ロワイアルゲーム ~異世界なんて適当にチーレムやっとけ~

鳥兎らむじろう

プロローグ

【1】転校

 鈍色の空は重苦しく、夏休み明けの登校は例に漏れず蒸し暑い。転校先の中学が、あたかも俺を歓迎していないように思えた。転校、と言ってもあと半年しか通わない。既に中三だし、今日は二学期の始業式。九月である。九、十、十一、十二、一、二、三。ほら半年くらい。

 

「……職員用玄関から入れとか言ってたな」


 先日、学校職員を名乗る男が、ぶっきらぼうに電話で話していたのを思い出す。わざわざ担任だと言わなかった辺り、たぶん事務の人だ。

 校門を通り抜け、グラウンドやテニスコートを横目で見るが、人っ子一人いなかった。部活動の朝練は無いらしい。田舎の少数校というのもあって、部活に力を入れていないのかもしれない。廃れた校舎の外壁と、どこか不揃いな植木も相まって、廃校になっているのではと不安になる。

 ボーっと当てずっぽうに進むと、おそらく生徒らが普段使いしている昇降口に辿り着いた。言うまでもなく職員用玄関ではない。

 

「めんどくせ。もう教室行くか。で、当然のように一番前の席を陣取ろう。ちょっと面白いかもな。どんな反応すんだろ。俺に席取られた奴……くっ」


 どうせ短い付き合いだし、初日からめちゃくちゃしてやるのもいいかもしれない。

 なんて、ニヤニヤしながら悪巧みに思考を巡らす俺に、背後から声をかける者があった。


「君、もしかして転校生?」


 振り返ると女子がいた。半袖シャツの胸元に赤色のリボンがついていて、チェック柄のスカートを履いている。夏用の制服だ。少しも着崩していない。確か赤のリボンは三年生。今はつけていないが俺のネクタイも赤だった。てか、そんなことどうでもいい。この子可愛い。

 キラキラした大きな瞳、透き通るような白い肌、耳の下あたりで結んだツインテール、華奢でしなやかな身体と──


「んぐぅぅぅ……!」

「え!? ど、どうしたの!?」

 

 しまった! 普通に見惚れちゃった! いつもこうだ! 女の子なら何だっていいのか俺は?

 

 一度深呼吸をする。雑念を消し、彼女の眉間に視線を移した。

 眉間に性的興奮を覚えるという癖はない。安心安心。


「俺の名前は麦嶋むぎしまいさむ。今日からこの学校に通うことになったんだ。仲良くしてくれたら嬉しいな」

 

 できる限りイケメンのつもりで喋った。


「あ、うん。よろしく……」

「君の名前も聞きたいな」

「えっと……すもも知華子ちかこです。三年一組のクラス委員長やってます」


 彼女の制服にプラスチック製の名札がついている。『李知華子』。

 へぇ~『これ』で“スモモ”って読むんだ。何その可愛い名字。好き。


「好き。あ、間違えた。李ちゃんはクラス委員なんだ。じゃあ教室まで案内してもらっちゃおうかな~」

「え、でも最初は職員室とか行くんじゃ」

「そうだった。職員室ってどこ?」

「……」


 彼女は廊下の先を指さした。


「この先、向かって右にある階段を上ったらあります」

「へぇ~」

「……」

「……」


 あれ? 一緒に行ってくれない感じ? 何だよ、李ちゃんちょっとシャイなのかな。なぜか敬語だし。

 俺は学校指定の手提げ鞄を肩に担ぎ(このポーズが一番格好いい)、彼女に背を向ける。


「ありがとう。これも何かの縁だ。友達になろうや。李ちゃんとなら俺、きっといい関係を築けると思うんだ。そうだ。甘いものとか好き? 給食のスウィーツとかあげるよ。白玉ぜんざいとか冷凍みかんとか。でも、フルーツポンチは勘弁な。好物なんだ。じゃ、あばよっ! また教室で会おうぜ、李ちゃんっ!」


 振り向くと、生憎彼女はいなかった。

 どうやら俺の台詞を聞かずして、教室へと向かったらしい。


「せっかちさんだな」

 

 まぁいい。とにかく彼女の案内に従えば職員室には行けそうだ。それならそれで構わない。

 

