第九十三話 帝国の混乱

「シグルド殿。敵軍が引いていきます」

「今回も、小競り合い程度で終わったか。良かったといえば、そうなのだろうが」

「何かお考えでも?」

「あぁ。君達には悪いが、彼等からしてみれば領土を取り戻すまたとない機会だろう?」

「仰る通りです」

「それが、国境周辺の町が村を占拠したと思えば、直ぐに撤退する。その繰り返しだ」

「本格的な戦闘には至っておりませんね」

「それに夜襲もですね」

「散発的な攻撃を繰り返すのにも意図が有るはず。それが少し怖いと思ってね」

「その内、大規模な侵攻が始まると?」

「そう考えても良いと思う」

「本国のトール閣下にも報告を上げておきます」

「そうしてくれ。私はもう少しやる事が有る」

「はっ。それでは失礼を致します」

「あぁ。君も休める時に休むといい」

「有難いお言葉、感謝致します」


 そう言うと、伝令の兵士はシグルドがいるテントから去って行く。そしてテント内で独りになったシグルドは、少し頭を抱える様にしてテーブルに突っ伏した。


 現在侵攻中の三国との国境を境にする領土は、元々は軍国主義時代の帝国が三国から奪い取った土地である。帝国の辺境領は、先祖代々から受け継ぐ帝国の領土ではない。


 如何に協定を結んでいようと、辺境領から軍がいなくなり、また帝国で内紛が起きたと知れば、領土を取り戻す絶好の機会だと考えるのが普通だろう。

 しかし、三国は各々に国境周辺での軽い小競り合いを繰り返すだけで終わっている。


 無論、本格的な戦争が起こるよりは、その方が良いのは明らかだ。しかし、帝国の現状をその目で見て来たシグルドは、これが単なる予兆にしか過ぎないと考えていた。


 帝国の内紛には、悪神ロメリアが関わっていた。そのロメリアは姿を消した。しかし、それに変わる何某かの神が、戦争を引き起こそうと考えていてもおかしくはない。


 しかし、内紛の時と明らかに違うのは、兵士の目だ。帝国兵の様に操られた様な表情はしていない。はっきりと意思を持っている。だからこそ、無為な突撃はして来ない。

 必ず、何かの狙いが有るはずだ。『領土を奪還する』以外の目的が……。


 もし、今回の侵攻に神の思惑が介在しているとしても、打ち破る方法はペスカ様が残してくれた。例え、その結果として神と再び戦う事になろうとも、次は絶対に負けない。


 出来れば前線での指揮を辺境領主の誰かに任せ、自分と近衛数名で密かに乗り込み、三国内の内情を探りたい。


 もし神の介入が真実ならば、それを阻止する。そして、本格的な戦闘が始まる前に、話し合いの場を儲けたい。それが最善だ。


 ただ、今は次期皇帝の選別をしている只中だ。それに、国内の治安も乱れ始めていると聞く。早期に国内の混乱を収め、和平の協議に入らなければ、帝国は更なる痛手を被る事にもなりかねない。


