第八十九話 ミノータル首都 前編

 街道を進むと平野が終わり、農園が見え始めた。農園では忙しなく働くミノタウロスを見かける様になる。街道では、行き交う荷馬車が徐々に増えて来る。そして木造の建物が、段々と数を増やして行く。


「少し賑やかになって来たな」

「そうだね、首都が近いんだよ」


 冬也とペスカが会話しながら馬車を進める。すると街道の先に、大きな町が見えて来る。町の周囲には柵は無く、木造の建物が大小所狭しと並んでいた。


「なぁペスカ、あれが首都か?」

「多分ね。それにしても、お兄ちゃん。あんまり驚かなくなったね」

「まぁ、色んな場所に行ったからな。ファンタジーにも慣れて来たぜ」

「慣れただと! なんて事だ! それでは、新鮮な驚きを提供する、ペスカ商会の名折れじゃあないかあ!」

「うるせぇよ! 何がペスカ商会だ! いつからそんな商売を始めやがった!」

「いいねぇ。ナイス突っ込みだよ、お兄ちゃん。調子、上がって来たんじゃない?」

「馬鹿! 元々俺は、絶好調だ!」

「うんうん。それで、空回りしなければ、尚良しだね!」


 呑気な会話を続けながらも、荷馬車は進んでいく。首都へ近づく度に、街道ではすれ違う荷馬車が増えていく。大陸中から首都へ訪れているのだろう。数種の亜人が荷馬車を操る姿も見受けられた。


「ペスカ! 犬の顔をしたやつがいる!」

「お兄ちゃん、慣れたんじゃなかったの?」

「犬って事はさ、すっげぇ真面目だったりするのかな?」

「私も詳しくは知らないけど」

「おい! あっちには違うのもいるぞ!」

「そりゃあアンドロケインなんだし、亜人だらけだと思うよ」

「ここでは、人間が暮らしてないのか?」

「そうだね。ミノタウロスの国だし、首都も商業都市だろうから、周りの人も余り気に留めて無いのかもしれないけど」

「普通なら、怪しまれるって事か?」

「まぁ、そうなるね」


 この国に滞在していると、不思議な感覚に陥る。


 人間は、未知の事象に遭遇すると警戒する。身近な例で言えば、見知らぬ赤の他人がそうだろう。だがそれは、自己防衛の為に必要な行動なのだ。

 しかしそれが過ぎれば、疑心暗鬼となる。疑心暗鬼は、諍いへと繋がる可能性が有る。特に人間の社会では、それが顕著であろう。


 ミノタウロス達は、全くそれを感じさせない。初めから、見知らぬ他人に対して、親切であった。無警戒な程に。

 例えミノタウロス達が尊者の様な種族であったとしても、それに付け込もうとする他種族は存在するはずである。

 しかし、この国に出入りする商人達は、護衛どころか武器を持っている様子さえ見受けられない。


 勿論、行き交うのは商人達からの、視線は時折感じる。但し、それは何かをじっくり見定める様なねっとりとした視線ではない。勿論、冬也の様に驚いて声を上げたりもしない。


 まるで、何か暗黙のルールが有り、それに従って皆が平和を享受しているかの様に見える。


「まぁ平和なのは、良い事だよな。国家元首でさえ、呑気そうな人だったし」

「呑気ってより、親しみ易そうって言ってよ」

「でも、戦えば相当強いんだろうな」

「確かにね、戦いたがらないとは思うけど」

  

 そして冬也は荷馬車を停め、首都の入り口近くで作業をしていた、一人のミノタウロスを引き留める。


「ここがミノータルの首都で、間違い無いか?」

「そうですよ。ご用がお有りでしたら、ご案内致しますが?」

「だったら、国家元首がいる場所を教えてくれないか?」

「この道を真っすぐ行くと、広場が有ります。そこに有る大きな建物に元首はいらっしゃいます」

「助かったよ、ありがとう」


 冬也は再び荷馬車を操り、特に警戒される事無く首都内に入る。それにしても、危機感すら感じてないのだろうか。普通は警戒して答えないだろう事も、親切に教えてくれる。


「善人なのか、善人であろうと努力し続けた結果なのかは、わからないけどね」

「どっちもなんじゃねぇか」

「そうだね」


 そして、荷馬車は首都へと入っていく。首都は、多くの亜人達でごった返していた。


 首都はミノータルの各地から農作物が集まる集荷場であると共に、各国へ農作物を送り出す出荷場でも有る。


 大型の荷馬車が何台もすれ違える大通りに面して、大きな建物が並んでいる。その多くは、農作物を取り扱う場所なのだろう。

 

