第八十三話 ミノタウロスの住む町

「走って! 走って! ボールを回して!」

「お~タックルで止めたよ! この瞬間は、いつ見ても興奮するね」

「いいよ~、みんな~! 頑張って~!」

「あ~、次の試合は僕も参加したいぞ!」

「突っ込み過ぎ! ほら、止められた!」

「くっそ~。うずうずする~!」

「みんな、興奮しすぎて怖いよ」

「仕方ないよ、空ちゃん。スポーツの応援なんて、だいたいこんなもんだよ」

「工藤先輩は兎も角、冬也さんはウズウズしてない?」

「まぁ、お兄ちゃんだしね。混ざりたいよね」


 多くのギャラリーの前で、とあるラグビーの試合が行われていた。そして、主審は博識である翔一が務め、副審を冬也が務めていた。

 試合は熱中し、声援が飛び交う。無論、プレーをしている側も激しい当たりを繰り返し、ギャラリーを興奮させていた。


 何故、彼等はラグビーをしているのか。それは時はニ週間程前に遡る。

 

 ペスカは女神フィアーナに、ラフィスフィア大陸に送ったと聞かされていた。ラフィスフィア大陸であれば、例えそこがどの国であろうと、ペスカの知名度は高い。そして、旧友と呼べる存在も点在している。


 ペスカは安心して、翔一の探知を頼りに近くの街を目指した。


 暫く歩いていると、見渡す限りの農園が広がり始める。やがて農園の先に、町が見えて来る。城壁どころか柵すら無い、農園の中心に位置する町である。


 今、自分達のいる場所に検討がつかない。町が有れば、人がいるはず。情報が聞ける、そして食事も出来るはず。ペスカ達は、喜び勇んで町へと走っていく。しかし、辿り着いた先の町にいたのは、人間では無かった。


「きゃ~!」

「うわ~!」


 街を歩いていたのは、頭が牛、首から下は人間の怪物であった。その光景に空と翔一は、大きな悲鳴を上げる。そして、冬也は黙って臨戦態勢を取る。


「ちょっと待って! 二人共、落ち着いて。大丈夫、あの人達は大丈夫だよ」

「何が大丈夫だってんだよ、ペスカ」

「あの人達は、亜人って言うの。人間と同じ様に言葉を喋るし、知能も高いんだよ」

「はぁ? 牛が?」

「確かに、立って歩いているしね。知能が高い証拠かな」

「でも、怖いよ」


 ペスカの言葉で少し落ち着いたのか、翔一は興味深そうに彼等を見つめ始める。しかし、空は依然として振るえていた。

 それはそうだろう、何せ頭が牛なのだから。幾ら知能が高いと言っても、凶悪そうに見えるはずだ。


「あの人達は、ミノタウロスって言うの」

「ミノタウロスって、神話の?」

「そうだよ、翔一君」

「じゃあ、私達はみんな殺されちゃうの?」

「そうはならねぇよ。俺がみんなを守ってやる」

「でも、なんでミノタウロス? いつ、ラフィスフィア大陸に移住して来たんだろ?」

「移住? ミノタウロスは、別の国に居たみたいな言い方だね」

「そうだよ。ミノタウロスは、こことは違うアンドロケインって大陸に住んでるんだよ」

「へ~!」

「へ~じゃねぇよ、翔一! なんか近付いて来るぞ!」


 ペスカ達が視界に入ったのだろう。街を闊歩している内の一人が、ゆっくりとこちらに近付いて来る。

 こちらに害を加えない事は、気配でわかる。しかし、油断をしてはならない。そうして、冬也は空と翔一を自らの背後に隠す。


「旅の人ですか? 人間とは珍しいですね。ようこそ、ミノータルへ」


 警戒心を露わにする冬也に対して、柔らかな口調でミノタウロスは話しかける。


「怖がらないで。私達は人間に危害を加えません」


 但し、その言葉を理解出来ているのは、冬也とペスカだけだ。他の二人は、ミノタウロスが何を喋っているかは、全くわからない。

 

 わからないというのは、時に恐怖へと成り得る。


 相手が何を考え、どんな行動を起こすのかを知らないから、警戒をする。知っていれば、不必要に警戒をする事はない。それが、人間の心理であろう。

 

