第九十一話 大地母神ラアルフィーネ
カーテン越しに光が差し込み、空が目を覚ます。う~んと伸びをしながら、深呼吸をする。
「あのまま、寝ちゃったのか」
空がポツリと呟きながら、隣のベッドを見るとペスカの姿が無い。トイレかな? そう思う空の頭に、ふと嫌な予感がよぎる。
「まさか、あの子」
慌てて部屋を出て、空は冬也達の部屋へと向かう。鍵が掛かっている為、戸は開かない。ドンドンと戸を叩くと、眠そうに眼を擦る翔一が顔を出した。翔一を押しやり空が部屋の中へと入ると、冬也のベッドに潜り込み、抱き着いて眠るペスカの姿を見つけた。
「あ~! 何やってんのよペスカちゃん!」
「朝からうっせ~な! あれ、空ちゃん? うぉ、ペスカ!」
空と冬也二人がかりで、しがみつくペスカを引き剥がす。翔一は白けた目でペスカを見下ろし、空は怒りの眼差しをペスカに向ける。そして冬也から拳骨を落とされたペスカは、涙目になっていた。
「流石に僕もどうかと思うよ、ペスカちゃん」
「良いじゃない、お兄ちゃん成分が足りてないんだよ。元気出ないよ」
「馬鹿! 男の部屋に潜り込むのが問題なんだ!」
「断固触れ合い! 断固触れ合い! 兄妹の触れ合い!」
「ペスカちゃんに気が付かなかった、工藤先輩も問題です!」
「えっ? 僕もなの?」
ペスカは冬也に叱られても、めげずに涙目で言い返している。空は普段の大和撫子風と異なる、夜叉の表情でペスカの両頬を抓り上げた。
「ペスカちゃん。抜け駆けしないって言ったよね。流石に酷くない?」
「うっさい。昨日膝枕したくせに」
「黙りなさい!」
「はい」
普段が穏やかな人程、怒った時が怖い。空はその典型の様で、流石のペスカも少し怯えていた。そして翔一は、これ以上のとばっちりを恐れて視線を反らす。そして、他人事の様な呑気に声を掛ける冬也を、空は睨み付けた。
「やるなぁ空ちゃん!」
「冬也さんは油断し過ぎです! 反省して下さい!」
「はい」
冬也は空の迫力に押され、頭を下げた。着替えを済ませた冬也達は、しょんぼりと項垂れるペスカを連れ宿の食堂へ向かう。夕食を抜いた十代の食欲は、宿の簡易的な朝食では足りず、あっと言う間に平らげてお代わりを要求した。
「取り合えずさ。マールローネに向かうのが無難だと思うんだよ」
「ペスカちゃん。その根拠は?」
「船が手に入るのが、そこしかないからだよ。空ちゃん」
「仮に船が手に入ったとして、小さい漁船なら、転覆の可能性があるよ。海を渡るのに、一か月じゃ済まないかもしれないし」
「翔一君。そこは、私にまかせてよ!」
「あぁ、あれか。魔改造か」
「魔改造じゃないよ! すっごく便利に改造してるじゃない!」
「まぁ、ペスカの言う通りかもな。猫の国を抜けて、魚の国へ向かうか」
朝食を食べ終えた四人は、お腹を擦りながら荷物を整理する。宿代と食事代は、いつの間にかミノータルの国が払う事になっており、ペスカ達は悠々と宿を出る。
ペスカ達は、宿を出た足で神殿に向かう。目的の神殿は、昨日訪れた図書館に隣接しており、徒歩で数分の距離である。
神殿は、エルラフィア王国の王都リューネに有る教会より、遥かに大きく荘厳で、首都を訪れた多くの亜人達が参拝に訪れていた。
「これぞ、ザ神殿って感じだな。王都に有る小さな教会とは大違いだ!」
「そうだね、あの駄女神より、期待出来るかもね」
神殿に入ると、ペスカは神殿長を呼び出して、礼拝堂の使用許可と人払いを依頼した。
