第3話 デスゲーム蠱毒 (提供者:ラス子(化けアライグマ・メス))

 一攫千金のチャンスをやろう。俺たちアライグマの一族にそう持ち掛けてきたのは、でっぷりと肥った犬アライグマの中年男だった。いかにも成金そうな気配はプンプンしていた。そうでなくとも、犬アライグマのオス連中は、自前のマウンテンオイスターを妖術に使うような、下品で下賤な畜生なのだ。

 しかも腹立たしい事に、遠路はるばる新天地にやって来た俺たちの事を、それこそ畜生だと思って見下しやがる。


 だというのに、俺たちは犬アライグマ野郎の申し出に頷いてしまった。

 俺たちはもはや奔放に生きるケダモノではない。妖怪化し、金の大切さもある程度は知ってしまった。所謂エコノミックアニマルなのかもしれないが、まあそれは良い。

 もしかしたら、まとまった金が手に入れば、今の生活が好転するとも思ったのかもしれなかった。外来生物という事だけで、俺たちは迫害され続けている。だがそれも、金が手に入れば変わるのかもしれない。そんな淡い期待が、俺たちの心の中にはあった。


 しかしそれこそが、俺たちの、地獄の始まりだった。

 俺たちは廃墟が寄り集まった所に連行され、そこに閉じ込められた。


「金に目が眩んだ屑畜生共よ、金と自由が欲しければ殺し合え。生き残った一匹には、約束通り富を授けよう」


 ぶっとい檻と有刺鉄線の向こうから、犬アライグマはそう言って笑っていた。ふざけるな、と俺たちは思った。元より俺たちは仲間で、一緒に生きていく事を選んだ者同士だ。妻子だっている。そんな中で、金なんぞの事で殺し合いを行うと思うのか。

 そう思っている間に、犬アライグマは部下だか分身だかを使って俺たちの食料や飲み水を用意してくれはした。俺たちは用意された食料を喰らい、飲み水を啜った。やつらが言う所の畜生みたいな所業かもしれない。だが、食える時に喰うというのは、どんな生き物でも護るべき鉄則のような物ではないか。

 ある程度食べて腹がくちくなったところで、リーダー格のアライグマが俺たちに言った。食料はある程度残しておいた方が良いと。彼は賢かったから、食料がやや少なかった事に既に気付いていたのだ。

 殺し合いなどという犬アライグマの戯言は気にせずに、脱出する方法を考えよう。彼の言葉に、四方から野太い声が上がった。熱い血が全身を駆け巡り、何でもできるような気分になっていた。

 だがその時――あの犬アライグマ野郎が、冷たい目で俺たちを観察している事に、ついぞ気付かなかった。


 それでも、結局、おれたちは殺し合う事になった。

 あの犬アライグマが用意した食事と水には、薬が盛られていた。弱いやつは薬にあてられて衰弱したし、弱くない奴は殺しの衝動に呑まれておかしくなった。


 あちこちで仲間が死んだ。喰われた。殺された。奪った。殺した。喰った。

 俺はそれでも……どうにか持ちこたえていたと思う。だけど駄目だった。最愛の妻がいなくなっていた事、いなくなっていたんじゃあなくて毛皮だけになっていた事に気付いて、気付いて気付いて気付いて……こわれた。


 いきのこったのは、おれだった。犬アライグマはたった一匹になったおれをみて、そとにかいほうしてくれた。

 じつは犬アライグマだけじゃあなくて、シッポがなんぼんもはえたデブネコもそばにいたけれど、それがなんでなのかおれにはわからない。


「こいつがイキノコリの一匹ですか」

「そうですともセンセイ。さて、さいごのシアゲといきましょうか」


 こいつらはおれのめをみずにナニゴトかはなしあっている。おれは、犬アライグマからナニカをもらうヨテイだった。それがナニなのか。いまではもうワカラナイ。

 きがつくと、おれは犬アライグマどもにとりおさえられて、くびからしたまでジメンにうめられていた。

 そんなおれのハナサキに、たべものがおかれる。アライグマの血でアライグマのニクやフンニョウをにこんだ、フシギなスープだった。


「ははは、しょせんはオツムのたりないゴミパンダだったなぁ。イッカクセンキンのはなしをもちこんだだけで、コロっとだまされるんだから。まぁそれはいいだろう。いきのこったあんたをつかって、コドクをツクレバいいんだから」

「イヌガミやビョウキのように、クビをおとせばそれでおわりますよ」


 ジメンにうめられたおれは、クビをまえにむけていた。やつらのコトバなんてどうでもいい。ただただ、スープとニクがたべたかった。

 ななめうしろでギンイロのナニカがひるがえり――それから、ナニモミエナクナッタ


〈話題提供者のひとこと〉

 やっぱり怖いのは、幽霊でも妄想でも無くて、生き汚いド畜生共の悪だくみって事なんだよ。え? 実際にアタシが体験した事かどうかって? キメラ君、ガキだからってふざけた事を言うのは大概にしなよ。

 あんな殺し合い・喰い合いの状況に放り込まれたとして、マトモに野良妖怪生活は送れないだろうさ。だからあれは、アタシが仲間から聞いた話に過ぎないんだよ。

 まぁでも、実際に蠱毒をやった犬アライグマと唆した糞猫野郎は、蠱毒と化したアライグマに内臓を食い散らかされてくたばったみたいだけどね。これが本当のざまぁ展開ってやつさ。はは、はははは……

 ああだけど、お坊ちゃまのキメラ君や、ユッキー☆君には是非とも知っていて欲しいんだ。あんたたちがぬくぬくと暮らしている中で、畜生だとか外道だと見下されながらも、それでも生き汚くもがくやつらがいるって事をね。


※※

〈総括〉

 話の進み方自体は淡々としていましたが、しかしだからこそ恐怖をあおるお話でした。僕も上手くは話せませんが……生きていく事の業とか、そう言うものを感じました。

 そうでなくとも、ラス子さんたちは外来生物という事で迫害され、大変な生活を送っています。僕たち妖怪の社会でも、種族間ヘイトや差別・虐殺などは起きている事もまた、忘れてはならない事柄ですよね。

 それもまた、畜生としての生き様だと言われればそれまでかもしれませんが……


追記:犬アライグマとは、狸の事だそうです。英語圏では、狸を「racoon dog」と呼ぶからなのでしょうね。

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