【2】ロワイアルゲーム
「皆様は現在、皆様の知る世界とは別の世界、いわゆる異世界にいます」
仮面をつけた黒づくめの男(たぶん男)の話を聞き、俺は声を漏らす。
「異世界転移……」
「ここは皆様の地球と組成や環境こそ似通っていますが、その危険度は計り知れない。そこで皆様には、それぞれ固有の能力……『スキル』をプレゼント致しました」
「スキル……」
「能力の詳細は私も把握しておりません。皆様に合ったものを自動で生成し、譲渡しております。各自衣嚢にご用意いたしました『プレイヤーカード』をご確認ください」
わぁ、これ漫画とかラノベでよくある異世界ものじゃん! そういうの大好き!
なんてちょっとテンションが上がったのも束の間、自身がそのプレイヤーカードなるものを持っていないことを思い出す。
すると、何だか陰気な雰囲気の男子が口を開いた。声は少し上ずっている。
「異世界転移ってこと……?」
お? 彼もいける口か? 仲良くなれそうだな。よし、友達にしてやる。
「そういうことになります」
「じゃあ僕たちはこれから、魔王を倒しに行ったりするの?」
「魔王? いえその必要はありません。魔王はとうに死んでいます」
「え?」
「魔族らと戦いたいというなら別に止めはしませんが」
「……」
あれ? なんか思ってたのと違う。
「待ってよ。それなら僕らは何のために……」
「先ほど申しあげた通りです。皆様にはロワイアルゲームに参加してもらいます」
「ロワイアルゲーム?」
「皆様が殺すのは魔王ではありません。この私……『ヴェノムギア』です。私を殺すこと、それだけが皆様の勝利条件です」
は?
「対して、私の勝利条件は皆様を全滅に追いやること。こちらも本意気で取り組ませて頂きますのであしからず」
さきほど俺を笑った長髪のギャルが眉を顰める。
「何それ。意味わかんないんだけど」
「もう一度説明いたしましょうか?」
「いやそうじゃないし……」
神白が立ち上がり、ヴェノムギアと名乗った仮面男を睨みつける。
「ざけんな……なんで俺たちがそんなことしなきゃなんねぇんだ? さっさと元の世界に戻しやがれ!」
「戻しますよ? 私を殺すことが出来ればね」
「ちっ!」
瞬間、神白がそいつに飛びかかろうとするが、彼の手を李ちゃんが掴んで止めた。
「おい離せよっ、委員──」
「やめて神白君っ! いいから落ち着いてっ! お願いだからっ!!」
「は、はぁ……?」
らしくもない必死の形相で彼女は叫び、彼は気圧される。
「正しい判断ですよ。
「……うるさい。気安く私の名前を呼ばないで」
「まだゲームは始まっていませんからね。どのようなゲームであれ、プレイヤーは互いにルールを確認し、始まりの合図とともに開かれる。それがフェアであり最も重要なことなのです。フェアでなければそれはゲームたり得ない」
「勝手に巻き込んでおいてフェアも何も無いでしょ!?」
「……」
幾何学的な紋様が彫られているだけの仮面から、奴の表情は読み取れない。それでも奴は今、笑ったように見えた。
「これより、皆様をこの異世界のどこかへ瞬間移動させます。場所は無作為ですが徒党を組むことで同じ場所へ飛ぶことも可能です」
「徒党って?」
「……」
俺が聞き返すと、ヴェノムギアはこちらに顔を向け、一瞬硬直した。だが、すぐに言葉を返してきた。
「はい。要はグループです。各々を別の場所に飛ばすと、皆様の難易度は跳ね上がりますからね。ゲームバランスを考慮して、そういったルールを設けました」
「はあ……」
「というわけで、十分ほど時間を与えましょう。グループ分けはお任せしますよ」
ヴェノムギアは足元になんか変な円形の……魔法陣だ! 魔法陣から金ぴかの椅子を召喚し腰かける。
凄い。あれ魔法だよな? 手品じゃないよな? ここ、本当に異世界なんだ。
俺たちが呆気にとられる中、李ちゃんが呼びかけてくる。
「それじゃあみんな、同じ場所に飛ぶって事でいいよね!? みんなで力を合わせればきっと生き残れる……ヴェノムギアも絶対に倒せる!」
すると、おっさんみたいな見た目の男子が真っ当な意見を述べる。
「ちょ、ちょっと委員長? なんか受け入れるの早くない?」
「……」
「僕たち今凄いことに巻き込まれてるよね? 僕なんてまだ……というか多分みんなもまだ実感が──」
「だったら早く受け入れて」
「え……」
「見たでしょ今の。それに、ここへ転移されたのも体験したじゃん? あいつは明らかに超常的な力を持ってる」
「そ、そうかもだけど」
「これが仮にドッキリとかだったらそれはそれでいい。みんな生きて帰れるんだから。最悪なのは全部本当で、私たちが為す術もなく皆殺しにされることだよ。違う?」
やや強引ながらも李ちゃんの言葉にはどこか重みがあり、説得力があった。
すると、神白が前に出てくる。
「仮に本当だったとしても、みんな一緒ってのは反対だ。少なくとも転校生は信用できない。そいつと一緒になるくらいなら俺は一人でいい」
彼は背を向けて、手を挙げながら離れていく。
「俺と一緒に来たい奴。いる?」
しばしの沈黙の後、彼の取り巻きが動き、釣られるように数人の男女も動く。
「
未だ動き出す様子のない、さっきのギャルに彼は呼びかけた。
「えぇ~、私は別に麦嶋いてもいいけどなぁ~。ウケるし」
ニッと笑って彼女は白い歯を見せる。可愛い。
「冗談言ってないで来いって」
「は~い」
気の抜けた返事をしながら歩き出す彼女のあとを、俺はしれっと付いていく。彼女の歩いた場所はお花畑の香りがした。
「おい! おまえは来んなよ!」
「で、でも茉莉也がっ!?」
「おまえが“茉莉也”って呼んでんじゃねぇ!」
「えぇー!」
「アハハハ! やっぱ麦嶋超ウケる!」
やったね。ウケた。
そんな中、さっき“異世界転移”というワードをいち早く発していた男子が、俺たちとは全く別の方向へ歩き出す。
「悪いけど、僕もみんなと一緒はお断りだね」
「どうして!?
