが出てくるが、それより早く魔法銃を抜き適当に連射する。


「かはっ!?」


 雷、炎、闇の弾丸が直撃し、彼女を怯ませる。

 しかし、俺が扉を開ける寸前、扉がひとりでに開き、あの悪魔が参戦してきた。


「牢にいないと思ったら、おまえこんなとこにぃ!!」


 ファルジュの動きはあまりに速く、あっという間に彼の太い腕で突っぱねられた。壁際にあった本棚に体をぶつけ、上から本や紙の束が落ちてくる。


「あ、ラヴィニア様が倒れてる!? てめぇがやったのか、この野郎ぉ!?」

「ちっ、一対三は卑怯だろ!」


 ガートルードもすぐ気を取り直し、バナナの皮に目を向ける。


「なんですか今のは!? なぜ魔力を持たないあなたが魔法を!? いや……そんなことどうだっていい! ラヴィニア様! お怪我は!?」


 ラヴィニアはぶたれた頬を摩りながら、バナナの皮を拾って立ち上がる。


「問題ない。しかし、今のは一体……? 魔法陣を使っていなかった。これではまるであの“怪物”みたいじゃないか」

「え?」


 なんて言った今?


「待て……魔法陣を使わなかったって?」

「おいっ、勝手に喋ってんじゃあ──」

「うるせぇぇぇ!! 今大事なこと聞いてんだ! 黙っとけデカブツ!」

「なっ!?」


 ファルジュを怒鳴って黙らせ、彼女に問う。


「ラヴィニア。その“怪物”って奴は魔法陣を使わずに、何か能力を発動したのか?」

「え、そうだが」

「……魔法陣を使わずに魔法を使うのって、練習すればできるものなのか?」

「何を言ってる? 不可能に決まってるだろ!」

「目の色は?」

「目?」

「そうだよ! そいつの目の色だよ! 何色だった?」

「……」


 ラヴィニアは俯き、胸を押さえた。トラウマでも思い返しているかのように、彼女の手は小刻みに震え始め、呼吸も荒くなる。


「……赤だった」

「……」

「真っ赤で……その目が光る度、みんな殺されて──」


 彼女は膝から崩れ落ち、虚ろになりゆく瞳から大粒の涙が溢れ出した。


「ラヴィニア様!」

「す、すまない……やはりあの時の光景を思い出すと──」

「大丈夫です。もう結構ですから!」


 ガートルードが彼女の震える肩を持ち、優しく背を摩った。そして、彼女はこちらをキッと睨んでくる。


「あなた、アレについて何か知っているのですね?」

「知ってる」

「……!? アレは何なんですかっ!? 私たち魔王軍はフォルトレットが召喚したあの“怪物”に全てを奪われました! 魔族の街ゴルゾラも、魔族の尊厳も何もかも!」


 以前、ムゥで出くわした三体の誰かなら“怪物”なんて仰々しい形容はしない。もっと分かりやすく“虫”とか“花”とか“蛇”って言うはずだ。おそらく別個体だろう。


決戦篏合体神将けっせんかんごうたいしんしょうエラーコード……だったかな?」

「はい?」

「他種族の遺伝子をごちゃまぜにして生み出された改造生物。魔力を有するがなぜか魔法陣を使わずに超強力な魔法を使用でき、能力使用時にどいつもこいつも赤い目が光る。俺が知る奴らと、おまえらの言う“怪物”。特徴が完全に一致してるな」


 未だ怯えているラヴィニアに近づき、屈みこんで手を差し伸べる。


「自己紹介がまだだった。俺は麦嶋勇むぎしまいさむ。ムギでいいぞ」

「……」

「そして、エラーコードは俺の敵だ。となると、フォルトレットも敵である可能性が非常に高い。それなら話は変わってくる。ラヴィニア、手を組もう。さっきは殴って悪かったな。この際、種族とか立場とかつまんねぇこと言うなよ? 同じエラーコードの被害者として、今から俺たちは仲間だ。俺のスキルとかロワイアルゲームについても教えるよ──」

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