第九十五話 猫の国へ
通常、首都から馬車で国境まで一日で到着する。しかし、特訓に時間を割いたペスカ達は、二日かけて国境沿いに到着した。
通行許可書を提示し、簡単に関門を抜ける。
「首都で何人か見かけたから知ってるけどさ、おっさんの猫耳は不気味だな。語尾がニャンじゃ無くて良かったぞ」
「お兄ちゃん、可愛い猫耳少女は、街に着くまで我慢だね」
「冬也。キャットピープル達は、商売で生計を立てているそうだ」
「冬也さん、可愛い猫耳少女ばかり見るのは、駄目だと思います」
「なんだよみんな、興味有るだろ? 猫耳少女」
「特に無いよ。いつからお兄ちゃんは、二次オタになったの?」
「僕は特に興味ないよ、冬也」
「がっかりです、冬也さん!」
ここぞとばかりに冬也は弄られる。そして馬車内に笑いが起きた。しかし、呑気な旅は長く続かない。行き交う馬車からは、ミノータルでは無かった視線を感じる。街道沿いで休憩しているキャットピープルからは、異物を見る様な目線を向けられ、冬也達の馬車が近づくと、慌てる様に逃げてしまう。
「なぁ、随分警戒されてねぇか?」
「縄張りに入って来た、侵入者に対する猫の本能だね」
「呑気に解説してんな、翔一! 商売人の国なんだろ? 警戒心丸出しじゃあ駄目だろ!」
「多分違うよ、お兄ちゃん。私達が亜人じゃなくて、人間だからじゃない?」
更に馬車を走らせると、武器を携えたキャットピープルの集団が、街道を塞ぐ様子が見える。流石に冬也は、馬車を停止させた。
「なぁ、あれって?」
「この国の兵士じゃない?」
冬也とペスカが話をしていると、集団が大声を上げながら近づいて来る。
「貴様らだな不審者は! 大人しくしろ!」
集団は武器を構えて、馬車を取り囲む様に展開した。翔一は身構え、空は結界の展開準備を素早く行う。しかし、それを制したのは冬也であった。
そして、冬也は静かに口を開く。
「俺達、何もしてねぇぞ。通行許可証も持ってる!」
「言い訳するな! 通報が有った。不審者は即逮捕だ!」
冬也の説明を聞こうともせずに、集団は問答無用とばかりに襲いかかって来た。そうなれば、流石に冬也も黙ってはいられない。しかし、それをペスカが一喝する。
「お兄ちゃん。攻撃しちゃ駄目! 翔一君!」
「眠れ、眠れ、永久に。夢の彼方に落ちて行け」
反撃しようとする冬也を、ペスカが止める。すぐさま翔一が、集団に催眠の魔法をかける。翔一の魔法を受けた集団は、崩れ落ち眠り始めた。
「それでペスカちゃん、この人達どうするんだい?」
「翔一君、魔法で拘束してから、睡眠を解いて。この人達には、話しを聞かないとね」
翔一はペスカの指示通りに、魔法で集団を拘束をする。睡眠を解いた途端に、拘束を解こうと集団が暴れ始めた。
「貴様ら何をする! これを解け! 反逆罪だ! いや、この場で死刑にしてやる!」
ペスカは、集団の様子に違和感を感じた。キャットピープルとは、ミノータルの首都でもすれ違ったのだ。他の亜人達からも、異物を見る様な視線は感じていた。しかし、ここまで敵愾心を露わにされる事はなかった。
ペスカは集団の様子を一瞥した後、冬也と翔一に視線を送る。
「お兄ちゃん、翔一君、この人達に何か感じない?」
ペスカの意図を読み取った冬也は、神気を目に集め集団を眺める。そして翔一は能力感知を展開させて、集団のマナをつぶさに調べた。
「ペスカ! こいつ等全員、マナに何か混じってやがる。何かされたんじゃねぇか?」
「あぁ、冬也の言う通りだ! 彼らの中に違和感が有る!」
「混沌の神って、どいつも狡い手で来るね! 空ちゃん、新必殺技だよ!」
ペスカの指示で、空は異能力のオートキャンセルを自身の周りで無く、集団に向かって展開させる。次々とパキリと音がし集団は昏倒して行った。そしてペスカは、直ぐに兵士の一人を叩いて、目覚めさせる。
キャットピープルの兵士は、目を覚ましても拘束されたままである。体の自由が利かない状況に慌て、周囲を見回し喚きたてた。
「何故だ。何故、拘束されている? 貴様らは何者だ? 我々をどうするつもりだ?」
落ち着ける様に姿勢を低くし、ペスカは話しかける。
「あのさ、あんた達は何をしに来たの?」
「我々は、不審者の通報を受けて、逮捕しに来た」
「不審者って?」
「人間だ! 人間は捕らえなければならん」
「それは、国の法律?」
「そんな法律は、この国に無い! 我が国は誰でも受け入れる、開かれた国だ!」
「じゃあ、誰の命令?」
「誰の命令とは何だ? ん、誰に命令された? 何故、人間を捕まえなければならんのだ?」
段々と目を泳がせ始めるキャットピープルを見て、ペスカ達は顔を見合わせた。一先ずペスカは通行許可証を提示し、不審者で無い事を説明する。合わせて、不当な暴力を受けそうになった為、仕方なく拘束した事を付け加えた。
キャットピープルは理解した様で、神妙な顔つきでペスカ達に謝罪をした。
「申し訳なかった。何故この様な事になったのだろう? 領主には報告しておく。安心して滞在して欲しい」
キャットピープル達の拘束を解くと、集団は一様にペスカ達に頭を下げて帰って行った。
「随分と先行き不安な展開だな!」
「そうだね、お兄ちゃん。この状況だと、不用意に町へ近づくのは危険かもね」
「ペスカ、そう言っても、どうするんだよ?」
「翔一君、ちょっと地図出して」
地図を見てペスカは唸る。暫く考える様に、地図を見つめると徐に口を開いた。
「ちょっと町に入らず、迂回しながら西へ向かおう」
「それは住人達も、彼らと同じ可能性が有るって事かい? さっきの様に解除はしないのかい?」
「翔一君。そんな事したら、汚染をした神に居場所を教えてる様なもんだよ」
「なるべく、住民達との交流は避けるって事だね」
「そう言う事。街道を進むのも避けよう。理解したら皆馬車に乗って。出発するよ」
ペスカ達は馬車に乗り込み出発する。目指すは西に有る魚人の国。不安を抱えてキャットピープルの国を進む四人に、更なる困難が訪れ様としていた。
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