第八十五話 スポーツを伝えよう
それからの数日も、騒ぎは続く。
ミノータルの町々から多くの人が訪れ、ミノータル国の元首も顔を出した。騒ぎが収まる様子が無い為、町長からペスカ達に暫く町に滞在して欲しいと懇願された。
アンドロケイン大陸の情報を得ていたペスカ達は、農業機械の試作機が完成した段階で、旅立つ予定だった。しかし町長の懇願に圧され、ペスカ達は一週間ほど、滞在期間を伸ばす事になった。
町の滞在期間を延ばし、途端に暇を持て余したペスカの企みは、そこから始まる。先ずペスカは、空と翔一に魔法の指導を行った。
「やっぱり、イメージの具現化って難しいね」
「チッ。爽やかな笑顔で謙遜すんな、頭脳系イケメン」
既に自力で魔法の習得をしている翔一は、教えているペスカが舌打ちして悔しがる程に上達が早かった。
大抵の国の兵士には、魔法の習得が必須で有る。兵士の中でも特に魔法に秀でた者は、近衛隊や騎士隊に所属を許される事が多い。しかし彼らは、幼少の頃から誰もが並々ならぬ努力をしている。
魔法を習得する際に難しいのは、イメージの具現化である。例えば、炎を起こすイメージや風を起こすイメージである。仮に日ごろ目にしているものであっても、それがどういった原理で起きる現象なのかまでは知り得ない。
ただ日本人の場合は、義務教育時に自然科学の基礎を学び、実験でより具体的な知識の習得をする。
この教育課程による、違いは大きいだろう。原理を知ると、イメージがより鮮明になる。また、応用が利く様になる。それは、一つの形に止まらず、様々な現象を引き起こす事も可能になる。
たった数日で、近衛隊に匹敵する魔法の使い手になった翔一を、嫉妬する兵士は多い事だろう。
また空に対しては、防御系と回復系を限定して魔法教えていた。
「ペスカ、空ちゃんには、色々教えてあげないのか?」
「良いんだよ。魔法で攻撃する大和撫子を見たいと思う?」
「いや、見たくねえな」
「それに、空ちゃんのオートキャンセルって、下手な魔法よりよっぽど無敵でしょ?」
「確かにな。糞野郎の力だって防いだし」
「そうそう。糞ロメを封じてもいたし」
ペスカと話をしながら、冬也が魔法の訓練をしている空に目をやると、視線に気が付いた空はポツリと呟く。
「私、冬也さんの援護が出来るなら嬉しいです」
顔を少し赤らめながら、空は小さく拳を掲げた。
「俺も頑張らなきゃな」
魔法の訓練に励む空と翔一を見て、冬也も意欲を燃やす。冬也は神気のコントロールと剣術や体術訓練に、時間を費やし始めた。
ある程度空達に魔法を教えると、今度はペスカに時間の余裕が出来る。そしてペスカは、余暇を使ってとあるレクリエーションを思いつく。
それは、空の何気ない一言からであった。
「ミノタウロスの人達って、たまに体をぶつけ合ってるよね。何かの風習なのかな?」
「あぁ、あれって何だろうね。笑顔な気がするし。風習ってより、習慣なんじゃない?」
「そっか。でもさ、痛くないのかな?」
「だって、すっごく頑丈そうだし」
相対する両者が少し距離を取ると、互いを目掛けて走り、胸をぶつけ合う。それは街中で、時折見かける光景だった。
最初は、彼等が何をしているのかわからなかった。その行為についてペスカが尋ねると、ミノタウロスは笑って答えてくれた。
「はははっ。これは私達の遊びみたいなものですよ」
「遊び? これが?」
「ええ。こうやって、発散しているのです」
「体をぶつけ合って発散って……。でもさ、そういう事ならアレが合うんじゃない」
「アレとは?」
「スポーツだよ。思いっきり走るし、頭も使うし、発散には持ってこいの遊びが有るんだよ」
「それは、面白そうですね」
そうして、始まったのがラグビーであった。
先ずは、家畜の皮を使ってボールを作る。そして、休憩中のミノタウロス達を集めて、ルールの説明を行った。
特に紳士である彼等には、ラグビーの精神である『ノーサイド』や『ワンフォーオール』等が響いた様で、感嘆の声を上げていた。
それから、ボールを使ってのパス回しや、タックル、そしてスクラムの練習を行う。その練習には、男女入り混じっての参加になり、誰もが楽し気な声を上げていた。
その様子が、たまたま訪れていたミノータルの国家元首の目に留まる。そしてラグビーに興味を持った国家元首は、模擬試合を提案した。
