第九十六話 襲い来る猫達とホームシック

「まだ見つからないの?」

「混沌勢の潜んでいる場所は見つかってません。それより、ラフィスフィア大陸では、戦乱が広がってますぞ。どうなさるおつもりで?」

「わかってるわよ。そんな事より、冬也君は見つかったの?」

「さぁ、知りませんな」


 そこは天空の地。喚きたてる一柱の女神と、穏やかな口調で話す白い髭の男神が、顔を突き合わせている。女神に対して、白い髭の男神は畏まった態度を崩さない。身分の差というより、力の差であろう。そして女神は、声高に言い放つ。

 

「混沌勢の潜んだ場所の探索を、引き続き頼むわね」

「わかりましたぞ」


 神妙な顔つきで、白い髭の男神が女神に頭を下げて去る。すれ違う様に、一柱の女神が現れた。一方の女神が振り向くと、近づいて来る女神の顔はかなりにやついている。


「フィアーナってば、こんな所にいたの? 探したのよ」

「ラアルフィーネ。どうしたの?」

「それよりあなた、子供がいたのね。色々詳しく教えなさいよ」

「それ何処で聞いたの? 会ったの? 会ったのね? 何処にいたの?」


 放たれた言葉に、女神フィアーナは目を剥いた。慌てるように、女神ラアルフィーネの肩掴んで揺さぶる。更に、女神フィアーナはグイグイと、女神ラアルフィーネに顔を近づけて問いただす。

 

「ちょ、ちょっと! 近いってば! この間、ミノータルの神殿に来たわよ!」

「はぁ? なんでミノータルに? それで、今何処にいるの?」

「知らないわよ、とっくに旅立ったし」

 

 女神フィアーナは膝から崩れ落ちる様に、四つん這いになった。その様子に、女神ラアルフィーネは少し溜息をつく。


「なによ、子供に会えないのが、そんなにショックだった?」

「そうじゃ無くて、メイロードがあの子達を狙ってるのよ!」

「それなら、隠蔽の結界を張ってあげたわよ!」

「ありがとう。ってちが~う! あの子達がいれば、混沌勢の騒動は一気に解決に向かう筈なのよ」

「あのね、フィアーナ。先に言っておきなさいよ。保護してあげる事も出来たのに」


 女神ラアルフィーネは、再び溜息をついた。


 冬也達と会ったのは、つい先ほどの出来事なのだ。しかも事情は本人達から聞いた。先に相談が有れば、対処のしようもあっただろう。

 そして女神フィアーナは、両手を合わせて頭を下げる。


「ラアルフィーネ、あの子達を探して。お願い!」

「時間がかかるわよ。グレイラスの奴がアンドロケインにも、ちょっかい出してきてるし。ラフィスフィア程じゃないけど、荒れ始めてるのよ」

「頼りにしてるわ。ラアルフィーネ」

「まぁいいわ。でも、相手は混沌勢。何が起きるかわからないわ」

「そうね。あの子にも声をかけないと」

「ミュールね。大地母神が三柱も力を合わせれば、タールカールの二の舞を踏む事は無いわよ」

「そうね。あなたの言う通りだわ、ラアルフィーネ」

「ところでフィアーナ。冬也君って素敵ね。私、あの子と結婚するわね」


 女神ラアルフィーネは、笑顔で手を振りながら去っていく。当の女神フィアーナは唖然として佇んでいた。直ぐに我に返ると、女神フィアーナは叫びながら、女神ラアルフィーネを追いかけていく。


「ちょ、ちょっと何? 何言ってんの? 待ちなさいラアルフィーネ! 待ちなさいってば!」


 ☆ ☆ ☆

 

 一方ペスカ達は、なるべくキャットピープルに出くわさない様に、町や街道を避けて馬車を進めていた。


 それでも、どこからともなくキャットピープル達が現れ、ペスカ達を捕まえようと向かって来る。至る所で、キャットピープルの集団を無力化し、ペスカ達は西へと向かう。


 こうなってくると、町へ入ると更なる混乱を招く恐れがある。野営を余儀無くされ、常に緊張感を強いられる旅を続けていた。


 訓練と実戦を繰り返した結果、翔一の能力感知は精度が上がり、攻撃の意思まで感知出来る様に成長していた。また、空のオートキャンセルは、魔法だけで無く物理も無効化出来る様に進化していた。

