第六十九話 修行の第二段階

「ほら、そろそろ反撃するぞ。避けるか受けるかしろ。いてぇぞ!」


 翔一の突きが少し様になった所で、遼太郎は反撃を始めた。翔一の拳を簡単に受け止めると反対の手で掌底を放つ。勿論、本気では無い。

 ゆっくりと放たれた遼太郎の掌底は、翔一の胸を捉える。そして、掌底の勢いは胸から背に抜けた後、翔一を後方へと大きく吹き飛ばす。翔一はゴロゴロと庭を転がり、塀へとぶつかる。


「だから避けるか受け止めるかしろって言ったんだよ。でもよ、その痛みにも慣れろよ」

「はい」


 禄に喧嘩した事が無い翔一には、初めての痛みであった。


 息が上手く出来ずに、ただ咳き込むだけ。倒れて転がった時の痛みが、体中に広がっている。でも、直ぐに立たなければ。翔一が考えたのは、それだけだった。

 強引に息をして、呼吸を整える。そして、痛みは考えない。翔一は走った。


 遼太郎まで距離が有る。そして、自分の拳では遼太郎には通じない。だから、翔一は勢いをつけた。助走をつけた勢いを殺さない様に、拳を突き出す。


 遼太郎はそれを敢えて避けなかった。翔一の拳は、遼太郎の胸を打ち抜く。そして、ようやく遼太郎を一歩だけ退かせた。

 全力を籠めた一撃を放ち、翔一はその場で膝から崩れる様にして倒れる。 


「よくやった。でも、限界の様だな。少し遅いが飯にするか」

「は、はい」


 やっとの事で口を開くも、一言だけで精一杯だ。そんな翔一を担ぐ様に抱え、遼太郎は屋内へと戻っていく。


「ホント感心するぜ。こいつ、案外根性が有るじゃねぇか。最初っからマナを使い果たすなんて奴は、冬也くらいなもんだ。まぁ冬也は、単純だから出来たんだけどな」 


 一方、空の瞑想は続いていた。こちらも、集中力に関しては最たるものだろう。それに、空の周りには透明な膜が出来ていた。

 ペスカの名付けたオートキャンセルが発展したのだろう。それは、空にとっての第一歩になる。


「おい、お前ら。飯にするぞ。ペスカ、あの馬鹿を呼んで来い」

「ん? もうそんな時間?」

「え?」


 遼太郎は、翔一を床に降ろすとペスカ達に声をかける。その瞬間、空の集中は途切れて、自身を覆っていた膜は消え失せた。


「空。お前も第一段階はクリアだな」

「へ? 第一段階?」

「お前、気付いて無かったのか?」

「え? いや、え? 何を?」

「お前、自分の周りに能力を広げてたろ?」

「あ~、それですか。何か、出来るかなって思ったら」

「それが、お前の第一段階だ。こっからが、本当の修行だ。その前に飯だけどな」

 

 流石に疲れたのだろう、何時間も集中してマナを操作したのだから。その上、自分の能力まで高めていたのだから。空は仰向けになる。そして、大きく息を吐いた。


 暫くして冬也が自分の部屋から戻って来る。ペスカは冬也を呼んで来た後、直ぐに仰向けになって寝ころんだ。

 普段のペスカなら、冬也に絡んでいてもおかしくはない。だが、そんな様子もない。それだけ疲れているのだろう。そう感じた空は、静かに目を閉じた。


 少しウトウトしていたのだろう、遠くから冬也の声が聞こえる。


「みんな、飯が出来たぞ。今回はスタミナ料理だ」

「悪いね冬也。手伝いもせず」

「すみません、冬也さん。任せっきりで」

「仕方ねぇよ、疲れてるんだろ。午後も有るんだ、しっかり食べるんだぞ」

「わかってる」

「はい、冬也さん」


 空腹は感じている。しかし、食べられる気がしない。でも、食べなければ修行についていけない。食べる事も修行の一環だ。そして、翔一と空はおかずを口に詰め込んだ。


 その様子を見て少し笑みを浮かべると、ペスカは冬也の顔を覗き込んだ。


 表情だけを見る限りは、至っていつもとは変わらない。でも、記憶を取り戻す前とは様子が違う。何か焦っている様な、それでいて俯瞰して眺めている様な、どちらとも取れない様な佇まいだ。

 

 ただ、冬也の気持ちが痛い程にわかってしまう。それだけ、あの敗北は決定的だった。傷を負わせる事が出来た、追い詰める事も出来たのだろう。しかし、ロメリアの本気には抗えなかった。