李ちゃんが聞くと、黒尾と呼ばれた彼は、俺ではなく神白たちの方を睨んだ。
「転校生は別に……ただ僕は、おまえらみたいなクズと一緒に居たくないだけだ」
「はあ?」
茉莉也ちゃんの整った顔が歪み、それよりもさらに神白が怒りを露わにする。
「なんつった。くそ尾?」
「くっ……その呼び方で僕を呼ぶなぁぁあ!」
「は……」
「おまえたちが僕にやってきたこと忘れてないからな! 謝ったってもう遅いぞ!」
なんだなんだ? めちゃくちゃ仲悪いぞこの二人。
そうして黒尾は自身のプレイヤーカードをちらつかせる。
「このスキル……まさに僕に相応しい能力だ。これが全部本当なら僕は誰にも負けない。必ず君たちに復讐してやるっ!」
李ちゃんが彼を宥める。
「復讐って、私たちで争ってどうするの!?」
「大丈夫だよ。委員長には何もしない。君はクズじゃないからね」
「そうじゃなくて、敵はあの仮面でしょ!?」
「うん。あの仮面と……神白たちだ」
「……黒尾君」
すると、眼鏡をかけたガリの男子が黒尾の傍へと駆け寄った。
「ぼ、ぼ、僕は! 僕は黒尾君と行く!」
そんな彼に続くように数人の男女がそそくさと黒尾につく。
黒尾含め計五人。神白のグループに比べると幾分か心許なく、弱々しい雰囲気のメンバーだったが、それでも彼らの目は等しく憎悪に燃えているようだった。
嫌われすぎだろ神白。これは相当酷いいじめとかしてたな。
何にせよ、神白グループにいたら俺も復讐されてしまうかもしれない。なんもしてないのに。
茉莉也ちゃんから離れるのは心苦しいが、それでも俺は離れて、李ちゃんに呼びかける。
「やっぱ俺、李ちゃんのグループ入ろっかなぁ」
「……」
「李ちゃん?」
目を合わせてくれない。
「ごめん……麦嶋君」
「な、なんで謝るの?」
涙ぐみながら彼女は神白たちに向き直る。
「麦嶋君がいなければ、神白君たちは私たちと来てくれるの?」
「え? まぁ……」
「なら来て。彼は……抜くから」
そんなぁ!?
「待ってよ李ちゃん!? 俺よりあいつを選ぶのぉ?」
「だって……このままだとクラスがバラバラになっちゃう。できるだけ固まって行動した方が──」
「俺が孤立しちゃうけどっ!?」
「そ、それは──」
仮面男が懐中時計を見ながら宣告する。
「残り一分です」
「ぬぁ!?」
物凄く申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、首を縦に振る様子の無い李ちゃんに絶望する。
もう一方のグループ、黒尾グループに詰め寄り一縷の望みをかけることにした。
「く、黒尾君さぁ、ラノベ好き? 俺も好きぃ。何好き? 俺はねラブコメが好きで~」
「麦嶋君、入れてほしいの? 僕のとこに」
「入れてほしいですっ!」
「なら君は神白たちを攻撃できる?」
「え、それって茉莉也ちゃんも?」
「当然」
「ははっ! 無理無理!」
「じゃあ駄目」
「えぇ!? ま、茉莉也ちゃん以外はいけるよ!? あ~でも女の子はちょっとなぁ……」
「あっそ。ちなみに僕の好きなラノベジャンルは復讐ざまぁ系さ。一番好きなジャンルだ」
「あ、そう……でも俺も気になってはいたよ? そのジャンル。あぁ~なんだか君とは凄く気が合いそうだぁ」
「ふん」
手を差し出すが、無視され距離を取られる。
『李&神白のグループ』、『黒尾グループ』、そして両者の間に佇む『麦嶋グループ』──というか俺は、高らかに手を挙げる。
「はいっ! 俺と一緒に来たい人ぉ!?」
その時だった。声を上げる者がいた。
「時間切れです。これより皆様を異界のどこかへ飛ばします」
終わったぁぁ! 最悪だぁぁ!
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