第九十二話 新興勢力

 神とは何か。それは、信仰の対象である。


 地上に生きる者の願いや希望等が集まり、力を持ったのが神である。故に、神は信仰無くしては、存在し得ない。

 但し、例外も存在する。それは混沌勢と呼ばれる神々だ。彼等は憎しみ、恨み、嫉妬等の悪意が集まった物が力を持ち、神へと昇華した者達である。

 故に、彼等の存在する為に必要なのは、信仰ではなく生物の悪意となる。


 そして、ロイスマリアでは混沌勢を除き、神は大きく二分される。原初の神とそれ以外の神である。


 原初の神はロイスマリア創生より存在した神々で、文字通り世界を創り上げた神である。それ以外の神は、ロイスマリアが繁栄する中で自然的に発生、若しくは神によって産みだされた。


 無論、新たに生まれた神々の中にも、原初の神と同様に多くの信仰を集める神も存在する。しかし、それは極少数だろう。

 何故なら台地を創り、海を創り、風を創り、生物に実りを齎せたのは、原初の神々なのだから。多くの信仰が原初の神々に集約されるのも、自然の節理なのだろう。


 また、彼等が定めたロイスマリア三法にも、問題は有る。例えば戦いの神の様に、その存在故に、三法へ抵触する神も存在する。


 故に、神々は一枚岩の様に団結している訳ではない。それこそが、虚飾の神グレイラスの狙いだった。


「貴殿らは、このままで良いとは思っておるまい」

「突然、我らを集めたと思えば、何を語っておる? 何が狙いだ、グレイラスよ」

「そうだ! 協議会であれだけの事をほざいておいて!」

「我らが連絡すれば、お前は捕縛され神格を奪われるのだぞ!」

「連絡するまでもない! 我らで捕まえてしまおう!」

「いや、貴殿らはそうはしまい」

「何故そんな事を言える!」

「貴殿らもまた、原初の神々に不満を持っているからだ」

「いけしゃあしゃあと!」

「そうだ! グレイラスの戯言など聞く必要はない!」

「あぁ、ここで捕らえてしまえ!」


 グレイラスは、敢えて危険を冒して神々との接触を図っていた。集めた神は十数柱、それも全て原初以外の神々であった。

 集まった神々は、グレイラスを糾弾する。当然だ、これから混乱を引き起こそうとしているのだから。


 しかし、グレイラスは彼等に対して反発するのでは無く、静かに宥める様に話していた。

 

「我らとて、本気で戦争等と考えている訳ではない」

「ならば、何故あの様な暴言を吐いた!」

「ああでも言わなければ、あの場は収まらん」

「馬鹿も休み休み言え! 貴様ら混沌勢はいつもそうだ! 争いの火種しか生まん!」

「わかっていないようだな。我らはタールカールで四柱も仲間を失った。あの様な悲劇は、二度と繰り返したくない」

「だから、戦争は起こさないと? しかし、貴様らの神格の剥奪は決まった事だ!」

「それは、フィアーナが勝手に決めた事だ」

「勝手ではない! 三法に乗っ取り決めたのだ!」

「では、貴殿らに問う。三法は正しいのか?」

「当たり前だ。原初の神々が決めた事が、間違っているはずもない」

「アルキエルの様な例が有ってもか? 三法が正しいなら、アレは存在している事だけで罪になる」

「そ、それは……」


 思う所が有るのだろう。多くの神が言葉に詰まる。


 これまでロイスマリア三法に従って来た。しかし、それで問題が起こらなかった訳ではない。タールカールでは、混沌勢以上に自分達は同胞を失った。

 それに考えてみれば、三法に抵触する神はアルキエルだけではない。同胞にもそんな神は居る。無論、混沌勢も同じだ。


 存在するだけで罪になるのなら、なぜ神と成り得たのか? 