「礼拝堂の使用は構いませんが、人払いには少々お時間を頂きたい」
神殿長に言われ、ペスカ達は小部屋に通される。お茶をすすりながら待っていると、数十分程で迎えが来る。ただ迎えに来た時の神殿長は、あまり優れない様子で語りかけた。
「申し上げにくいのですが。女神ラアルフィーネ様は、ここ暫くご降臨されておりません」
「まぁ、それならそれで諦めるから、貴方も外に出ていて」
ペスカが言うと、神殿長は一礼して礼拝堂から出る。例え、女神が降臨していなくても、呼びかける事は出来る。例え、亜人の呼びかけに応じなくても、神の子として生まれた者の呼びかけになら応じるはず。
「さあ。お兄ちゃんの出番だよ! 女神様を呼び出して!」
「大丈夫なのか? 降臨がどうのって言ってたろ」
「大丈夫だって。普通の人と、神気を持つお兄ちゃんじゃ違うでしょ!」
冬也はペスカに言われるがまま、礼拝堂の最前列に立ち、神気を高める。
「ラアルフィーネ様、ラアルフィーネ様、おいで下さい」
「お兄ちゃん、それだとコックリさんだよ」
冬也は少し照れながら、もう一度神気を高めて女神に祈りを捧げる。冬也の祈りが通じたのか、礼拝堂内が光り出す。光は一つに集まり形を成して行く。光が治まると、長い金髪に豊満な体つき、シャープな顔立ちの美女が、礼拝堂中央に立っていた。
「何よ、フィアーナこんな所に呼び出して。ってあれ?」
女神ラアルフィーネは目をパチクリさせて、礼拝堂内を見渡す。やがて冬也に視線を向けると、探る様にじっと見つめた。
「私を呼び出したのは、貴方ね? 半神なんて随分珍しいわね。フィアーナと何か関係が有るのかしら?」
「フィアーナってのは、俺の母親らしいぞ」
冬也があっけらかんと答えると、女神ラアルフィーネは目を輝かせて、冬也に近づいた。
「何、何、あのロリ神に男が出来たの? しかも子供? 詳しく、詳しく教えなさい!」
「い、いや。おふくろの事は、俺も良く知らねぇんだよ」
「嘘おっしゃい。知ってる事は全部吐きなさい」
グイグイと顔を近づけて来る女神ラアルフィーネに対し、冬也は後退りペスカに視線を送る。
「女神ラアルフィーネ。私が代わりに説明致します」
ペスカは女神ラアルフィーネに一礼した後、冬也の生まれや邪神ロメリアとの関連等を、現状に至る迄をかいつまんで説明した。話を聞き終わった女神ラアルフィーネは、空と翔一を一瞥する。
「事情は理解したわ。でも、そっちの二人は良く生きてるわね。変な気配を感じるけど、異界の神に力を貰ったのかしら」
「はい。仰る通りです」
翔一が頭を下げると、女神ラアルフィーネは微笑んで、翔一に近づき頬を撫でる。
「貴方可愛いわね。私のお気に入りにしてあげても良いわよ」
頬を撫でられ、翔一は顔を真っ赤に染める。続いて女神ラアルフィーネは、空へ近づき抱きしめる。
「貴女も可愛い。怖い思いをしたのね。大丈夫よ、私が守ってあげる」
空は安堵の表情を浮かべ、成すがままに抱きしめられていた。空を離すと、女神ラアルフィーネはペスカに向かって近づく。
「それと貴女ね、セリュシオネが転生させたって子は。珍しいのよ、あの女神が力を貸すのは。貴女の名前は神々の世界でも有名なの。頑張ってる子は大好きよ」
女神ラアルフィーネはペスカの頭を撫でると、最後に冬也に向き直し近づく。
「でも、一番は貴方かしら。貴方の力強い神気、素敵だわ」
冬也は無言で後退る。
「あら、何で嫌がるのよ。こんな可愛い子達を侍らせてる癖に」