 それは、ペスカも同様だ。知識で知っているのと、実際に見たのでは印象は全く異なるだろう。

 それに、知っている知識とて間違っている可能性も有る。今はこちらに害を加える様子は無くても、何がきっかけで彼等の怒りを買うかわからない。


 そうなったら、戦いになるのは避けられまい。当然ながら、相手もこちらを知らないはずなのだから。


 そして、ペスカは慎重に言葉を選びながら、声をかけて来たミノタウロスに答える。


「あの~、つかぬ事をお聞きしますけど」

「あぁ、良かった。私の言葉が通じてたんですね」

「はい。ここってラフィスフィア大陸の何処ですか?」

「ここは、アンドロケイン大陸ですよ」

「アンドロケイン? 本当に?」

「えぇ。ここは、ミノータルです。小国ですが、暮らしやすくて良い所なんですよ」


 その言葉に、ペスカは驚愕を露わにする。何せ、聞いていた話とは違う。今いるのは、別の大陸なのだ。

 

「あの駄女神! 完全に違う大陸じゃない!」

「大陸が違うって何がだ?」

「この世界には、四つの大陸が有るの。この間まで私達がいたのは、ラフィスフィア大陸。ここは別の大陸なの!」

「それは不味いのか?」

「不味い所の騒ぎじゃ無いよ、お兄ちゃん。エルラフィア王国に戻る所か、ラフィスフィア大陸に戻るのさえどえらい騒ぎだよ。どうやって帰れって言うのよ!」


 ペスカは息巻いていた。冬也は事態を飲み込めていない。空と翔一は青筋立てたペスカの表情で、何と無く察した様だった。


 人間の暮らすラフィスフィア大陸ならば、英雄ペスカの名は絶大な効果を得る。しかし、亜人の暮らすアンドロケイン大陸には、英雄ペスカの威光は通じない。

 そして海を隔てた大陸を渡るには、長い航海を要する。しかし両大陸間の航行は、途絶えて久しい。それはラフィスフィア大陸に帰還する、大きな障害となるのだ。


「そもそも私、アンドロケインなんて来たこと無いんだよ!」

「来ちまったものは仕方ねぇよ」


 怒り心頭という様子で、小刻みに体を震わせるペスカを冬也が宥める。しかし、アンドロケイン大陸という事で別の問題が生じる。


 元々ペスカ達は、ロイスマリアで流通する通貨を持ち合わせていない。エルラフィア王国には知人がいる為、それでも何とかなった。アンドロケイン大陸に訪れた経験の無いペスカに、頼れる知人は存在しない。

 大陸が変われば、流通する通貨も変わるだろう。だがそれ以前に、四人は一文無しなのだ。


「あの~。私達、旅をしているんですが、この大陸で通用するお金を持って無いんです。何処か泊めて頂く所は、無いでしょうか?」

「えぇ、構いませんよ。これも何かの縁です。私の家でよければ、いつまでもお泊り下さい」


 ペスカのお願いに、ミノタウロスは快く引き受けてくれる。ミノタウロスの言葉が解らない空と翔一は、依然として震えている。


「大丈夫だ、二人共。何か有れば俺が守ってやる」

「あ~、何言ってるかわかんなければ、やっぱり怖いよね。二人には翻訳の魔法をかけてあげる」


 言葉が理解出来れば、少しは安心するだろう。それは、ペスカの思い違いだ。


 冬也は童話の常套手段を思い浮かべ、警戒を解いていない。親切にしておいて、夜中にこっそり食べに来る。そんな事を考えていた。

 空と翔一も似た様な事を考えていたのだろう。穏やかに話すミノタウロスを、疑心感が溢れる眼差しで見ていた。


 しかし、三人の予想は良い方向に外れる事になる。


「申し遅れましたが、私はメイリーと申します」

「メイリーって、女みたいな名前だな?」

「女ですよ。人間の方々には区別がつかないようですが」

「え~!」

「え~って失礼だよ、お兄ちゃん」

「構いませんよ。ウフフ」


 笑っているのだろうか、人間から見れば笑顔も怖い。しかし、メイリーは人当たりの柔らかい女性だった。そしてミノタウロスは、穏やかで争いを好まない種族であった。


 人間であるペスカ達を、家族一同で持て成してくれた。無論、夜更けに襲われる事も無い。それどころか、この大陸の情報を細かに説明してくれた。その上、町中から寄付を募り、ペスカ達に路銀を持たせてくれた。


 ここまで親切にされると、ペスカのやる気に火が付く。そしてペスカは、メイリーに農園の案内を要求し、冬也達三人を連れて農園を巡る事になった。

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