第八十六話 吹き始めた戦乱の風
ミノータルを出発したペスカと冬也は、荷馬車の旅を満喫していた。
ただ現代の車と異なり、荷馬車にはサスペンションが無く、振動は直に伝わって来る。更には道が荒れている為に、揺れが酷い。
荷馬車に慣れていない空と翔一は、直ぐに根を上げて休憩を要求した。舗装された道に慣れている現代人には、辛いのだろう。特に翔一は酷い乗り物酔いになり、御者台から外に向けて、胃液と共に朝食を吐き出す。
「翔一、乗り物駄目だったっけ?」
「そんな事は無いはずだったけど、うぉえ※※※」
きつい酸性の匂いが、周囲に充満する。つられて嘔吐しそうになり、空は口と鼻を塞いだ。
「止めてよね、翔一君。そんな肥料にもならないの吐き出さないでよ」
「ペスカちゃん。やっぱり僕の事を嫌い※※※」
「無理して喋んな翔一。ペスカ、お前は余り翔一を虐めんな」
フンと顔を逸らすペスカに、冬也が注意を促す。辛そうにしているのは、翔一だけではない。冬也は、空に優しく問いかけた。
「空ちゃんは、大丈夫か?」
「乗り物酔いは平気ですが、おしりが少し痛いです」
空は少し顔を赤らめてお尻を擦る。その様子を見た冬也が顔を赤くした。
「そこの二人、ラブコメ禁止! お兄ちゃんは、私とラブコメしてよ!」
「訳わかんねぇ事言ってねぇで、何とかしてやれねぇのかペスカ」
冬也に叱られ、渋々とペスカが翔一に向き合う。そして、マナを少しだけ掌に集中させると、翔一の頭に触れる。
「酔い止め、酔い止め、ほ~れほれ!」
「なんだその適当な感じは。真面目にやれよペスカ」
しかし、ペスカの魔法を受けた翔一の青ざめた顔に、みるみると赤みが戻っていく。御者台から降りると、元気に体を動かし始めた。
「吐き気が嘘の様に治まったよ。ありがとうペスカちゃん」
汚れた口元を吹きながら、爽やかな笑顔を見せる翔一。ペスカは冷めた表情で、翔一に説明し始めた。
「あのね、翔一君。乗り物酔いってのは、三半規管が刺激される事によって起こる、自律神経系の乱れだよ」
「それは、理解しているつもりだけど」
「それなら、マナを身体中に循環させて、三半規管や自律神経の刺激を和らげたら良いんだよ」
「それなら乗り物酔いする事は無いね。でも、まだ少し難しいかな」
三半規管や自律神経と簡単に言っても、容易にイメージするのは難解であろう。医者や医学生としてインターンを重ねて来たなら別であろうが。
三半規管は具体的にどのような形をし、どの様な働きをするのか、または自律神経とどう関わるのか。そんな事を詳しく知らなければ、如何に魔法をかけようとも明確な効果として現れまい。
故に、図鑑程度の知識だけでは、発動させる事は出来ても効果までが期待できないのが、回復の魔法である。
ただ、それを簡単にやってのけるペスカは、優秀と呼ばざるを得まい。
「流石だなペスカ」
「ペスカちゃんて、無駄に色々詳しいよね」
「無駄って何よ! 空ちゃんだって、楽になったでしょ?」
「まぁまぁ。実際、その知識に助けられたよ」
「別に翔一君の為に、蓄えた知識じゃなけどね」
「やっぱりペスカちゃんは、僕の事が嫌いなの?」
「当たり前だよ。BLの道に、お兄ちゃんを引き込もうとする悪魔め!」
ペスカの魔法で、二人の体調は回復する。そして、ガヤガヤと喧しい休憩を終え、再び馬車に乗り込む。ほのぼの旅を続けるペスカ一行。
一方、エルラフィア王国では緊張が走っていた。
セムスとメルフィーの率いるカルーア領軍は、ロケットランチャーやマシンガンを多用し、北の小国連合をあっという間に鎮圧した。マナキャンセラーを浴びて正気に戻った小国連合の兵達は、直ぐに互いの領地に引き上げて行く。
クラウスとシリウスは、隣接した領地の領軍再編した後、セムス達援軍を含めた軍を率いて王都へ、ようやく帰還を果した。
帰還を果たし王宮へ入るクラウスとシリウスを、シルビアが出迎える。クラウス、シリウスが並び、その後をシルビアが続く様に、謁見室へと向かう。その途中で、クラウスはシルビアからの報告を聞いていた。
「お疲れさまでした。クラウス殿、メイザー卿」
「シルビア、其方もご苦労だった。今はどんな状況だ?」
「ロメリア神がこの地から離れたおかげで、王都への攻撃が無くなってます。各地のロメリア信徒の騒ぎも沈静化しつつあります」
「それは何よりだ。しかし、表情が優れぬな」
「ここ数日、王国各地で農作物が急激に枯れ果てる現象が起きています。それと、帝国は皇帝の直系が全てお隠れになった為、現在傍系の公爵家から次期皇帝を選別中です」
「そうか、ペスカ様と帝国の件はセムス達に聞いた。だが、このまますんなりと事が運ぶとは思えん。私は陛下に報告してくる。其方もついて来てくれ。さあ、参りましょうメイザー卿」
「そうですね、ルクスフィア卿。今は時間が惜しい」
足早に謁見室に向かうクラウス達三人。しかし、謁見室で待っていたエルラフィア王の表情は優れなかった。
「良くぞ戻った。ルクスフィア卿、メイザー卿、大儀であった」
やつれた表情を隠す為だろうか、エルラフィア王はやや傲岸に構える。クラウスは畏り、速やかに報告を行う。
「陛下。小国連合は鎮圧致しました。連合軍は自国に戻りました。周辺領の領軍を再編し、新兵器も行き渡らせました」
「ふむ。北の小国については、時間の猶予が有りそうだな」
幾ら隠そうと振舞っても、僅かな機微から国王の苦悩が伺える。それを察したクラウスは、国王に問いかけた。
「陛下。何が起きたのか、お伺いしても?」
「今しがたシグルドから連絡が届いた。帝国へ隣国の三国が同時に攻め込んだ」
「なっ……」
王の発言に、クラウスだけで無く、シリウスとシルビアも言葉を失くした。
「今シグルドを中心に残った帝国軍を再編して応戦している。しかし、帝国は内戦で戦力が著しく低下しておる。このままでは帝国が完全に終わる」
「ロメリア神の影響が消えた今、何故?」
顔をしかめたクラウスが吐き捨てる様に呟く。シリウスは、クラウスを諫める様に肩を叩いた。
「ルクスフィア卿。大陸の不戦協定は失われた。そう考えた方が良いかも知れません」
エルラフィア王は、シリウスの言葉を嚙みしめる様に少し考え込む。暫くの後、ゆっくりと語り始める。
「メイザー卿の言う通りかも知れん。小国の連合とは状況が異なる。シグルドの報告では、軍勢は明確な意志を持っている様だ。明らかな侵略行為だ」
「帝国の兵力が落ちた今、領土を欲した隣国が攻め込んだ。そんな所でしょうね」
「ルクスフィア卿、それは可能性の一つだ。何やら別の力が働いてるのかも知れぬ」
「陛下、それは神々の意志とお考えでしょうか?」
「なにもかも性急過ぎるのだ、そうは思わぬか? ここ二十年に渡り、帝国は戦争を回避してきた。特に帝国に隣接する三国は、グラスキルス王国の睨みが効いている。そう簡単に戦争を仕掛けるとは、思えんのだ」
エルラフィア王が、クラウス達を見回しながら問いかけ、クラウス達は一様に頷いた。
「時間が惜しい。其方らには、直ぐに帝国へ進軍して貰う。シグルドと共に帝国を守れ」
「畏まりました」
「仰せのままに」
クラウスとシリウスが、足早に謁見室から立ち去る。そして深い息を吐き、頬杖をついたルラフィア王は、シルビアに向けて尋ねる。
「シルビア。フィアーナ様からのご神託はまだか?」
「未だ女神フィアーナとは、交信が取れません」
「ではロメリア神の動向や、ペスカ殿の行方はわからぬのだな」
「陛下、問題はまだ有ります。国中で農作物が急激に枯れ果てる現象が起きています。女神フィアーナのご加護が、失われつつ有るのだとすれば」
「わかっておる。この国を内側から崩させる訳には行かぬ。各領主にはより一層の警戒を命じておく。其方は女神フィアーナと交信を図れ! 何としてもご神託を賜れ!」
「はっ!」
シルビアが謁見室から出ると、エルラフィア王は独り言ちた。
「一体この大陸に、何が起きているのだ。これ以上の酷い状況は御免蒙りたい」
この大陸に住まう者達は、これが只の始まりに過ぎない事を誰も知らなかった。
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