それからの行動は、実に早かった。農園の外には広大な草原が広がっている。試合をするには充分な広さだ。そして、彼らは器用だった。あっという間にゴールポストを立て、試合場を作り出す。
ただ、いきなりフルタイムの試合は無理だろう。故にペスカは、時間を短くして『試合形式』の練習をさせる。
試合の数を熟す程に、その奥深さがわかってくるのだろう。ただ、走ってぶつかるだけじゃなく、どの様な戦略で相手のタッチダウンするのか。彼らは、そんな事を真剣に考える様になっていく。
「う~ん。これは思ったより難しいな」
「これはただの遊びでは有りませんぞ」
「ペスカ殿。この国で広めても宜しいか?」
「構いませんけど」
「ありがたい。あぁそうだ。我が国だけで独占するのは、勿体ない。必要が有れば、他国へ知識の伝達がしたい」
その言葉には、流石のペスカも目を見開いた。知識の独占を行わない等、とても国家元首の言葉とは思えない。生まれながらのお人好し種族なんだと、微笑ましくさえ感じた。
「農具の件も有る。幾らかなら融通しよう。これ位なら如何か?」
国家元首が提示したのは、アンドロケイン大陸だけでなく、ラフィスフィア大陸のどの国でも、数年は遊んで暮らせる大金だろう。
だが、ペスカはその提示額に対し、首を横に振る。
「いいですよ。でも、欲しいのはお金じゃないんですよ」
「では何を所望されるのです?」
「情報と移動手段。それと、アンドロケイン大陸における、身分の証明ですね」
「そんなもので良いんですか? 馬車なら直ぐに用意しましょう。身分の証明は首都に行けば手に入る。私から、とりなしておきます」
「助かります」
「それで情報とは、どの様なものでしょう?」
「ラフィスフィア大陸へ渡る方法です」
「地理的に、ラフィスフィア大陸に近いのは我らの国です。しかし、我らは航行技術を失っている」
「そうなると、何処へ行くのが良さそうですか?」
「もしかすると、キャトロールを抜けて、マールローネへ目指すのが良いかもしれない。マールローネは魚人の国で漁業が盛んです。しかし、現実的とは言えるかどうか」
「どうして?」
「我らの祖先は、大型船で海を渡ったと聞いてます。マールローネにその様な船が有るとは、聞いた覚えが無い」
「そっか。でも、一番可能性は高いって事だよね」
「その通りです。私にもあの国の詳細はわかりません。取り敢えず首都に行くのなら、図書館が有ります。そこには、過去の記述や航海日誌も残されてます。先ずは、色々調べてみては如何でしょう?」
「わかったよ。ありがとう」
「でも、こんなもので対価になるんですか? 道中で、金は必要でしょう?」
「う~ん、いいよ。困った時に、助けて貰えれば」
「それならば、お任せ下さい。我が国の恩人達を、無下にする事は決してない!」
「ありがとう。助かるよ」
その後、気をよくしたペスカが、農園管理や野菜の育成についてのアドバイスをする。国家元首を始めミノタウロス達が大喜びしたのは言うまでも無い。
国家元首や各町の要人達が去ると、町に平穏が訪れる。荷馬車を手にしたペスカ達は、出立の準備を始めた。
「いつまでも、いて下さって良いんですよ。あなた方はこの国の恩人なのですから」
優しくメイリーが語りかける。出立準備は町中の住民達が協力をし、多くの保存食を譲ってくれた。そして出発の日は、町中揃っての見送りとなった。
「出立なさるのですね。あなた方には本当にお世話になりました」
町長が代表して挨拶をすると、ペスカ達は揃って頭を下げた。
「ここから街道を南に向かえば、首都に辿り着きます。そこで通行許可証を受け取って下さい。首都から一日ほどで、キャットピープルの国に着くはずです。キャトロールを抜ければ、マールローネです」
「何から何まで有難うございます」
「お気をつけて~!」
ペスカが代表して町長に答え、住民達の声援に見送られて出発する。
「最初はどうなるかと思ったけど、すげぇいい奴らだったな」
「そうですね、冬也さん。色々貰って、助かったのは私達ですね」
「まぁ、取り合えず必要な物は手に入ったからね。ラフィスフィアへ帰る方法を考えないとね」
荷馬車の御者席には冬也の姿が有り、幌の中から空とペスカの声が聞こえた。ガタゴトと揺れる荷馬車の音は、穏やかな平和を世界を彷彿とさせる。
世界の裏側で進行中の事態を、ペスカ達は未だ知らない。
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