 そこに、近接戦闘の冬也と援護射撃のペスカ。この二人の力が加われば、数十人程度の集団を相手に後れを取る事は無い。経験を重ねる毎に、一向の連携は深まっていった。


 しかし、問題はいつも隠れた所で発生し、手がつけられ無くなる頃に顕在化する。


 戦闘に慣れたペスカや、鈍感な冬也ならいざ知らず。戦闘を繰り返す日々は、空と翔一には過酷だった。

 空と翔一は、日を追う毎に口数が少なくなり、笑顔を見せる回数が減って行く。時折、暗い表情を見せ、話しかけると無理に笑顔を作ろうとする。特に空は、ペスカや冬也にべったりとしがみつく事が増えて行った。


 ペスカと冬也は、二人の変化を薄々感じつつも、何も出来ないでいる事に、歯痒さを感じていた。そんな時にたまたまオークが現れ、冬也が一撃で仕留める。ふと冬也は思う。「オークを使って、日本で馴染みのアレを作ろう!」と。冬也が視線送ると、ペスカも目を輝かせる。


「良いね! 私も手伝うよ!」


 その日は、早めに野営の準備をし、冬也は準備に取りかかった。


 オークを解体し、骨を砕いて寸胴へ入れる。魔法で水を出し、火を起こして下茹でをする。下茹でが終わると、野菜と一緒に再び煮込む。


 寸胴をかき混ぜる作業をペスカに任せて、冬也は小麦を魔法で粉状にする。更に水と卵に塩を混ぜた液を少しずつ加え、練り込んでいく。練り込んだ塊は、魔法で平たく伸ばして暫く放置する。


 更に冬也はオークの肉の塊を縛り、別の寸胴で徹底的に下茹でをして、余分な脂を抜く。脂抜きした肉を、ネギっぽい野菜と生姜っぽい野菜を加え、じっくりと塩茹でにした。


 段々と周囲に、食欲をそそる香りが漂い始める。作業を眺めていた空と翔一に、笑顔が見える。


「冬也さん、もしかしてアレを作ってるんですか?」

「冬也、アレだね!」

「そうだ! 待ってろよ。俺の特製をお見舞いしてやるぜ!」


 ペスカに任せた寸胴の様子を見ると、中は白濁した最良のスープが仕上がっていた。


 寝かせておいた生地を、麺状に細く切って茹でる。その間に、塩茹でした肉を取り出して、魔法でスライスする。

 更に、刻んだネギっぽい野菜と生姜っぽい野菜に塩を混ぜた、簡単塩だれを器に入れて、出来上がったスープで伸ばす。

 最後に茹でた麺を湯切りし、スープで満ちた器に入れる。そしてスライスした茹で豚を添える。

 

「塩豚骨ラーメン完成だ!」


 臭いが鼻腔をくすぐる。それだけでも、涎が垂れて来そうだ。空と翔一は、たまらず器を手に取り、スープを一口啜る。

 

「ラーメンだ。ラーメンだよ」

「うん、うん。美味しいです。すっごく美味しい」


 嬉しそうに顔を綻ばせながら、空と翔一は声を上げる。続いて麺を啜る。そして、空と翔一の瞳からは涙が流れ始めていた。


 たかが素人の手料理である。名店の味には遠く及ばない。しかし、『料理は思い』だ。それなくしては、料理とは呼べない。

 食べる相手の事を考えて、その為に作るのが料理だ。例え名店ではなくても、そこには確かな思いが有る。


 空と翔一の涙は、止めどなく流れ続けた。そして無言で食べ進める。また、二人から少し遅れて食べ始めたペスカは、冬也に優しく語り掛ける。


「美味しいよ、お兄ちゃん」

「そっか」


 そして直ぐに、三人から「お代わり!」と声が上がる。


「おう! 沢山食え!」

 

 冬也の作ったラーメンは、三人の心を温めた。その温かい気持ちが、空と翔一を癒していく。笑顔を浮かべながら涙を流す空と翔一を見て、冬也は満足そうに頷き、ペスカは笑みを深めた。

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