 ──そうして靴を上履きに履き替えようとした瞬間、妙な感覚に襲われた。


「……」


 何だろう。緊張しているのだろうか。


「…………」

 

 あれ、なんだ? 視界がぼやける。朝飯しっかり食ったのに。


「………………」


 いや、変なのは俺じゃない。学校だ。

 糊付けの甘いジグソーパズルが崩れるかのように、壁や床がバラバラに崩壊し始めた。

 

「えぇ……?」


 わけも分からず、靴のまま校舎に上がる。とりあえず職員室へと向かって走り出すが、同時に辺りは白い光で満たされた。外は曇りのはずなのに、陽光を彷彿とさせるそれは、校舎もろとも俺を飲み込んでいく。


「わぁぁああ!?」


 そして──


「はぁはぁ……あえ!?」

 

 気づけば、ドーム球場のような場所にいた。でも、地面はただの砂だし屋根もついていない。円形闘技場とでも表現したほうが似つかわしいかもしれない。


「──は? なんだよこれっ!?」


 背後から男子の声が聞こえた。

 同じような制服を着た複数の男女がいる。ざっと二十人くらい。

 先ほど声を上げたらしい男子は背の高いハンサムで、周りと顔を見合わせ、隣にいたチャラそうな長髪の女子も半笑いになる。


「え、何? 夢?」


 女子は全員赤いリボンをつけていた。李ちゃんもいる。たぶん全員クラスメイトだ。男子もきっとそうだろう。

 すると、割と冷静な李ちゃんが胸ポケットからカードみたいなものを取り出し、それを睨みつけ隠すようにすぐしまう。


「委員長? 何それ?」


 やけに体の大きいおっさんみたいな男子が聞いた。


「あ、えっと分かんない。何かポケットに入ってて」

「ポケット?」


 彼も上衣のポケットに手を突っ込み、同じようなカードが出す。


「本当だ。生徒手帳……ではないか」


 遠目ではよく見えないが、何やら顔写真と名前が載っているようだった。写真の横には、大きなフォントの文言と、細かい長文が書かれている。


「わ、私もある!」

「俺もあったぞ」

「マジ? みんな持ってんじゃん!」


 俺もポケットの中を探ってみる……が、何も無い。スラックスの方も探すがハンカチ以外何も入っていなかった。

 え、なんで? なんで俺だけ無いの?

 

 一人あたふたしていると、さっきのハンサム君がカードをスラックスのポケットにしまい、俺を見た。

 彼はワイシャツの前を空けており、下に黒いシャツを着ている。改めて見ると、目鼻立ちのはっきりとした濃い顔で、白黒写真とかが似合いそうな昭和の俳優みたいな色男だ。


「ん? おまえ誰?」

「え?」

「何でうちの制服着てんだよ?」

「いやあのね……」


 急に話を振られて言葉に詰まり、無意味に出したハンカチをしまうのにも手こずっていると、李ちゃんが助け舟を出してくれる。


「転校生の麦嶋君。今日からクラスメイトだよ」

「あー、転校生が来るって噂本当だったんだ」


 彼はゆっくりとこちらに近づいて来る。俺はお尻のポッケに手を突っ込む。


「おい、ここどこだよ?」

「さぁ、知らないけど……」


 尻にも無い。鞄を開けてみる。


「知らねぇことねぇだろ?」

「ん……なんで?」


 鞄にも無い。この小さいポケットにも……無い。


「おまえが来た途端、こんなわけ分かんねぇ状況になってんだ。怪しむのは当然だろ?」

「え~そう〜?」


 全っ然無いんだけどぉぉ!? あと探してないのパンツの中くらいなんだけどぉ!?

