【3】モンブランワッショイ

「三つに分かれましたか。『李知華子さんおよび神白雄介さんのグループ』、『黒尾直人さんのグループ』、そして……」


 ヴェノムギアは俺を見て言葉に詰まる。


「ところで君、誰です?」

「はぁ?」

小春空こはるぞら中学三年一組は二十名のはずです。しかし、あなたを含めると二十一名いる。私はあなたを知りません」

「おい……本気で言ってんのか? 俺は今日転校してきた麦嶋勇だ。なんで把握してないんだ?」

「麦嶋勇……?」

「本当に知らないんかいっ!」


 胸ポケットをパンパン叩いて抗議する。


「プレイヤーカードとかいう厨二アイテムも俺だけ無ぇから変だと思ったんだ! なんで転校生が来る可能性を考慮してないんだよ!? これっておまえの落ち度だよな!?」

「……」

「つまり俺だけスキルも何も無いってことだろ!? あのなぁ!? どんな“俺だけ系のラノベ”でも、主人公は何かしら不遇スキルとか特殊な技能を持ってるもんなの! 本当に何の力も持ってなかったら面白くねぇだろ!?」

「言っていることがよく分かりませんね」

「分かれやぁ……!」


 顎をしゃくらせメンチを切る。


「しかしまぁ、それならそれでいいかもしれません」

「あぁん?」


 俺はまだまだメンチ切る。


「麦嶋勇さん。あなたはスキル無しでやりましょうか」

「あ、あぇ?」

「代わりに、あなたの移動先は作為的に選ばせて頂きます」

「あ……あ……?」

「所謂ハンディキャップですよ。上手くいけば・・・・・・あなたは今回のゲームにおいて、ジョーカー的立ち位置となるでしょう」

「……」


 顎を戻し、メンチ切りを中断する。


「……上手くいけばって何だよ? 上手くいかない可能性があるのかよ?」

「ええ。あなたが最初の脱落者となるかもしれません」

「脱落って何? 死ぬの?」

「はい」

「いやちょっと待て! ハンデいらない。スキルくれ! 雑魚いのでもいいから!」

「二十人分しか用意していないので無理です」


 クソ運営がっ!


「それではこれより皆様を瞬間移動させます──」

「あぁぁぁ! やだやだやだやだ!」

「移動の完了と共に『ロワイアルゲーム』を──」

「中止だ中止っ!!」

「開始させていただきます──」


 俺をガン無視してそいつは全員の足元に魔法陣を出した。


「どうかこの異界で生き残り、私を殺しに来てください。ご武運を」


 そう言い残し、仮面野郎は魔法を発動した。


「うあぁぁぁああ!! 李ちゃぁぁあん!!」


 慌てて彼女らの魔法陣へと入ろうとしたが、一瞬で辺りは光に満たされ何も見えなくなる。

 気づけば俺は……だだっ広い荒野に立っていた──

 

 何やら牛や羊、犬などの動物がそこら中にいて、穏やかな風が吹いている。

 加えて、地平線の先には、月なんかとは比べ物にならない大きさの青い星が浮かんでいた。


「あれって……地球?」


 いや違う。よく見たら大陸の形がまるでデタラメだ。


「そもそもあれが地球だとしたらここは月か? 月に牛がいるか。いるのは餅ついてる兎だ。いや兎もいないか。餅つけ……じゃなくて落ち着け」


 今一度周辺を見回すが、案の定、李ちゃん達はいない。本当に俺だけ仲間外れにされている。可哀想な俺。

 後方には、見たこともないくらい大きな城が聳えていた。ちょうど見た目はフランスかどっかにあった世界遺産……あれなんて言ったっけ? “モンブランワッショイ”だっけ? それに似ている。

 

「なんだよこれ……意味分かんねぇよ」


 思えばなんだこの急展開は。

 転校したと思ったら転移してらぁ。しかも謎のゲームに参加させられるし、スキル無いし、友達できないし──


「こんな異世界転移、何も面白くねぇ。何が『ロワイアルゲーム』だよ。私を殺せって、どういうことだよ!? 勝手に死ねよ!」


 とにもかくにも、何とかして元の世界に戻らなければ。


「……」


 何の気なしに後方の城に目をやると、高層の窓に人影が見えた、ような気がした。

 誰でもいい。現地の人とかだったら異世界の地形とか国とか教えてくれるかもしれない。


「行ってみるか」


 俺は足を踏み出した……が、それと同時に拭い用のない違和感が思考を埋め尽くし、一歩出た足がすぐ止まる。


「……」


 こんなに立派な城なのに、どうして門番とか兵士とかいないんだ?