 建物内を覗き込むと、中では農作物の仕分けが行われている。また、入口が集荷場で出口が出荷場の様な形になっている。これは、作業がスムーズに行える為の工夫なのだろう。

 出荷場では、次々と大型の箱型荷馬車に、農作物が載せられていた。


「なんか、作業が凄く効率的な感じがする」

「やっぱり空ちゃんは、お兄ちゃんとは違う所に目をつけるね」

「だってさ、何かの工場みたいだよ。違うのは、動いているのが機械じゃなくて、ミノタウロスさん達だけど」

「こういうのも、自分達で工夫して来たんだろうね」


 農作物を集荷から出荷に至るまでの作業経路がシンプルなのも、多くの作物を出荷出来る様に考えられた結果であろう。

 自らの手で汗を流すというのも、ミノタウロスらしい。それだけ、真摯に女神の命を守って生活して来たのだろう。

 ただ、作業をしている光景を見るだけでも、好感が持てる。


「多分だけどさ。ミノータルにとって、食料の供給こそが国を守る防壁であり、最大の武器になるんじゃないかな?」

「工藤先輩。それって、この場所こそがミノータルを守ってるって事ですか?」

「恐らくね。例えば他国の商人が、この国で違法行為をしたとするでしょ?」

「はい。それで?」

「その商人じゃなくて、直接その国に供給量を減らすと警告する」

「そうなると、その国の食糧事情は大変な事になりますよね?」

「食料のほとんどをミノータルに頼っていた場合、餓死者が出る可能性だって有る」


 その理論が正解ならば、確かに警告すると思わせるだけで充分だ。そうなると、諍いが起きないのでは無く、他国が協力して諍いを起こさせないとした方が正しい。


「少なからず商人や他の国の間で、暗黙のルールが存在するんじゃないかな?」

「工藤先輩。ミノタウロスさん達が、他の国を脅す光景は想像出来ないですよ」

「私も空ちゃんに賛成。暗黙のルールってのは、確かに有りそう。でも、この平和が長続きしているのは、それだけが理由だけとは思えないんだよね」


 決して答えが出る問いではあるまい。それは、長年積み上げて来たミノタウロス達の努力も有ってこそでもあろう。


「ペスカ、あれ何だ?」

「多分、荷運び用の特別車だね。荷を乗せる箱全体に、時間経過を緩くする魔法がかけられているんだよ。だから、野菜の鮮度が落ちにくいって事だね」

「なんで緩くなんだ? 時間を止めちまう事は出来ないのか?」

「そんな事が出来るのは、お兄ちゃんみたいな馬鹿容量のマナを持っている人だけ! 一般人には無理だよ」

「ミノタウロスは、その特別車っての使えねぇのか?」

「ミノタウロスはマナが扱えないから、特別車を扱えないんだよ。他の国から取りに来てるんだね」


 冬也はペスカに質問をしながら、馬車を走らせる。集荷場を過ぎると、干し野菜を並べている建物が増えて来る。それ以外にも麦の脱穀、家畜の解体処理等で、ミノタウロスが忙しなく働いていた。


「あいつら農作業より、豚の解体している方が似合ってるな」

「中身は温厚だけどね」


 ペスカと冬也の会話に、空と翔一は苦笑いを浮かべながら頷いた。


 農作物の加工区域を抜けると、食堂や宿屋が集まる区域が有る。そこでは亜人達が集まり、市場が開かれていた。更に進むと大きな広場が見えて来る。広場を見渡すと、意匠の施された二階建ての建物が見つかる。


「あれじゃねぇのか?」


 冬也が呟きながら馬車を進めると、ひと際体の大きいミノタウロスが近づいてきた。


「何か御用でしょうか?」

「俺達、国家元首に会いに来たんだけど」

「では、ご案内致します。その前に荷馬車は専用の馬宿にお繋ぎ下さい」


 案内された馬宿は飼葉桶が並び、数名のミノタウロスが管理人として働いていた。盗難防止用にペスカが荷馬車に魔法をかけた後、簡単な書類にサインをして利用料を支払う。その後に案内されたのは、広場でみかけた二階建ての建物では無く、年季の入った大きな平屋の建物だった。

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