第八十四話 農業に革命を起こそう

 ミノタウロスが運営している農園は、一九世紀のヨーロッパで普及した輪栽式農業を主体とした農法が行われ、農作物以外に豚の飼育がおこなわれていた。


 そして彼らは、農法の開発に余念が無かった。


 まだ、ペスカが農業改革に取り組む前のエルラフィア王国では、収穫量が落ちたら神に祈るのが一般的だった。しかし、彼らは違う。連作障害対策、有機肥料の開発、農地の転用、品種改良等、様々な事に力を注いでいる。


 ただ農作業自体は、ミノタウロスの類まれな筋力に任せて、鋤を使った耕うんや収穫作業を行っていた。そこでペスカは、メイリーの紹介で町長と面談をし、農業機械の導入を提案した。


「ま、まさか、それが有れば、耕作も収穫も格段に能率が上がると言うのですか?」

「その通りです。数日頂ければ試作機を提出します」

「な、何と。有難い。是非、是非お願いいたします」


 ペスカの説明に、町長は身を乗り出す様に興奮して食いついてくる。ただ、これまでの町の様子や、ミノタウロスの人柄を見て、冬也は疑問を感じていた。そして冬也は徐に、その疑問を町長に投げかけた。


「あのさ、町長さん。あんたら怖い顔の上に、かなり強そうじゃねぇか」

「はい。体の丈夫さだけは、自信があります」

「それにさ。俺達と違う種族なら、普通はあんたらの方が警戒するだろ。でも、あんたらはすげぇ親切にしてくれた。それに、頑張って農業やってるのは、良い事だと思うぜ」

「我々は、争いを望みませんから」

「あんた等は、お人好し全開の種族なのか?」

「そうですね、少し昔話をしましょう」


 冬也の問いに、町長はゆっくりと説明を始めた。


 事の起こりは、数百年前である。彼らの祖先は、ラフィスフィア大陸に住む人間であった。祖先達が暮らす国は、戦争をし勢力を広げていた。その延長線上にあったのが、大陸を渡り未知なる富を得る事である。


 欲をかいたその国は大船団で海を渡り、アンドロケイン大陸に攻め込んだ。そして、我が物顔で多くの物を奪い、焼き、殺し尽くした。

 その行為は、ある女神の怒りを買う事になる。それが、アンドロケイン大陸の大地母神、ラアルフィーネである。女神ラアルフィーネは、攻め込んだ人間に罰を与えた。


 先ずは攻め込んだ者達に、アンドロケイン大陸中を農作物で満たす事を命じた。しかし、大船団で攻め込んだとは言え、数千人程度である。大陸中の飢えを満たす農作物など、作れるはずが無い。


 そして次に、人間の姿をミノタウロスに変え、強靭な肉体を与えた。結果として肉体労働には、十二分の体力を得られた。しかし、ただそれだけでは罰にならない。最後に女神ラアルフィーネが命じたのは、マナの使用禁止だった。


 マナを使わず、ただ己の肉体だけを酷使し罪を償え。それが女神ラアルフィーネの定めた罰であった。

 

「確かに我らの頑強な肉体であれば、戦闘も容易でしょう。しかし、我らはその罪を世代を通して、贖っていかなければなりません。農業を発展させ、この大陸を潤す事は我らの使命なのです」


 神の定めた事とは言え、それを守り続けるのは、どれだけ大変な事か。ましてや、今の世代には、無用な罰であろう。

 それでも彼らは、過ちを悔いて未来を切り開こうとする。町長の言葉を聞いて、冬也のやる気にも火が付く。


「いいぜ、町長さん。力仕事は俺達が手伝うぜ。メイリーさんの家に泊めて貰った恩も、返さなきゃな。そうだろ翔一!」

「あぁ。そうだね冬也。僕も力になるよ」

「わ、私もなにか」

「空ちゃんは、私の手伝いかな」


 それから冬也と翔一は農作業の手伝い、ペスカと空は納屋を借りて農業機械の作成に取り組んだ。そして懸命に働くペスカ達は、二日と経たずミノタウロス達に溶け込んだ。


 最初は異様な怪物に思えたミノタウロスの姿も、慣れてしまえば只の亜人である。穏やかな性格のミノタウロスに、ペスカ達が馴染むのは早かった。


 町長に依頼し、数名のミノタウロスの男達の手を借り、農業機械の試作機は作られて行く。ペスカは、男達に機械の材料の調達と組み立て方を指示し、空には魔石の精製方法を教えた。


 しかも、現在のエルラフィアでも開発されて無い、新型の魔石を空に大量生産させた。


 ペスカ監修の下、約束通りの日数で、耕作機と収獲機が完成する。マナの扱えないミノタウロスでも使用可能の、半永久マナ運用システム。ペスカが考案した、新システム搭載機の完成だった。

 町長に試作機が完成した事を伝えると、直ぐに試運転が行われる事になる。町中に噂が広がり、試運転には、住人全員が興味を持って集まった。


「そこの突起を押して、動かすんだよ」

 

 ペスカが町長に説明をし、いざ試運転が開始される。町長がレバーを握り、ペスカの指示したボタンを押す。すると、機械の前面に据え付けられたローターが回転し、少ない力で畑が耕されていく。


「す、凄い、凄いですよペスカ殿! なんて事だ! 力を入れなくても、勝手に耕してくれる! それに、あっという間だ!」


 町長の驚きは住民全体に伝播し、どよめきが上がる。続いての試運転は、収穫期の麦の収穫で試す事になった。収獲機のレバーを握る町長は、再び驚きの声を上げる事になる。

 先程と同様にボタンを押すと、前面の下部に取り付けられた大型の刃が、一気に麦を刈り取る。そして束を作り麻で縛り、進行方向の右側に排出される。

 一連の作業がスムーズに行われるのを目の当たりにして、住民全体から割れんばかりの歓声が上がった。


「な、な、何ですか? これ、何でこんな簡単に、収獲が出来るんですか? ペスカ殿、これを量産は出来るのでしょうか?」

「可能だよ。動力源の魔石は空ちゃんが頑張って作ったし、機械の作り方は手伝ってくれた人達に教えて有るからね」

「あ、有難う。有難う。あぁ、なんと素晴らしい。ペスカ殿有難うございます」

  

 町長は涙をボロボロと流しながら、ペスカに頭を下げる。住民達が自然とペスカに集まり、盛大な胴上げを行う。ミノタウロス膂力に、あり得ない高さでペスカが宙を舞う。


「いや~! 高い、高いってば! 力任せに胴上げしないで~!」


 ペスカの叫び声は、住民達の歓声にかき消され、暫く胴上げが収まる事は無かった。

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