 廃墟にしては建物が綺麗すぎるし、さっきの人影から考えても誰かが住んでいるのは間違いないだろうが──


「そうだ。あの仮面野郎、俺が最初の脱落者になるかもとか言ってたな。あー、すげぇ嫌な予感してきた」

 

 そもそも城の住人が好意的な保障なんてない。むしろ奴の口ぶりからして敵対してくる可能性の方が遥かに高い。


 すると、腹に響くような低音がして、城の入口であろう落とし格子が動き出す。

 慌てて、横臥し眠っているホルスタインの陰へと身を隠した。


「……!」


 城門に現れたのは、長い銀髪の美女だった。白を基調とした豪奢な修道服のような衣服を纏い、何より特徴的なのは背にある翼だ。人間ではない。


「天使……?」


 充満する獣臭を忘れてしまうほど彼女は圧倒的に美しく、同時にどこか恐ろしく、神々しかった。

 彼女に見惚れていると目が合いそうになって、俺はすぐさま頭を引っ込める。


「縺ゅ↑縺溯ェー」


 え?


「蜃コ縺ヲ縺阪↑縺輔>」


 何か言ってるけど分かんないな。知らない言語だ。


 もう一度、顔を出したみた。

 あ、やべ。完全に目合った。絶対バレた。

 観念し、両手を挙げて姿を現す。


「こ、こんにちは~? ハロー? えっと……ウォーアイニー」


 “ウォーアイニー”ってなんだっけ? “こんばんは”だっけ?

 美女は舌打ちをした。


「縺ェ繧薙〒莠コ髢薙′」

「え? あ、あぁ分かります~。動物っていいですよねぇ。癒されますよねぇ?」

「鮟吶j縺ェ縺輔>」

「俺も昔犬飼ってたんですよ。雑種のデカいやつで──」


 できるだけ刺激しないよう温和な雰囲気を演出したが、彼女の表情はみるみるうちに険しくなっていく。

 瞬間、彼女は仮面野郎がやったように魔法陣を手に出し、そこから銀色の長剣を召喚する。


「ちょ、ちょっと?」


 金色の目でこちらを睨みつけながら、彼女は歩いてくる。


「ま、待ってください! 何!? 恐い! タンマタンマ!」

「……」


 そして、彼女がほんの少し重心を下げたかと思えば、次の瞬間もう目の前まで距離を詰められていた。


 はっや。殺される。突然わけの分からない状況に巻き込まれて、結局わけの分からないまま死ぬのか。


 今にも長剣の切っ先が左胸を貫こうとした刹那、奥の城はただ悠然とこちらを見下ろしていた。俺の悲運を嘲笑っているかのようだった。


 そうだ……モンブランワッショイなんて名前じゃない。あの世界遺産の名称は“モンサンミッシェル”だ──


「……!?」


 だが俺は死ななかった。

 長剣は胸を貫くことなく、何か固い物に弾かれた。

 態勢の崩れた彼女は目を丸くして、後方へ跳び距離を取る。


「縺薙l縺ッ……」

「え?」

 

 痛くない。血も出ていない。シャツが少し切れただけだった。


「あぁもしかして」


 左の胸ポケットに手を突っ込み、ある物を取り出した。


「こんな薄っぺらいのに……傷一つない。やけに丈夫にできてんなこれ。にしてもラッキー」


 眉をひそめた彼女が、何か問いかけるように言葉を発する。


「菴輔h縺昴l」

「あー気になりますか?」

「……」


 俺はそれをひらひらと振りながら答えた。


「プレイヤーカード、って言うらしいっすよ? まぁ俺のじゃないですけど。さっきくすねたんですよ。神白っていういじめっ子から」

「……?」

「伝わらないか」


 神白のカードに目を向ける。

 『神白雄介』という名と、彼の顔写真……そしてスキルについての記載がある。スキル詳細のところは何だかスマホみたいな感じで下にスクロールできた。


「え……? なんだこのスキル? 強っ!」


 プレイヤーカードがあれば本人でなくてもスキルを使えたりしないだろうか……? そしたら、この急場も凌げるかもしれない。

 なんて思い、カードの裏面を見ると、ロワイアルゲームのルールがびっしりと記載されていた。そこもスクロールできる。


「お? お~? おおっ!?」


 使えるっ!? 本人よりも能力の質は落ちるっぽいけど、とりま使える!?


「ふふふ……フハハハハッ!」


 思わず高笑いして、訝し気な様子でこちらを見る彼女を指さした。


「おい! どうやら勝機はあるみたいだぜ!? 俺がただで死ぬと思ったか!? んなわけねぇだろぉ!?」


 調子に乗って神白のカードを晒すと、彼女は眼になんかまた魔法陣を錬成した。カードの内容を確認しているらしい。


「あ! 見るな見るな!」


 慌ててカードを隠すがもう遅く、彼女は血相を変えて長剣を消した。そして、上空に無数の魔法陣を次々と錬成したのだった。


「え? あ、ちょ……」


 数秒足らずで魔法陣は空を埋め尽くし、耳をつんざくような高音が響き渡った。魔法陣自体に紫色の電撃が漏れていて、明らかにとんでもないエネルギーを纏っているのが分かる。

 俺はただ呆然と立ち尽くし、ちょっと笑う。


「へへっ! えっとね、降参でっ!!」

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