女神ラアルフィーネはムッとした顔で、腰に手を当てる。冬也は後退りながら、女神ラアルフィーネに抗議した。
「いや、あんた話が進まねぇよ。それと余り近づくな。何かドキドキする」
「キャー! ドキドキするって! ごめんねフィアーナ。私この子と結婚するわ!」
はしゃぐ女神ラアルフィーネに素早く反応し、ペスカと空は睨み付けた。
「お戯れはお止め下さい、女神ラアルフィーネ」
「や~ね。私は二号でも三号でも良いわよ。貴女達が子作りを堪能した後、私にも子種を分けて貰えれば充分よ」
「うっせぇよ。あんた何言ってんだ! 話を進めろよ!」
「キャー! 怒られちゃった!」
「そういうのは、間に合ってんだよ!」
「あぁん、そうね。ラフィスフィア大陸に行きたいのは、理解したわ。でも私の力を使って、大陸を渡らせるのは断るわ」
女神ラアルフィーネは、天空の地で行われた神々の協議について語り始めた。
混沌の神ロメリア、嫉妬の女神メイロード、虚飾の神グレイドス、戦の神アルキエルの背信により、ラフィスフィア大陸に戦乱が起こっている事、それが日増しに激しくなっている事を説明する。
「メイロードは、貴方達も狙っているでしょうね。執念深い女神だから」
ペスカ達は邪神ロメリアだけで無く、三柱の神を相手にする可能性に震撼した。
嫉妬の女神メイロードは、言わずもがな。山一つ跡形もなく消滅させたのは、全力ではあるまい。それと更に一柱、混沌の神が加わっている。
実力の程は、邪神ロメリアや女神メイロードと同程度だとしても、かなり厄介な相手であろう。厄介と言うなら、戦いの神も同様であろう。その名を冠し、戦いにおいて無敵を誇るなら、文字通り最大の脅威に成り得る。
「送ってあげたいけど、私も余り余計な力を使えないのよ。でもフィアーナには連絡しておいてあげる。暫くしたら、向こうから会いに来るわよ、きっと。それとこれはおまけ」
女神ラアルフィーネから、穏やかな光が放たれペスカ達四人を包む。
「一応、隠蔽の結界を張って置いたから、滅多な事で他の神々に見つかる事は無いと思うわよ。自分から首を突っ込まない限りね」
「ところで、あんたは何の神様なんだ?」
「あら、そんな事も知らないで来たの? 私は愛と豊穣の女神。じゃあ結婚の事は考えておいてね、冬也君」
女神ラアルフィーネは、冬也に投げキッスを送り消えて行き、冬也は胸を撫で下ろした。空と翔一は揃って、未だに顔を青ざめさせている。
「良くあの我儘ボディの誘惑に耐えた。お兄ちゃん、偉い!」
「お前も何言ってんだ。馬鹿な事言ってねぇで、出発するぞ」
冬也はペスカの頭を軽く叩き、礼拝堂を後にする。ペスカ達三人は冬也の後を追い、歩き出した。
女神ラアルフィーネからの情報で、現状は理解した。のんびりとしている余裕は無い。直ぐにでもラフィスフィア大陸に戻り、各国で連携を取って対策を練らなければ大変な事になる。
暫くしたら女神フィアーナから迎えが来る。とはいえ、そんな言葉を信じて呑気に待っていられる状況でもない。
少ない可能性ではあるが、船さえ手に入り改造出来れば、海を渡る手段など幾らでも作れる。四人は朝食時の打ち合わせ通り、キャットピープルの国であるキャトロールを抜けて、魚人の国マールローネへ向かう事にした。
馬車に乗り込み向かうのは、キャトロール。次なる冒険が、四人を待ち受けようとしていた。
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