第九十四話 冬也流の特訓
ペスカ一行はミノータルの首都を出発した。しかし空と翔一の表情は、強張っていた。
東京での戦闘は、命を落としてもおかしくはなかった。今、生きている事が不思議な位なのだ。
その東京で大惨事を起こした嫉妬の女神メイロードが、自分達を狙っている。そう聞かされれば、身震いするのも無理は無かろう。
ラフィスフィア大陸で戦争が活発化している。そんな事は、空と翔一に関わり合いが無い。ましてや、戦争などと言われても、非現実的としか思えない。それよりも、自分の身を案じる。それは当然の事であろう。
「気にしてもしょうがねぇよ。やって来たらぶっ飛ばせば良いんだし」
「冬也、お前くらいだよ。神様に命を狙われて、平然としてられるのは」
「そうです、冬也さん。呑気すぎます」
翔一と空に立て続けに言われ、冬也はムッとして言い返した。
「そんなに不安なら、特訓だ!」
「やだよ。みんなは、お兄ちゃんとは違うんだよ! 特訓して気が晴れるほど、単純じゃ無いんだよ!」
「うっせぇ、ペスカ! 怖いなら、強くなるしかねぇだろ! ビビッたまま死ぬよりましじゃねぇか! お前には、特に念入りに稽古つけてやる」
「言ったなお兄ちゃん。いつから私に勝てると思ったの?」
首都近郊の農園を過ぎた平野部に馬車を止めると、冬也はペスカ達三人を降ろす。冬也は集中し神気を体内で循環させると、一気に解き放った。冬也から解き放たれた神気は、周囲百メートルをドーム状に包む。
「空間結界を張った。この中でマナを使おうと、誰かに感知される事は無い」
「お兄ちゃん! 何時そんな芸当が出来る様になったの?」
「さっきの女神を見てて、何と無くだ!」
「何と無くって、高等技術だよ。どんどんお兄ちゃんが、神がかってく!」
驚くペスカを尻目に、冬也は先ず空に視線を向ける。
「空ちゃんは、空間結界を強化出来る様になるんだ 見て覚えろ!」
「無理ですよ!」
「無理じゃ無い!」
空の叫びを聞き流し、次は翔一に視線を向ける。
「翔一は、俺とバトルだ! かかって来い!」
「ちょっと待って冬也!」
冬也は翔一の言葉を無視して、距離を詰める。そして、鳩尾に掌底を叩き込む。とっさにマナで体を強化したものの、その衝撃は鳩尾から背中へと抜けて全身を揺らす。
翔一は膝を折り、口からは胃液が飛び出す。
「そんなんじゃ、直ぐにやられちまうぞ翔一!」
「ごほっ、本気を出さなくても」
「こんなの本気じゃねぇよ。さあ、立て! 翔一!」
立ち上がって挑まないと、これは終わらない。そう思ったのだろう、翔一は痛みに耐えて立ち上がり、全身にマナを巡らせる。
「そうじゃねぇ、翔一。マナだけじゃねぇ。加護も利用しろ」
「加護?」
「土地神の加護は上手く使えてたろ? それなら、ラアルフィーネって女神から貰った加護も使いこなせ!」
「そうは言われても、直ぐには……」
「なら、慣れろ!」
実戦で覚えさせようと考えるのは、血筋なのだろうか。翔一は立ち上がりはしたものの、全身に軋む様な痛みが走り、上手く体を動かせる状態ではない。
それは、冬也も見てわかっていた。しかし、容赦はしない。ロメリアと戦い、神の恐ろしさを痛い程わかっているからだ。
遼太郎の特訓は、あくまで初歩的なものだった。せめて戦いの中で自分の身を守れる様にするだけの特訓だ。神と直接対峙する為ではない。それも、ロメリアが弱っている事を想定していた。
しかし、今回の場合は違う。
いつ自分達がメイロードに襲われるかわからない。高尾では、他にも神がいた。その神がメイロードの代わりに襲って来る可能性だって有る。
