第4話 キメラメダカ (提供者:トリニキ(人間・性別非公開))

 昔々、というほどではない平成のある時。無機質な蛍光灯で照らされた研究室の中で、K氏はシャーレの中を覗き込んでいた。

 シャーレの中に入っているのは、メダカの卵。研究室ではメダカを使った実験が幾度となく行われていた。そして、メダカが実験動物に使われる事は、さして珍しい事ではない。


 クフフ、と妙な笑いを漏らしながら、K氏はメダカの卵へと処置を施していく。卵を割らないように注意深く針を突き刺し、内部へと遺伝子を注入していくのだ。これもまた、メダカへの遺伝子組み換えとしてはオーソドックスな手法であった。


 但し、普通の遺伝子組み換えの手法とは異なる点もままあった。

 通常であれば、メダカの受精卵に抽出した遺伝子を注入するのだが、K氏が遺伝子を注入したメダカの卵は、所謂未受精卵だった。未受精卵を得るために、わざわざメス親をオスから隔離した上に、何処かに産み付ける前にメス親から卵を採取するという徹底ぶりである。

 そして――彼が注入したのは、彼の精子だった。

 要するに、K氏は密かに、メダカの未受精卵におのれの遺伝子を受精させようとしたのだ。

 様々な動物実験がこの世にはあると言うが、それでもなお、K氏の行った実験は、正気の沙汰では出来ぬ物と言えるのではないだろうか。


 果たして、この狂気的実験により受精したメダカの卵はどうなったのであろうか。

 驚くべき事に、メダカの卵は順調に発生し、二週間足らずで孵化してしまった。人とメダカの遺伝子を混在させたその生物は、初めのうちはごく普通の、メダカの稚魚と大差なかった。K氏は内心狂喜乱舞し、しかしその事を面に出さぬように気を遣いながら、たちの面倒を見続けた。


 K氏の子供たち(もちろんそれはK氏以外は知らぬ事であるが、生物学的には彼が父親である事には変わりはない)はすくすくと育っていった。育つにつれて、普通のメダカとは異なっている事が明らかになったのである。

 つまるところ、メダカでありながら人間のような特徴を具えるようになったのだ。体表の色はヒメダカが親とは思えぬほどに濃い肌色に染まり、胸ビレや腹ビレには、うっすらと手足の名残が露わになった。それどころか、メダカの小さい頭は、何となく人の顔に似始めもしたのだ。


 K氏はそんなメダカたちを可愛がっていた。冒涜的な誕生と言えども、わが子だから自然な事なのかもしれない。

 しかし、そんな日々も長くは続かなかった。K氏が学会の出張で研究室を空けている間に、後輩たる男子学生がそのメダカを棄ててしまったからだ。

 K氏にとっては可愛いわが子たちだったのかもしれない。だが、事情の知らぬ部外者にしてみれば、それらは人間めいた不気味な存在でしかなかったのだ。だからこそ、件の後輩も、事もあろうにメダカたちをトイレに流したのだという。


 K氏のわが子たちがどうなったのかは定かではない。しかし、近くの川や池では、ちいさな人面魚や半魚人、果ては人魚のミニチュアのような物を目撃するようになったと噂が挙がっている。


〈話題提供者のひとこと〉

 ちょっとちょっと。都市伝説風の良い話だって個人的には思ってるのに、何でワイの話だけ嘘松だのなんだのって言われちゃうのよ。てかさ、キメラ君たちだって、創作怪談でも良いって話だったやん。他の妖の話だって、本歌取りとかフィクションだって言ってるのに……

 え、もしかして、日頃の行いだって? ああ……そう言われるとそうかも。


※※

〈総括〉

 人間とメダカの遺伝子を掛け合わせた新生物誕生というお話でしたね。リアリティや信憑性はともかく、研究室の仄暗い雰囲気と、新生物のほのかな不気味さが絶妙にマッチしていたと思いました。

 そう言えば人面犬も、研究室から逃げ出して広まったという都市伝説があります。なのでもしかしたら、キメラメダカたちのお話も、そうした都市伝説と肩を並べる事が出来るかもしれませんよ。

 それはそうと、メダカを飼いたいなと何となく思いました。いや、別に、やましい事なんて無いですよ?

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