 力が足りないと焦っているのは自分もなんだ。だから、神の力に対抗出来る位、マナを高めないといけない。

 しかし、冬也は少し違うのかも知れない。神気に触れた事で、何か別の領域に踏み込んだのかも知れない。

 それは、食事中の様子にも現れている。いつもなら、苛立ちを無理に隠そうとして笑うのだ。しかし、今は泰然としている。


 そんな三者三葉の食事が過ぎていく。片付けが終わると、冬也は自分の部屋へ戻ろうとする。そんな冬也を、遼太郎が引き留めた。


「待て冬也」

「あ?」

「お前の第一段階も終わりだ」

「終わっちゃいねぇよ」

「つべこべ言わずに、いう事を聞け!」

「ったく、仕方ねぇな」

「空、お前はさっきやった様に、自分を守るシールドみたいなのを出せ」

「はい、わかりました」

「冬也、お前はそれを壊せ」


 遼太郎の言葉に、空は首を傾げている。しかし、冬也はその意味を理解したのだろう。


 それは、相手の攻撃を往なしたり、受け止めたりする訓練と同じだ。それに、自分がマナをコントロールし、攻撃に強弱をつけてやれば、空のオートキャンセルは強化されるだろう。


「わかった」

「え? 冬也さん?」

「まぁ、俺に任せとけ」

「はい」

「それで、僕は先程の続きって事ですね?」

「そうだ翔一。ちっとは組手らしくなる様に頑張れ」

「翔一、お前なら出来る」

「冬也……」


 ペスカは珍しく翔一を揶揄わずに、瞑想を始める。そして遼太郎と翔一は、再び庭へと戻っていく。そして空は床に座って、オートキャンセルを発動させた。


「良いか空ちゃん。俺はこれから君を攻撃する。その攻撃をオートキャンセルで防ぐんだ」

「攻撃って、冬也さん?」


 空の問いかけを遮る様に、冬也は手刀を振り下ろしてオートキャンセルを打ち砕く。


「こういう事だ。最初は弱い攻撃にするから安心してくれ」

「そうは言っても。冬也さんの攻撃を防げって……」

「いいから、やってみようか」

「え? あっ、はい」


 流石に冬也も有無を言わせなかった。戦いに参加する云々はさておき、この方法でなら空も自分の身を守れる様になると考えたからだ。


 いつ何時、空が能力者に襲われるかはわからない。そして、その場に自分が居ない可能性だって有る。そんな時、オートキャンセルは自分の身を守る盾になる。

 

 勿論、悪意に反応して自動的に発動する事だって有るかも知れない。でも、それが絶対じゃない。不意を突かれればそれまでだ。

 そんな事が起きない様に、訓練して鍛え上げていた方がいい。


「じゃあ、続きを始めるぞ。空ちゃん、最初は怖いだろうが、それにも慣れてくれ」

「はい」

 

 空は再び能力を周囲に展開させる。そして、冬也の手刀が自分めがけて振り下ろされる。自分を攻撃しない事はわかっている。それでも怖い。思わず目を瞑ってしまう。


「きゃあ」


 冬也の手刀がオートキャンセルに届く前に、空の能力は悲鳴と共に砕け散る。


 先程は不意を突かれてオートキャンセルを壊されたので、空はキョトンとしているだけだった。今回は違う。明確に攻撃の意志を持って、手刀が振り下ろされたのだ。

 喧嘩どころか諍いすら縁が無かった空にとっては、何よりも怖い事だろう。


「空ちゃん。怖けりゃ目を瞑っててもいい。誰だって怖いもんは怖い。それは仕方ねぇんだ」

「でも、それじゃあ」

「いいか? その怖さから逃げろ」

「いいん、ですか?」

「それが空ちゃんの能力だろ? 俺は空ちゃんを攻撃するつもりで切る。だから、その意思を防げ!」

「はい」


 何も、翔一の様に冬也に向かって行かなくてもいい。それどころか、逃げたっていい。それは、空の心を軽くする。


 攻撃の意思に反応出来る様になる事、先ずはそれが自分の能力を鍛える第一歩なんだ。怖いけど、逃げたいけど、逃げて良いって言ってくれたけど、それもこれも全部呑み込んで前を向かないと、ペスカちゃんと冬也さんには着いていけない。


 それから、空は能力を展開し続けた。そして何度も冬也に壊された。それを繰り返し、空は徐々に感覚を掴んでいく。己の身を守る方法を、そして攻撃意思を弾く方法を。


 壊される毎に、空のオートキャンセルは強く硬くなっていく。そして、冬也は少しずつ力を高めて攻撃をする様になる。少しずつであっても、それは確実に成果を上げようとしていた。

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