 この時のグレイラスは、集まった神々に疑念を植え付けるだけで良かった。原初の神々と彼らが定めたあやふやな法を、盲信的に信じる者達に目を覚まさせるきっかけを与えるだけで、寝返らせるのには充分だった。


「三法が間違っているのだ。それを正さねばならない」

「間違っているだと!」

「そうだ。我々が混沌勢と蔑まれ迫害されて来たのは、三法のせいだ」

「それは違う!」

「違う? いいや、違わない。我らは元々、地上の悪意を自らの体に集め昇華し、それをマナに変えて星に返す為に生まれた神だ」

「そ、そうだったのか?」

「当然だ。寧ろ、大地母神等と連携して、地上をよりよくする為に存在する神と言える」

「そんな! 詭弁だ!」

「いいや、詭弁ではない。真実だ」

「では、貴様らは常に反乱を起こしている?」

「言葉は正しく使う事だ。我らは反乱を起こしていない。弾圧されたから、抵抗しているだけだ」

「それが真実なら、タールカールの事はどう説明する!」

「一方的に、原初の神々が戦いを仕掛けて来た。我々はやむなく応戦した」

「それは、本当なのか? なら、これまで信じていたものはいったい……」

「いや、騙されるな! グレイラスの語る事が真実とは限るまい!」

「そうだ! それに貴様らは地上で戦争を起こそうとしている。これは、どう説明する?」


 この論争は明らかに、グレイラスが支配し始めている。しかし集まった神々は、それに抵抗しようとする。


 それも当然なのだろう。突然、今まで信じていた事が嘘だったと知らされても、直ぐには納得出来まい。だからこそ、嘘じゃなかったと自分に言い聞かせるのだ。そうしないと、心の平穏は保てまい。


 それは、人間も神も同じだ。ただ、それもグレイラスの狙いとは知らずに。


 当然だが、真実や正義等は見方を変えれば、どうとでも変わる。グレイラスの言っている事は、混沌勢から見た真実で有り、決して嘘は言っていない。

 

 だからこそ、騙される。


「いいか? 貴殿らも覚えが有ろう?」

「な、何がだ?」

「原初の神が存在しているせいで、碌な役職も与えられない。だから信仰を集める事は出来ずに、神気も高まらない」

「そ、それは……」

「仮に、地上で英雄の様な存在が出てみろ。そいつは現人神として地上の信仰を集める。そうなったら、貴殿らの信仰は全て奪われる」

「そ、そんな事は……」

「無い、と本当に言えるのか?」

「い、いや」

「だから、古い体制は壊さねばならない!」

「その為に、地上に戦火を撒いたというのか?」

「そうだ。原初の神々から力を奪う。そして、我らで新しい秩序を創る」

「そんなの不可能だ!」

「いいや、可能だ。貴殿らが協力さえしてくれれば」


 集まった神々は、口を閉ざし考え始める。もう、彼等はグレイラスの掌で転がされている人形と同じだ。あと一息で、全てがグレイラスの思い通りになる。


「さあ、貴殿らには明るい未来が待ち受けている」

「明るい未来?」

「これまで過ちを犯し続けていた老害は居なくなり、次は貴殿らの出番だ!」

「お、おお!」

「我の手を取れ、同士諸君! 共に未来を掴み取ろう!」

「おう!」


 一柱が賛同すれば、後は芋づる式に賛同者は増えていく。


 決して今までの事が、全て嘘だと納得出来た訳では無い。だとしても、潜在的に不満を持っていた神が多かったのも事実だ。

 それを上手くグレイラスに突かれた。そして、希望と言う名の虚飾を与えられてしまった。


 やがて、集まった神々全てが立ち上がり、熱狂し始めた。新たな秩序を創る。その中心に自分達がいる。それは、どれだけ素晴らしい事だろうと。


「同士諸君。貴殿らは仲間を集めて欲しい」

「わかった。我々こそが正義なのだと知らしめて来よう」


 そうして神々は去っていく。グレイラスの意図にも気が付かずに。


「まぁ、こんなものか。それにしても愚かな連中だ。全て壊すというのに、新たな秩序など有るまい」


 そうして、グレイラスは口角を釣りあげて、いやらしい笑みを浮かべる。


 この場に集められた神々は、密かに仲間を増やしていく。それは、静かなる革命の始まりでも有った。

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