第六十四話 明かされる真実

 賑やかな夕食が終わり、遼太郎が静かに語り始める。


「色々聞きたい事は有るだろうが、俺が知っている範囲の事は話してやる。慌てずに最後まで聞け」


 静まり返るリビングの中で、ペスカ達四人は喉を鳴らし遼太郎を見つめる。否応なしに緊張感が高まる。それと共にペスカ達の期待も高まった。

 遼太郎の話しで全ての疑問が解けるのでは無いか。一気に解決へと向かうのでは無いか。ペスカ達は、遼太郎の言葉を一言たりとも漏らすまいと、聞き耳を立てた。

 そして満を持したかの様に、遼太郎が神妙な面持ちで呟く。


「俺は女神様と結婚したんだ!」

「何言ってんのパパリン!」

「流石に、それは無いです。ペスカちゃんのお父さん」

「それって何の冗談です? 冬也のお父さん」

「馬鹿じゃねぇのか親父! こんだけ期待させといて、ふざけてんじゃねぇ!」


 騒めくリビングの中、遼太郎は手を翳し、皆を落ち着ける様な仕草を取る。 


「話は最後まで聞けって言ったろ。特に冬也! てめぇだけには、馬鹿とは言われたくねぇぞ!」

「うっせぇよ親父! 何言ってやがんだ!」

「そうだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんより頭の良い天才パパリンに、馬鹿って言っちゃ駄目!」

「ペスカ。俺の事を、パパリンって呼ぶのは止めような。それと少し静かにしてろ。話が進まない」


 空と翔一は呆気に取られて、親子三人のやり取りをボーっと見つめていた。先程までの緊張感が台無しになった。

 しかし親子三人の会話は、稀に見る仲のいい親子関係に映る。空と翔一は、微笑ましさを感じ始めていた。


「お前のせいで、温い空気になっちまっただろ。どうすんだ冬也」

「俺じゃねぇよ、親父のせいだ馬鹿野郎! さっさと話しを進めろよ」


 冬也に促され、改めて遼太郎が語りだした。


 冬也の生まれる少し前の事である。遼太郎が街を歩いていると、この世の者とは思えない程に美しい女性を見かけた。その女性は、辺りをキョロキョロと見回していた。誰かに話しかけようとするが、誰も気に留めず過ぎ去っていく。

 

 おかしい。


 その美貌を目の当たりにすれば、誰もがその眼前にひれ伏さんとするだろう。なのに何故、誰もが素通りするのだろう。疑問に感じた遼太郎は、女性に近づき声を掛けた。

 遼太郎が声を掛けると、女性は少し驚いた表情をする。そして穏やかな口調で語りかけた。


「貴方、私が見えるのね。良かった」


 彼女の話を聞くと、右も左も解らない世界で困っていると言う。遼太郎は、せめて当座の寝る場所と食事だけでもと、彼女を自宅へ連れて行き暫く世話をした。


「それで、お前が生まれたんだ、冬也」

「お兄ちゃんと違って手が早いね! 凄いよパパリン」

「端折りすぎだ馬鹿野郎! そもそも、なんで死んだお袋との思い出話を、聞かされなきゃいけねぇんだよ!」

「何でわかんねぇかな。お前の母親が女神様なんだよ。女神だから死んでねぇ!」

「って事は、パパリンに私達の記憶が有るのは、その女神様のおかげかな?」

「おぅ、そんな所だ! お前らの事は粗方その女神様から聞いてる。一から話してやるから、今度は茶々を入れるなよ。ペスカ、お前はパパリン禁止! 今度言ったら、小遣い減らす」

