第九十話 ミノータル首都 後編

「何て言うかこれは、寄合所だな」

「そうだね」

  

 冬也の呟きにペスカが頷く。どの国でも普通なら、国の代表がいる施設は豪華な造りになっている。それは国の顔としての意味合いだけでなく、他国の使者を迎える上でも必要であるからだ。疑問に感じた冬也は、案内してくれたミノタウロスに尋ねる。


「なあ国の機関だろ? こんなにぼろくて良いのか? あっちの二階建てじゃねぇのか?」

「あちらは、図書館です。国外の方々が多く利用されるので、豪華な作りになっております。執務をする施設であれば、過剰な意匠は必要有りません」


 柔らかな口調で説明をするミノタウロスに、ペスカ達は呆気にとられる。最早、質素倹約どころの話しではなかろう。

 これまでの道のりでも、多くの建物を見て来た。立派なのは、農業に関する施設だけ。住まいは、あばら家に近い。

 どれだけ、多種族に尽くせば気が済むのだと、言いたくなる位である。寧ろ、『善人過ぎて守りたくなるのでは?』と考えたくもなる。


「ま、まあ。必要なのは通行証だし、私が貰って来るよ。お兄ちゃん達は、図書館で待っててよ」


 ミノタウロスに案内されて、ペスカが平屋の建物に入って行く。しかし、それは余りにも見た目に違和感が有った。


「なんか小さい子を誘拐している図に、見えるんですけど」

「空ちゃん、彼らは優しい種族だ!」

「仕方ねえよ翔一。普通の日本人が見たら、誰もが異様に感じるだろ」


 ペスカを見送った後、三人は図書館に足を踏み入れた。


 立ち並ぶ書棚には書籍がみっちりと詰まり、所々に椅子やソファーが置かれている。天井は高く、天井近くの壁には窓が並び、穏やかな自然光が入り込んでいる。

 また建物の内部まで、自然光が入り込む採光設計が成されており、薄暗く陰鬱な印象を全く受けなかった。

  

「お~。すげぇな」

「冬也さん、驚く気持ちは私もわかります。でも私、図書館に来ても、異世界の文字なんて読めませんよ」

「冬也、僕もだよ」

「前にペスカに聞いたんだけどな。脳の中に有る言語何とかってのを、マナでちょいちょいってするんだ」

「さっぱり理解出来ないけど、言語中枢って言いたいのか?」

「ん~、それっぽいやつかな? とにかくそれをマナで動かして、日本語だと思わせるんだよ」

「相変わらず冬也の説明は、要領を得ないね」

「工藤先輩、言語中枢をマナで刺激して、異世界言語を日本語に認識させるって事じゃ無いですか?」

「そうみたいだね。取り敢えず試してみよう」


 冬也の説明を何とか理解し、空と翔一はマナを脳に循環させ、言語中枢を刺激する。その間、冬也は二人の様子を気にも留めずに、書籍を見繕い始めていた。


 三人はバラバラになり、各々が必要と思われる書籍を探す。そして、小一時間程で、三人は四人掛けの大きなソファーに集合した。

 空と翔一は、アンドロケイン大陸の地理や、歴史の記述が有る本を数冊探して来た。しかし冬也の探してきた本は、たった一冊である。ミノタウロス種の生態系と、タイトルが書かれた本だった。


「冬也。今の状況、理解してる?」

「ばっかだな翔一。気にならねぇか? あいつら頭は牛で、体はガチむちだぞ! 女でもおっぱいがねぇんだ! どうやって性別を見極めるんだ?」

「いや、それは前の町で聞いたろ。男は大きくて太い角、女は角が短い」

「じゃあ、子育てはどうすんだよ!」

「工藤先輩、冬也さんですし仕方ありませんよ。寧ろ、図書館探検と称して、ウロウロされるよりましです」


 更に小一時間経過し、ペスカが用事を終え、冬也達を探しに図書館を訪れる。ペスカが三人を見つけた時、冬也は空の膝枕でうたた寝をしていた。


「あ~。何やってんのよ空ちゃん。羨ましい!」

「ふふっ、ペスカちゃん。頬っぺたつつくと、口をむにゃむにゃ動かすの。冬也さん、可愛い」

「それは、私の特権!」

「二人共、図書館は静かにね」


 翔一に叱られ、ペスカは剥れながら冬也を揺さぶる。


「起きてよお兄ちゃん、早く起きないと地獄見せるよ」

「あぁん、何だペスカか。用事は終わったのか?」

「私が通行所を貰ったり、宿の手配してる間に、膝枕とは随分なご身分ですね、お兄様」

「兄ちゃんは今、休日を満喫してるサラリーマンの気分なんだよ。疲れてるんだよ」

「くっ、仕方ない。なら、私の可愛いお膝に移って来なよ」


 ペスカは強引にソファーに座り込み、自分の腿をポンポンと叩く。


「お前が揺らすから、目が覚めちゃったよ。空ちゃん、膝枕ありがとう」


 冬也が体を起こすと、空は名残惜しそうにし、ペスカは悔し気な表情を露わにする。


「ペスカ、機嫌悪そうだな、何か有ったか? 兄ちゃんがやっつけてやるぞ」


 ペスカは盛大な溜息をつくと、冬也の脇腹を軽く殴りつける。


「鈍感お兄ちゃんは置いとこ。それで、何か分かったの?」

「マールローネの記述が少ないから、どんな船が有るのかはわからないね」

「そっか」

「少なくとも、国家元首の言葉通り、この国からは航行技術を失われてる。だけど過去の航海日誌だと、かなりの日数がかかったみたいだよ」

「だろうね。結構な距離があるからね」

「少なくとも、一か月近くはかかったらしい。それと海域によっては、かなり荒れるみたいだね。昔、大型船を利用したのは、兵士を運ぶ為だけじゃないと思うよ」

「翔一君、ありがと」

「ねぇ、ペスカちゃん。首都には神殿が有るみたい。行ってみる?」

「そうだね空ちゃん。神殿に行って、この大陸の大地母神と会ってみようか」


 二人の報告を聞いたペスカは、最後に冬也へ視線を送る。

 

「一応、お兄ちゃんの成果も聞こうか?」

「ミノタウロスにも、生殖器が有る事がわかったぞ!」

「あ~偉い偉い。二人が調べ物してる時に、お兄ちゃんはミノタウロスの、生態調査をしていたんですねぇ~」


 再び大きな溜息をつくペスカ、空と翔一は軽い笑い声を上げた。ただ空と翔一には、慣れない荷馬車の旅での疲労が見える。

 一先ず調べ物は切り上げ、ペスカ達は図書館を後にする。そして今日はそのまま休み、神殿は翌日に向かう事にした。


 ミノタウロスの町を出てからの数日間、野営が続いた為、ベッドと布団がとても嬉しい。早速ベッドに飛び込むと、四人共に夕食も忘れて眠りについた。

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