第七十話 本当の修行

 何でも器用に熟す奴は存在する。そんな奴だからこそ、途中で飽きて投げ出してしまう。反対に、小器用に出来ないからこそ、努力が出来る奴は大成する。


 確かにそれも事実なのだろう。


 しかし、才が有る者が努力をしたら、凡人に勝てる余地は無い。そして翔一は、黙々と努力が出来る男であった。だから、あらゆる教科で好成績を収めたのだろう。


「格闘に関しては、まだまだだ。でも、続ければそれなりになる。だから、お前には逮捕術ってのを教えてやる」

「逮捕術ですか?」

「あぁ。冬也達が行った様な異世界では、殺し合いが前提になる時も有るだろうけどな。現代社会ではそうじゃねぇだろ」

「勿論です。戦争じゃあるまいし」

「対能力者においても、それは言えるはずだ」

「確かに、犯罪を犯したなら猶更、安全に確保する事が先決だと思います」

「だからな、逮捕術だ。お前が俺の部下になろうが、そうじゃ無かろうが。身に着けておいて、損はねぇ」

「仰る意味は理解しました。お願いします」


 逮捕術と言っても、日本の警察が行う様なものとは違う。海外の警察が行うものでも無い。合気道や柔術を基本とした技に、日本や海外で取り入れられている技を組み合わせた、遼太郎のオリジナルである。


 但し、基本そのものはどれも、そう変わらない。


 だから最初は、簡単な護身術に似た様なものから、レクチャーを始めた。そして、翔一には言葉よりも実戦で教えた方が良いだろうとも、遼太郎は考えていた。


「わかるか? 無理やり力尽くって訳じゃねぇ。それは本物じゃねぇ」

「はい!」

「相手の動きをよく見ろ! 俺がどう動こうとするのか、よく考えろ! それで、俺の攻撃を利用しろ!」

「はい!」


 言葉通りに反応出来たら、それこそ訓練は必要ない。だからこそ、繰り返し行って身に着ける必要が有る。

 そして、翔一は真摯に向き合った。一時間もしない内に、そこそこ形になったのは、翔一の才能と努力の成果であろう。


「取り合えず、形になったなら実戦だ。俺は本気でお前をぶっ飛ばす。俺の攻撃を躱しながら、拘束してみろ」


 遼太郎さんは、自分に色々と教えてくれる。それは自分の選択肢を増やす事にも繋がるはず。このまま遼太郎さんのお世話になるにしても、冬也に着いていくにしてもだ。必ず、身に着けた事が役に立つはず。だから、貪欲に吸収しよう。


 恐らく、そんな心が翔一を支えて来たのであろう。そんな翔一だからこそ、遼太郎は自分の部下にと欲したのだろう。

 如何に利用価値が有る能力を持っていたとして、努力が出来なければ置いて行かれるだけだ。それを知っているからこそ、自らの手で翔一を鍛えようとしたのだろう。


 そして、翔一は遼太郎の思いに応えた。


 翔一の訓練は過酷を極めた。それは、一方的にも見える程であった。遼太郎は容赦なく拳を振るう。それを避けられず、翔一は何度も吹き飛ばされる。

 遼太郎の拳を食らい、翔一の整った顔は次第に腫れあがって行く。体の痛みは翔一の動きを鈍化させていく。

 

 それでも翔一は食らいつく。翔一が少し慣れてくると、遼太郎は正面からだけではなく、死角からの攻撃も増やす。

 

 一時間、二時間と経過し、それでも翔一は立っていた。足がガクガクと振るえ、両手が上がらず、マナも禄に扱えなくなっても、まだ翔一の目には闘志が宿っていた。


 もう終わりでもいい。これで、修行が完成したと言ってもいい。それだけの事を翔一は成し遂げたのだ。しかもこの短時間で。

 しかし、翔一の選択肢次第では、ここで終わりにする訳にはいかない。相手は、普通とは次元が異なる。それには、最低限身を守るだけじゃ足りない。生き残れる力を身に着けさせなければならない。


