第六十七話 二人の覚悟

 遼太郎に言われ、空は俯いた。


 ペスカちゃんと冬也さんを危険な目に合わせたくない。だけど、自分が切り札と言われても、全くピンと来ない。それどころか、自信が無い。


 何故、自分なのか。何故、ペスカちゃんと冬也さんじゃなければいけないの? 何故、神様と戦わなきゃいけないの? 何故、その神様は日本へやって来たの? 何故、変な事ばかりを起こそうとするの?


 神様なら、神様が相手をすれば良いんじゃないの?


 でも、どれだけ拒んだ所で事態が好転しない。どれだけ悩んだ所で逃げ出せる訳でもない。


 わかっている。やらなきゃいけない。あんな凄い事が出来た冬也さんでさえ貶めた力を、自分の能力は跳ね除けた。

怖いけど、嫌だけど、独りで閉じこもってたあの頃には戻りたくない。寂しくて、心配で、でも誰も信じられない。

 だけど、今は違う。ペスカちゃんが居る。冬也さんも居る。ついでに工藤先輩も。


 だから、いつまでも怖がってちゃだめ。立ち上がらないとだめ。そうじゃ無いと、ペスカちゃんと冬也さんは、また何処かに行っちゃう。もう二度と会えないかも知れない。

 

 それだけは、絶対にだめ!


 対して遼太郎は、俯いた空をじっと見ていた。


 悩むのは理解出来る。「戦え」と言って素直に首を縦に振るなど、冬也とペスカ位なもんだ。普通の子には無理難題だ。俺の言っている事は無茶ぶりってもんだ。


 でも、立ち上がって欲しい。立ち向かって欲しい。

 

 過度な期待をしているのは理解している。それを押し付けるのが間違いだってのもわかってる。だけど、神に抗える力なんて誰も持ってない。それが悪神の唯一の誤算なんだ。

 それは、戦いにおいて必ず致命的な弱点になる。それを突かなければ、勝つことさえ難しい。


 幾ら冬也を鍛えたからって、たかが知れている。ペスカの助力が有ったとしても、前回の二の前になるだけだ。

 残酷な事を言っているのはわかっている。幾らでも罵ってくれて構わない。でも、今だけは頼む。日本の為に、世界の為に、戦ってくれ。


 それは、祈るような気持ちだったろう。ただ、時間が経つ毎に空の瞳に力が宿っていくのがわかる。まだ鍛えてもいないマナが、自然と体内で活性化していくのが見える。

 遼太郎にとって、これ以上もない光明であったろう。遼太郎は目を輝かせ、空は顔を上げる。


「わかりました。修行をお願いします」

「良いんだな?」

「はい」


 発した一言に力がこもる。そして、空は力強く頷く。その覚悟に遼太郎は感動さえ覚えていた。


「遼太郎さん。僕にはマナとは別の修行もつけて下さい。自分の身は自分で守れる様になりたい!」

 