 

「そう〜? じゃねぇだろ!? おいっ!」

「んごっ!」


 彼は急に怒鳴って胸ぐらを掴んできた。


「おまえがなんかしたんだろ!?」

「し、してないってぇ……!」


 なんだよもう。俺だけカードないし、こいつヤンキーだし。

 そういえば、こいつさっきズボンの右ポケットにカードしまってたな。盗んじゃおっかな……ダメかな? ダメか。そもそもあのカードが何なのかもよく分かんないしな。


 すると、李ちゃんが彼を制止してくれる。


「やめてよ、神白かみしろ君!」

「委員長は黙ってろ」


 神白と呼ばれた彼は、俺の胸ぐらを片手で掴み、もう片方の手で拳を作る。


「何とか言ってみたらどうだ? 転校生?」

「知らないってぇ……そもそもこの謎空間にみんなを連れてくるってどんな手品だよ? できるわけないだろ……」

「ちっ」


 頬を殴られた。尻もちまでついて、無様な事この上ない。


「麦嶋君っ!?」


 体を起こしながら、心配してくれる李ちゃんに手のひらを向け、助けは不要だと暗に伝える。


「……」


 横暴とも言える神白の行動に李ちゃん以外は誰も反応しない。かと言って、俺に疑いの眼差しを向けるわけでもない。どいつもこいつも我関せずといった感じで目を伏せている。

 神白という生徒が、このクラスのどういう立ち位置なのかがよく分かった。


「何か話す気になったかよ?」


 痛む頬を押さえつつ、溜息をついて立ち上がる。そして彼の後方を指さした。


「うわっ!? う、後ろっ! 後ろ後ろっ!」

「は?」


 神白が振り返ったその瞬間、彼の頬に思いっきりパンチをお見舞いする。腰もしっかり入った最高の右ストレートだった。

 

「おらぁぁあ! 死ねぇええ!」

「んがぁっ!?」


 さっきの俺みたいに、神白が無様にぶっ倒れる。これが勝者の景色か。愉悦なり。


「う……て、てめぇぇぇ……」

「ザコめ。俺はなぁ、やられたらやり返すぜ。どんだけ卑怯な手を使ってもなっ! 馬鹿がぁぁ!」


 中指を立ててやろうと思ったが、李ちゃんが見ているのを思い出し、慌てて両手を後ろに隠す。


「あっ」

「麦嶋君……」

「違うよ? ほらだってパンチされたからぁ! パンチされなかったら俺もパンチしないも~ん」

「死ねって……」

「そ、それは言葉の綾じゃん? ジョークジョーク! 本当に死んでほしいなんて思わないよ!」


 李ちゃんに嫌われたくなさすぎて、倒れた神白と無理やり肩を組もうとする。


「ほ、ほらねっ? 俺たちっ、仲良しだからさぁぁ!」

「触んなよっ!」

「あ、ご、ごめん……!」


 めちゃくちゃキレられた。拳を交わし合った仲なのに。

 気を取り直し、呆然とするクラスメイトらに弁明する。


「とにかくさ! 俺、何も知らないから! マジで!」

「…………」


 冷たい視線を一身に受けながらも、礼儀として挨拶することにした。


「えっと、俺の名前は麦嶋勇です。同じく都内の学校から引っ越してきました。親の仕事の都合とか諸々の理由で。よろしく。こんな状況で何言ってんだよって思うかもだけど、そういうことだから。じゃ、誰か友達になって」

「…………」

「無理か……まぁ別にいいけどね。どうせ半年の辛抱だし。ぼっち上等よ」


 沈黙する生徒らの中、神白の取り巻きっぽいチャラい女子が一人クスクス笑った。彼女のスカートは校則どころか法律すれすれなくらい短い。李ちゃんの十分の一くらいしかない。それは流石に言いすぎか。


「ふふふっ、自由かよ」

「へ……うへっ!」

「きも」

「ぐへへへ!」


 あの子、すげぇ美人。モデルとかやってそう。でも神白の彼女だったりするのかな。それなら最悪だ。俺と付き合えばいいのに。


 その時だった──


 耳をつんざくような落雷音が鳴り響き、一瞬で辺りの空気が張り詰めた。

 気づけば、見るからに怪しい黒ずくめの奴が立っていた。仮面もつけている。しかも、アメリカのバスケットボール選手みたいにデカい。


「……小春空中学校三年一組の皆様方。ようこそ我が世界へ」


 超極悪犯罪者の犯行声明の如く、背筋の凍る薄気味悪い声だった。


「皆様は『ロワイアルゲーム』のプレイヤーとして選ばれました。謹んでお祝い申し上げます──」

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