 だから、遼太郎は手を抜かなかった。完全に翔一の意識が途絶えるまで。


 一方、冬也も空に対して容赦は無かった。ひたすらにオートキャンセルを壊し続け、その度に空を叱咤する。

 そして空も簡単には諦めなかった。自分の為、ペスカの為、そして冬也の為に、ひたすらオートキャンセルの強化を続けた。


 気力が尽きるのが早いか、マナが空になるのが早いか。そして、空が気を失った所でその日の訓練は終わりを告げ、翔一を担いだ遼太郎がリビングに現れる。

 翔一を降ろすと、遼太郎は空の様子をじっと眺める。その後にペスカの様子を眺めた後、冬也に声をかけた。


「空の出来は?」

「上々だよ。すげぇよ、空ちゃんは」

「こっちもだ。お前より、よっぽど才能があるぞ」

「そりゃあ、俺の尊敬する親友だからな」

「それなら、連れてってやれ」

「それだけは聞けねぇ」

「相変わらず頑固だな。俺みたいに頭を柔らかくしろよ」

「そう言う問題じゃねぇんだよ。二人には危ない事に顔を突っ込んで欲しくねぇ」

「だから、鍛えてんだろ? それにお前もわかってんだろ?」

「わかってる。空ちゃんの能力は、あの糞野郎にも有効だ」

「だったらよぉ」

「だからこそだろ! 空ちゃんが糞野郎に狙われる事になったら、大変だろうが!」

「はぁ、お前はホントに馬鹿だな。この間も言ったろ? もう関わってるんだし、狙われてんだよ!」

「もう少し。もう少し様子を見させてくれ。翔一がすげぇ頑張ってるのわかってる。空ちゃんもだ。意識を失うほど頑張るなんて、並大抵の根性じゃねぇ」

「それでも、いざとなったら止めるか?」

「あぁ。あの糞野郎は俺が倒す!」

「お前独りで出来るとでも?」

「出来る様にする!」

「無茶苦茶な事を言ってんのは、自分でも理解してんだろうな?」

「わかってる。それでも、翔一や空ちゃんを巻き込むよりはマシだ」

「けっ! 頑固野郎!」


 それから遼太郎は翔一を再び担ぐと、冬也のベッドに降ろす。そして、冬也は空を優しく抱きか抱えると、ペスカのベッドへ運んだ。


 そして遼太郎は自分の部屋に入り、ベッドに寝ころぶ。冬也はリビングに戻り、ペスカの横で瞑想を始めた。


 一方、瞑想を続けていたペスカは、自らに問いかけを続けながらも、マナの根源に辿り着こうとしていた。


 一体、なんで自分は神と戦おうとしていたのか? それは、フィアーナに頼まれたからだけなのか? ロメリア信徒によって家族を殺された恨みからか? それが戦う理由なのか? 冬也を巻き込んだ罪悪感か? それなら冬也を戦いから遠ざければ良かったのか?

 

 どれも合っていて、どれも微妙に違う気がする。


 家族を殺された恨みは有る。ドルクを変えたロメリアへの恨みも有る。だから、フィアーナの頼みに乗っかった。生まれ変わった先では、頼れる義兄がいた。

 義兄は自分を実妹の様に可愛がってくれた。それは、久しぶりに感じた家族の温かさだった。だから、冬也の力を借りようと思った。そして、冬也を守りたいとも思った。


 そうだ。どれもだ、全てなんだ。結局、自分は全部守りたかったし、ロメリアが許せないんだ。


 だから、強い力が欲しい。もっと強い力が。自分の中に未だ何か眠っているなら、それを引き出したい。今度こそ、ロメリアに勝ちたい。


 ゆっくりとペスカは根源へと迫っていく。そこには、ペスカも理解していない何かが存在していた。

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