 空の覚悟に押されたのだろう。翔一の瞳にもまた闘志が宿っている。


 自分の意思が薄弱で、流されやすい奴だと思っていたのに、こんな勇気の有る奴だったのか。それも一種の感動であろう。口にこそ出さなかったが、遼太郎の心は踊っていた。


 期待した所で、一人は引き籠もり、もう一人はロメリアに洗脳されていた。如何に特殊な能力を持っていたとしても、そんな奴等じゃ戦力にはならない。

 そう思っていたのは、遼太郎の大きな誤りだった。彼等は友人思いで、それに勇気が有った。こいつらなら強くなれる。そう確信した遼太郎は、声を大にする。


「お前ら! 修行は厳しい! でも、付いてこい! 俺が必ず強くしてやる!」


 翔一と空は黙って首を縦に振る。それも戦う意思の表れなのだろう。


「取り合えず、お前ら二人は着替えを取って来い。冬也、ペスカ。着いてってやれ」

「わかった」

「うん。じゃあ行こっか、空ちゃん」

「え~。私は冬也さんがいい」

「うっさい! お兄ちゃん直伝の拳骨をお見舞いするぞ!」


 そして、一旦お開きになる。ペスカは空に付き合い、冬也は翔一に付き合い、それぞれの家へと向かった。


「空ちゃん。本当によかったの?」

「だって、あんなのもうやだよ」

「それは、ごめんね。でも事情を言う訳にいかなかったし」

「ペスカちゃんの事情は仕方ないよ。あんなとんでも無いなんて思ってなかったし」

「でもさ、お兄ちゃんは反対すると思うよ」

「でも、行くよ。私も戦うよ。そうするって決めたもん」

「見た目によらず頑固だよね」

「だから、ペスカちゃんの親友でいられたんだよ」

「それもそっか」


 ペスカとて、親友を巻き込みたくないと思っている。だから、空の考えを尊重しようと考えていた。それが肯定でも否定でもだ。

 しかし、空は勇気を振り絞って前を向いてくれた。自分と一緒に歩もうとしてくれている。こんなに嬉しい事は有るものか。親友が傍に居てくれる、それだけで力が沸いてくる感覚が有る。


「空ちゃん、ぎゅーってしてあげる」

「きゃあ」

「何を可愛い声をだしてるのかな?」

「ペスカちゃん、おじさん臭い」

「言うに事を欠いて、おっさんだと!」

 

 一方、冬也はむっと口を一文字にし、押し黙って翔一と歩いていた。何か言いたげなのも、何を言って来るのかも、翔一には予想が出来ていた。だからこそ、声をかけられずにいた。


 しかし、そんな緊張感の有る空気に堪えられるはずも無く、翔一は静かに口を開く。


「ねぇ、冬也」

「俺は反対だ!」

「いや、会話になってないよ」

「お前は親父の言う通りにしといた方がいい」

「部下にって?」

「あぁ。お前の事は尊敬してる。頭が良いし、芯が強い。そんな奴は滅多にいない」

「急に褒めてどうした?」

「だからだ。お前まで命を危険に晒す必要はない」

「なら、冬也はどうなんだ? 言っちゃ悪いが、異世界の事情ってやつに巻き込まれただけだろ?」

「そうじゃない。決断したのは俺だ。ペスカを守る為に、戦うと決めたのも俺だ。ロイスマリアの事情なんて関係ない。なんなら、俺のおふくろが女神だって事も関係ない」

「同じだよ。僕だって自分で決めた」

「本当にそう言えるのか?」

「どういう事だよ!」

「言葉の通りだ。雰囲気に流されてないな?」

「そんな事は無い! 僕だって心配だったんだ。冬也、君とペスカちゃんだけを戦わせたりしない!」

「その気持ちだけ貰っておく。でも、お前の能力は戦い向きじゃない。それに、お前は喧嘩が弱い」

「だから、鍛えて貰うんだよ。君達に着いて行けるようにね」

「鍛えるってだけなら、賛成だ」

「冬也……」


 冬也が頑固なのは知っている。それだけ付き合いが長いのだ。考えを変えるのは、簡単には行かないだろう。だけど、冬也と話している内に翔一の心は定まっていく。

 

 確かに遼太郎さんが、自分の能力を必要と言うのはわかる。同時多発テロの様に予期せず起こる能力者の暴走が事前にわかるなら、圧倒的なアドバンテージになる。

 それならば、マナを鍛えて自分の能力を強化するだけでも、治安維持の大きな助力となろう。


 でも、それだけじゃない。心はそう簡単には納得していない。


 親友が命を晒して戦っている中、自分は遼太郎さんに守られながら、能力者を探しているだけで良いのか? 良くない。

 自分は弱い。冬也の言うように芯は強くない。確かに雰囲気に流されそうになったのも事実だ。

 だからこそ、立ち向かわなければいけない。もっと強くならなけらばいけない。もう二度と親友が自分を置いて何処かに行かない様に。再び、親友と並び立てる様に。


「僕は強くなるよ、冬也」

「やってみろ。それでも、お前は置いていく」

「絶対に君を納得させる」

「だから、やってみろ。俺は協力しない」

「それでいい」


 そして、翔一の覚悟も決まった。そして、修行は始まる。二人がかつて体験した事の無い様な、過酷な修行が。

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