「時間が欲しい。トール殿、そちらは頼みます。何とか和平の交渉を……」


 一方で、報告を受けたトールも頭を抱えていた。


「そうか。シグルド殿は、この侵攻の裏に何かが隠されていると?」

「閣下も同じお考えでしょうか?」

「そうだな。俺もシグルド殿も、神の戯れをこの目で見て来た」

「では?」

「十中八九、ロメリア神とは違う神の意志が介在している」

「そうなると、厄介ですね」

「シグルド殿は、ご自分が三国を秘密裏に調査すると言っている」

「それを許可なさるので?」

「そんな危険な事をシグルド殿に頼めるか! その役目は俺が変わる!」

「ですが、閣下には帝都の守備が……」

「この際、新たな皇帝陛下の誕生を待つまでも無く、臨時議会で俺を総大将に任命してくれれば良いんだ!」

「そうすれば、シグルド殿は自由に動けますね」

「違う! シグルド殿は帝都に戻って貰うんだ! エルラフィア王国からは、援軍はあくまでも防衛の為と言われている」

「シグルド殿を前線に置いたままでは、王国からの反感を買うという事でしょうか?」

「そんなつまらない事を気にしている訳ではない! シグルド殿は善意で協力してくれている」

「その善意を都合よく利用したくないと?」

「当たり前だ! この戦は我ら帝国の手で収めねばならない。過去の遺恨も何もかも含めてだ」

「それで、閣下が和平交渉に赴かれると?」

「そうしたいが。臨時議会では、何一つ答えを出せない状態だ!」


 帝国内で発生している問題は、山積みだ。


 皇帝の不在と、それまで国を支えて来た重鎮達の死亡。それにより臨時で発足した議会は、次期皇帝を重職の任を託せる者を検討している。

 これがすんなりとは決まらない。重職ならば議員でもある各領主の中から選べば良い。しかし、皇帝となればそれは別だ。

 それは領主の立場からすれば、余りにも荷が勝ち過ぎている。故に、誰も自らが率先して皇帝になろうとはしない。


 それだけではない。領主や領地経営に類する者が、領地を不在の状態が続いているのだ。各領地では、住民達から不安の声が上がっている。

 住民達も洗脳されて、普通の生活を放棄していたのだ。それが、唐突に洗脳が解けた。これで何の不安も無く、元の生活に戻れる訳がない。


 更に追い打ちをかけたのは、そんな混乱に乗じて一部の住民が暴徒と化した事だ。臨時議会は、帝都に集まった反乱軍は自領に戻る様に命令を下した。

 帝都近くならば、直ぐに戻れるだろう。しかし、帝都から離れた辺境領ではそうはいかない。


 悪い事に、現在侵攻中の三国と国境を隣接する辺境領では、村や町が襲われている。それ故に、少なからず難民が発生している。これは、今後増え続けるだろうと予測される。


 議員の誰もが要職を他人に任せ、早く自領に戻りたいと考えているのだろうか。それとも何から手を付けて良いか、誰一人として正確な判断を下せないのだろうか。

 いずれにしても議員達は、国の事ではなく自領の事を優先しているのだろう。故に、議会は荒れに荒れていた。

 

 そして、ただ時間だけが無為に過ぎ去っていく。それが、後々に自らの首を絞める事になるとも気が付かずに。


 ☆ ☆ ☆


「これだけ探しても、冬也君が見つからないのよね」

「フィアーナ。自分の子に執心なのはわかりますが、ロメリアの捜索にも力を入れて下さい」

「やあね、セリュシオネ。ちゃんと探してもらってるわよ。でも上がって来る報告は、アルキエルが暴れているって事だけなの」

「メイロードとグレイラスの居場所は、まだ不明だと?」

「ええ。ロメリアは、メイロードの元にいるでしょ?」

「恐らくそうでしょうね」

「事を大きくする前に、何とか捕まえたいんだけど……」

「何か含みの有る感じですが、懸念でも?」

「報告がね。ちょっと……」

「何です?」

「あやふやな報告ばかりなのよ。それに、彼等の捜索に積極的じゃない神も増えて来てる気がして」

「貴女の命を聞かない神が増えるのは、困りますね。威厳が足りないのでは?」

「相変わらず、ずばっと言うのね」

「それが私の性格ですから」


 神の国でも異変は起き始めていた。当初は躍起になって混沌勢を探していた神々の中から、明らかに任務を放棄していると思われる神が発生した。それは少しずつ数を増やしている。

 そんな神に、再度ロメリアを探す様に言い渡すと、不満を顔に出す様になっている。勿論、彼等からの報告は虚偽とも取れる物ばかりだ。


 何か有る。そう考えるのが妥当だ。しかし、何が起きているのかは、わからない。


 反抗的だからと言って、彼等を裁きにかける訳にはいかない。何せ三法に抵触していないのだから。

 

「セリュシオネ。ちょっと調べて貰えない?」

「このままでは反乱が起きるかも知れないと、考えてますか?」

「そこまで大袈裟じゃないわよ。でも、可能性としてね」

「いいでしょう。その役目、引き受けました」

「助かるわ、セリュシオネ」

「貴女に直接頼まれて、首を横に振る神はいませんよ。いいえ、今はいるんでしたね」

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