第六十八話 修行の始まり

 二人が覚悟を決めた所で、それが揺らぐのは容易い。何せ、ただの人間が神と戦おうというのだ。それなりの修行になろう。

 但し、ペスカが積み上げて来た努力とは異なる。今回は能力という便利なものが備わっているのだから。


 それぞれの家から帰って来た後は、既に夜も更けていた。そして風呂に入って寝る事になった。

 翌朝は、いつもの様に冬也が一番先に目を覚まし、全員分の料理を作った。


「やっぱり冬也さんのご飯は美味しいです」

「ありがとう、空ちゃん。いっぱい食べるんだぞ」

「はい」

「ふぉふぇふぇ? ひゅひょうっへ」

「ペスカ。口の中に物を入れて喋んじゃねぇ!」

「んぐ。それで、修行ってマナを高めるやつ?」

「お前はそれでいい。兎に角だ、限界を超えてマナを高めろ。目標は冬也のマナ量だ」

「うげっ! それは無理ゲー!」


 ペスカは、冬也のマナ総量を良くわかっている。だからこその言葉だったのだろう。神の子供故に、冬也は人のそれとは格が違う。それと同じを目指せと言うのだ、無理に決まっている。

 しかし、言葉とは裏腹にペスカはニヤリと笑っていた。挑戦する事自体が楽しくて仕方がないといった様子だ。ただ、それがペスカなのだろう。それが翔一と空にもわかるから、二人は苦笑いをしていた。


 朝食が終わると、遼太郎を先頭に四人はリビングへ向かう。早速、ペスカは瞑想をし始める。そして翔一と空は、遼太郎に向かった。


「空。先ずはペスカと同じように瞑想をしろ」

「瞑想ですか?」

「そうだ。マナに触れて、自由に動かせる様になれ」

「マナを自由に……」

「そうすれば、自分の意思で能力を発動出来る様になる」

「では、僕も瞑想から始めるんで良いですか?」

「翔一。お前は俺と組手だ」

「組手?」

「強くなりてぇんだろ?」

「はい!」

「じゃあ、取り合えず慣れろ!」


 そして翔一は遼太郎に連れて行かれ、空はペスカに倣って瞑想の真似を始めた。


 やり方は昨日の冬也を見ていたからわかっているつもりだ。しかし、集中といっても簡単に出来はしない。それに、マナに触れろと言われても、そのマナがわからない。


 どうすればいい? そんな迷いが空の集中力を削いでいく。そんな時だった。ペスカが瞑想を止めて立ち上がる。そして、空の後ろに立つと両肩に手を添えた。


「大丈夫。私が手伝ってあげる」

「ペスカちゃん?」

「いいから、集中して。深く息を吸って、ゆっくりと吐く」

「うん」

「頭を空っぽにして、身体に意識を向ける感じだよ」

「うん」


 ペスカの言葉通りに、空は深呼吸を繰り返す。そして、目を瞑ると身体に意識を向け様とする。

 

「いいね。それじゃあ、空ちゃんのマナを少し弄るからね。流れてる感じを掴んでね」


 ペスカがそう言うと、身体が温かくなるのがわかった。そして、身体中に何かが流れているのがわかる。


「それがマナだよ。今度は自分で流れる様に意識して」


 空は流れているマナに意識を集中させ、自分で身体全体に流そうとする。最初は上手くいかない。しかし、段々とコツが掴めてくる。やがて空は、自身のマナをコントロールし始める。


 最初こそ、ペスカが手助けをした。しかし空が集中し始めると、ペスカは自分の修行に戻る。ペスカは自分の限界を超えなければならないのだ。それが、ロメリアを倒す一番の近道になる。


 二人は瞑想を続ける。そして時間は簡単に過ぎ去っていった。一方、翔一は東郷邸の庭で遼太郎と対峙していた。

 