自分が如何に上手く立ち回ろうとも、必ず翔一を守れるとは限らない。だからこそ、徹底的に加護を上手く使える様に慣れさせ様とした。
それから冬也は、翔一を数分でぼろ雑巾の様にすると、ペスカに視線を送る。
「次は、ペスカだな。行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待って、キャー!」
冬也はペスカとの距離を一瞬で詰めると、ペスカに掌底を放つ。ペスカはギリギリで避けて、距離を取りながら魔法を放った。その魔法は、全て冬也にかき消される。
再び冬也は距離を詰めて、上段蹴りを放つ。そしてペスカは飛翔し、蹴りを避けて魔法を放った。
冬也が攻めて、ペスカが躱しながら魔法を放つ。そんな攻防が数十分過ぎた所で、ペスカが苛立ち始めた。
「くっそ~。お兄ちゃんの癖に調子に乗って。空ちゃん、オートキャンセルで結界の強化をよろしく。翔一君は結界内に早く入って!」
ペスカが大声で叫ぶと、空は素早く冬也の作り出した結界の中に、自分の周囲に防御結界を張る。そして、ボロボロになった翔一は、空の結界に転がりながら入った。
ペスカは空達を見やると、冬也の作った空間結界を覆い隠すほどの、大量の炎球を作りだした。
「調子に乗ったお兄ちゃんに、愛のムチだ~!」
炎球は、一斉に冬也を襲う。しかし冬也は微動だにせず、神剣を作り出して炎球に向けて振るう。大量の炎球は、神剣の一振りで一瞬にして消えうせる。
次の瞬間には、元の場所にペスカはいない。冬也の背後から、大きなハンマーを振りかざしてペスカが迫る。
冬也はハンマーを神剣で受け止めるが、威力に圧される。ハンマーを受け止めるのを諦めて、受け流そうとする。しかし完全に受け流しきれず、ハンマーは冬也の肩口を僅かに掠める。
ハンマーの衝撃で少し眩んだ冬也を狙い、ペスカはハンマーを横薙ぎに振るう。ハンマーが、冬也を捉える。しかし同時に、冬也の蹴りがペスカの鳩尾に入る。二人は共に吹き飛ばされて、暫く立ち上がらなかった。
倒れながらも、体内に流れるマナで治癒を行っているのだろう。暫くして立ち上がった両者は、何事も無かった様な表情を浮かべていた。
「うぁ~、もう! 痛いよ、お兄ちゃん!」
「ペスカは合格! 次は空ちゃん行くか?」
「嫌、嫌です。絶対嫌!」
空は涙を浮かべて顔を横に振り、怯える様に後ずさりした。ペスカは庇う様に、空の前に立つ。
「パパリンみたいなスパルタ特訓は、お兄ちゃんだから耐えられるんだよ! 普通の人と一緒だなんて、思っちゃ駄目! 空ちゃんと翔一君の特訓は私がやるよ!」
「そうして貰えると、僕も助かるな。冬也は遼太郎さんより、容赦がない」
翔一が呟くと、空は大きく何度も頷いた。
特訓が必要なのは、翔一と空も充分に理解している。今のままでは力不足で、足手纏いにしかならない。
怖いなら、それを乗り越えられる位に鍛えればいい。そんな冬也の理屈も理解は出来る。しかし、現実はそれほど簡単にはいかない。
その理屈は幼い頃から過酷な訓練を行ってきた、冬也だから言える台詞だと思える。
しかしペスカの特訓が温い筈もない。結局この日は、日暮れまで特訓に費やされた。空と翔一は疲労で一歩も動けず、その場で野営を行った。
そして空と翔一は、まだ気がついていない。冬也とペスカ、この二人と自分達の違いに。必要なのは、腕力や戦いの技術、ましてや魔法の威力、そんな見掛け倒しの力ではない事に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます