第八十七話 企む者、慌てる者
一柱の男神が大勢に囲まれていた。それも数十はいるだろう。しかし、その男神は鷹揚な様子で膨大な神気を垂れ流し、周りの者達を圧倒していた。
囲む者達は、全員がなにがしかの武器を携えている。そして、男神に向かって武器を振り下ろす。しかし、男神はさして避ける様子もなく、片腕でそれを受け止める。そして、もう片腕で武器を振り下ろした者を殴りつけた。
殴られた者は、苦しむ間もなくボンっと音を立てて消える。そして、囲んだ数を次々と減らしていく。
「ったくよぉ。追って来るのが、唯の眷属とはなぁ。俺も舐められたもんだよなぁ」
「アルキエル! 大人しくしろ!」
「馬鹿かてめぇらは。戦争はもう始まってんだよ!」
「それはさせん!」
「だったら、てめぇらのボスを連れて来い! それなら、少しは楽しめんだろうよ」
「言わせておけば!」
「今回だけは、神格を壊さないでおいてやる。未来の有る若者への情けだ、感謝しろよ」
「くそ! やれ! 一斉にかかれ!」
アルキエルを囲んでいた神の眷属達は、勢いよく飛び掛かる。しかし、誰もアルキエルを取り押さえるどころか、一撃すら与える事が出来ない。
「おいおい、そんなんじゃ立派な神になんてなれねぇぞ。修行が足りてねぇ証拠だ。人間だって、てめぇらよりマシなのがいるぞ」
「攻撃の手を休めるな!」
神の眷属達は、がむしゃらに攻撃を繰り返す。だが、一向に攻撃が当たる気配はない。それどころか、アルキエルは一歩たりともその場から動いていない。
そして、アルキエルの攻撃でどんどんと数を減らし、囲んでいる眷属達は片手で数えられる程になっていた。
「まぁ、良い修行になったろ? これに懲りたら、次は海だの山だのを連れて来い」
「貴様ぁ~!」
「熱くなるなよ、ガキが! 戦場じゃそれが命取りだ。お前らの親は、そんな事も教えてくれなかったのか?」
「くっ!」
「悔しがってる場合でもねぇよ。早く帰って伝えろや。俺とやりたければ、殺す気で掛かって来いってな」
歯が立たないのを十二分に理解させられたのだろう。残った神の眷属達は、逃げ帰る様にその場を去っていく。
残されたアルキエルと言えば、さもつまらなそうな表情となり、ぼやき始める。
「原初の奴等はみんなそうだ。眷属や人間に色々と押し付けて、てめぇじゃ何もしようとしねぇ。だからロメリアみてぇな雑魚が、半端に力をつけやがるんだ。たまには、てめぇらで何とかしてみろってんだ」
不満はまだまだ有る。特に先の協議会は不満だらけだったのであろう。審議を問われていたのは、神性そのものなのだから。
「何がロイスマリア三法だ。それを全て守ってたら、俺の存在価値がねぇだろうが」
戦いの神を冠するのだ、戦いの中においてこそ真価を発揮する。
だからこそ、『ロイスマリアに暮らす者達に、過度の干渉をしない』のは、論外だ。地上で戦争が起きるから、アルキエルという神が存在するのと同義なのだ。
それと同様に、『互いの領域を侵さない』のもアルキエルにとっては足枷でしかない。何故なら、戦争を止めようとする神を少なからずいる。そうなれば、アルキエルにとっては存在を否定されているのと同じだ。
故に、神同士で諍いが起きる。その三法に縛られている為、不自由にしている神も少なからず存在する。それは、ロメリアを代表とする混沌勢以外にも……。
「それより、グレイラスの野郎は上手くやってんだろうな? せっかく俺が囮になってやったんだぞ! もし失敗でもしてたら、先にぶっ殺すのは、グレイラスにしとくか」
立場によって正義は変わるもの。それが、アルキエルの場合は戦いが正義なだけだ。
「もう少し、場が荒れるのを待ちてぇとこだよなぁ。それに、あのガキが成長するのも楽しみだしなぁ」
これから地上がどれだけ荒れるのか、どれだけ強い奴と戦えるのか。そんな事を妄想しながら、アルキエルは期待に胸を膨らませていた。
一方、辺りが暗闇で囲われた陰鬱な空間に、奈落の底から聞こえて来るかの様な低い声が響き渡る。
光が一切届かない隔離された空間には何も無く、ただ黒い塊を愛おしむ様に抱きしめる女神が座っていた。
そこへ、コツンコツンと足音が響き渡る。足音の主は女神に近付くと、静かに語りかける。
「メイロード。言われた通り、ラフィスフィア大陸に火種を撒いて来た」
「ご苦労様、グレイラス」
「ロメリアの状態はどうだ?」
「今は私の神気を分けてるけど、元に戻るには時間がかかるわ。それよりあんた何しに戻って来たのよ」
「後は、アルキエルが戦乱を広める。任せておけば良い」
「そう。あんた暇なら、あのクソガキ共を探して、連れてきて頂戴」
「クソガキと言うのは、フィアーナが肩入れした人間の事か?」
「そうよ。フィアーナの奴がロイマスリアの何処かに飛ばしたはず。殺さずに連れて来るのよ。私が八つ裂きするから」
「そんな事をすれば、アルキエルの怒りを買うぞ」
「知ったこっちゃないわよ! いいから連れて来なさい!」
ヒステリックな声が、辺りに響き渡る。そして、グレイラスは少し溜息をつく。
原初の神々と戦争になったのだ。ロメリアの力がほとんど失われている今、戦えるのは自分とメイロード、そしてアルキエルしかいない。
しかし、メイロードはロメリアに付きっ切りで、戦力としては数えられない。戦いのみに執着するアルキエルは、劣勢である限りは味方でいつづけるだろう。だが、状況が変わればいつ裏切るかわからない。
出来ればもう少し調略を重ねて、原初以外の神々から同調者を増やしたい。そして勢力が二分すれば、少しは戦争らしくなるだろう。
「仕方がない。我は我の使命を全うしよう」
言葉少なくグレイラスは、空間から立ち去る。メイロードは黒い塊を労わる様に、優しく抱きしめ直す。
「あぁ、愛しの君。我が神気を喰らい、お早い復活を。生意気なクソガキ共に神の鉄槌を」
メイロードは黒い塊に分け与える様に神気を高めると、黒い塊は淡く光ながら収縮を繰り返した。
☆ ☆ ☆
神の住む天空の地では、一柱の女神が駆けずり回っている。表情が強張り冷や汗を流しながら走る女神に、一人の女神が声をかけた。
「フィアーナ、少し落ち着いたらどうですか。貴女が慌てると周囲が浮足立つ」
「セリュシオネ。そう言う問題じゃ無いのよ。冬也君が見当たらないの」
「誰です、その冬也君ってのは?」
「私の子供よ。ラフィスフィア大陸に送ったはずなのに」
「へぇ~。貴女、子供なんて居たんですか」
「呑気な事言ってないで、貴女も探してよ。力を貸してくれるんでしょ?」
「呑気なのは貴女ですよ、フィアーナ。前に貴女に頼まれて、異界に転生させてあげた子ならともかく。貴女の子供は役に立つんですか?」
「役に立つ所か、あの子達が今回の鍵なのよ」
「仕方ありませんね」
女神フィアーナが冬也の特徴を話すと、女神セリュシオネが探る様に目を閉じる。そして体内から神気が溢れていく。暫くしてから女神セリュシオネは目を開き、静かに口を開いた。
「どうやら、死んではいない様ですね」
「止めてよセリュシオネ。それで居場所は?」
「それは知りませんよ。貴女が感知出来ないなら、他の大陸なのでは?」
女神セリュシオネの言葉が最後まで終わらない内に、女神フィアーナは走り去った。その後ろ姿を、女神セリュシオネは溜め息を吐きながら見送る。
「大地母神って、何でこうも身内贔屓なんでしょう。メイロードが嫉妬するのは、仕方ない事なのかもしれませんね」
そして女神セリュシオネは、遥か遠くを見る様に呟いた。
「アルキエル。くれぐれも遊び過ぎない様に、お願いしますよ」
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