「取り合えず、殴って来い。勿論、反撃はするけどな」


 それは言うほど簡単な事ではない。


 冬也が喧嘩している様子は、間近で何度も見た事が有る。強さもさることながら、迫力が尋常じゃない。守られている側の自分でさえ、足が震えて動けなくなった位だ。


 遼太郎のそれは、冬也の比じゃなかった。恐怖で足が竦み、一歩が踏み出せない。手を動かそうにも体が言う事を聞いてくれない。


「まぁ、最初はそんなもんだ。ビビッて腰を抜かさないだけ、上出来だ」


 遼太郎が何かを言っている。しかし、頭には入って来ない。そして、遼太郎が近付いて来る。見えているが、動けない。

 遼太郎が手を伸ばす。反応しろ、反応しろ、そう何度も自分に問いかけるが、応えてはくれない。


 そして、遼太郎が軽く突き飛ばす様に、翔一の身体に触れた。その瞬間、翔一は大きな鉄の棒で強く押された感覚を受け、尻餅をついた。


「え?」


 痛みが有った訳じゃない。触られただけなんだから。それでも、異様な感覚に翔一は戸惑う。


「何が起きたかわかんねぇって面だな」

「は、はい」

「これが、マナを纏った時の力だ」

「僕は、押されただけ、ですよね?」

「いや、触っただけだ。それでも、押したって勘違いする程の威力だ。お前の体が動かなかったのも、俺のマナに気圧されただけだ」

「ならば、僕もマナのコントロールが出来れば」

「あぁ、ちっとは組手らしくはなるだろうよ」

「つまり、僕はスタートラインにすら立ててないと?」

「当たりめぇだろ! 一から修行をするんだ、お前も空もマナのコントロールが出来なけりゃ、何も始まりゃしねぇんだよ!」


 大変なのは理解していたつもりだ。でも、想像以上だった。


 冬也が毎日行っている型の訓練を見て来た。見様見真似で出来る事ではないのは、充分理解している。でも、形にはならなくても、それに倣う事は出来るはずだと思っていた。

 しかし、そんな簡単なものではなかった。マナを使わなければ、何も出来ない。遼太郎の前に立つ事さえ難しい。軽々しく稽古をつけてくれなど、到底言えない。


 そして、翔一は昨日の冬也を真似て、自身のマナを探ろうを目を瞑る。


 冬也の姿は見た、遼太郎がマナを使ったのも見た。だから、自分にも絶対に出来る。そう信じて、マナを探り続けた。


「ははっ。やっぱり、お前は天才の部類だな」


 誰も最初から簡単に上手くは行かない。それなら、努力は要らない。才能は与えられるものではなく、磨くものだ。だけど、翔一は違った。


 幼少期から頭が良かった。運動も出来た。徒競走の記録なら、陸上部を抜いていた。運動で冬也とペスカには勝てなかった。

 でも、勝てなかったのは冬也とペスカ位だ。それ以外の人に負けた事は無い。運動以外なら冬也に勝てるものも多かった。

 

 それだけ、器用になんでも熟した。それは、まごう事無き才能だ。そして、その才能はマナの訓練においても発揮をした。

 空とは違い、助けが無くても自身のマナを感じ取る。そして、身体中に流し始める。


「さぁ、ここからです」


 翔一は遼太郎に向き直る。今度は気圧されない。その強い意志がマナに宿り、翔一の足を動かす。その腕を振るわせる。ガンっと音がし、翔一の拳が遼太郎の胸に当たる。


「おぉ、良いじゃねぇか。その調子でもっと殴って来い」


 翔一は勢いよく振りかぶり、拳を突き出す。そして何度も、何度も、遼太郎の胸を殴り続ける。しかし、遼太郎は痛い素振りすら見せない。それどころか、こちらの拳が痛くなるだけだ。


 翔一は、拳にマナを強めて遼太郎の胸を殴る。せめて、一歩でも後退りさせられる様にと。


 そして冬也は、空と翔一の修行を少し眺めた後、自分の部屋へと戻った。そして、ペスカと同じ様に瞑想を始める。

 次第に冬也の体が光を帯びていく。神気に触れた証拠だ。そして、冬也は神気をコントロールすべく、集中を高めていった。


 こうして四人の修行は始まる。しかし、それはまだ前段階でしかなかった。

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