「減額反対! いいから、パパリンは早く説明を続けてよ!」


 ペスカと遼太郎の視線が、バチバチと音を立てる様にぶつかる。義理とは言え、愛娘には変わりがない。ペスカとの睨み合いに屈した遼太郎は、説明を続けた。


 遼太郎は、一連の出来事を全て話した。ペスカの出生から異界の神にまつわる全てを。


 ペスカと冬也から失われている一か月程の記憶、その間に何が起きたのかも。なぜ能力者が増え、皆の中からペスカ達の記憶が消えている事も。 


 異界の神に関しては、概ねペスカの予想と変わりはない。しかし、それ以外の事は信じがたい内容である。ラノベでは有るまいし、神だの異世界だの転生だのと言われても、信じろという方が無理なのだ。しかし、現実には能力者が東京に出現している。納得せざるを得ない。


「つまりペスカちゃんは、元は異世界の人で、転生して日本に生まれて来たと。それでこの一か月位の間は、異世界に行って戦ってた。それって本当なんですか?」

「そうですよ。内容がファンタジー過ぎる。でも言われて見れば、辻褄が合う気がする」

「新島さんと、工藤君だったな。まぁ事実だと思って、納得するしかねぇよ。異世界に行ってる間の話しは、フィアーナに聞いただけだしな」


 空と翔一は、それ以上の言葉を持たずに口を噤む。しかし、冬也は別であった。


「俺の母親が女神なんて戯言は、一先ず置いとくとしてだ。ペスカ、お前はどうなんだ?」


 冬也はペスカに視線を送る。当の本人は、少し困惑した表情を浮かべていた。


「いやぁ。パパリンと血が繋がって無いのは、知ってるよ。でもその辺の記憶は、曖昧なんだよね。だから、否定し辛いんだよ。そう言うお兄ちゃんは、どうなの?」

「お袋は死んだって思ってたからな。だけどよぉ、朝からモヤモヤしてはいたんだ。なんか、やけにムカつく感じのやつだ」

「まぁ、それは私も一緒だよ。ムカムカしてたのは、悪夢のせいじゃないみたいね」


 朝から感じていた違和感と、モヤついた感覚の原因が判明した。それでも、直ぐには理解はし難い。

 

「お前らの事は、フィアーナが心配してやがった。まぁ無事で良かった。因みにぶっ倒れてたお前らを回収して、三日間も看病したのは俺だ。感謝しやがれ」

「パパリン。有難いんだけど、そういうのは自分で言ったら、価値が下がるんだよ」

「ペスカ、細けぇ事は気にすんな! んで、何か思い出したのか?」


 遼太郎に問われても、二人は首を横に振るしかない。説明されて記憶が蘇るなら、医者は要らない。しかし、少なくとも抱えている謎は解明されたのだ。


「異界の神が傷を負って本来の力が出せない状態なら、中途半端に起きてる現象も説明がつくね」

「あぁ。その糞野郎が、隠れてやらかしてるんだろ? 俺達が関係してるなら、決着をつけねぇとな!」

「相手は、悪意や恐怖を喰らう悪魔の様な存在だ。傷ついてるからって油断するな。心してかかれよ」

「おう!」

「わかった!」


 戦う意思を露にする二人に、空と翔一が待ったをかける。当然だ、神と一戦を交えようなど、常軌を逸している。


「待って。危ないよペスカちゃん」

「そうだ。それに、何処に居るかも分からない神をどうやって探すんだ! 倒す方法は?」


 空と翔一の問いに、遼太郎が軽く息を吐き答える。


「倒す方法はわからねぇけど、潜んでる所は龍脈だろうな」

「そうだね。そこを虱潰しにあたれば、引っ掛かるかもね」

「ペスカ、それは俺達に任せな。もう始めてる」

「ペスカちゃんのお父さんは、何者なんですか?」

「俺か? 俺は正義の味方だ!」


 遼太郎の言葉は、冬也を除く全員の頭にクエスチョンマークを浮かべた。冬也にとって、聞きなれた言葉なのだろうか。呆れた表情を浮かべていた。


「言うに事を欠いて正義の味方とは、詳しい説明は頂けないのでしょうか?」


 質問をする翔一を、遼太郎は軽く睨んで呟く。


「時には、知らない方が幸せって事も有るんだぜ」

「下らねぇ事を言ってんじゃねぇ! 糞親父!」

「んだと、冬也! 調子に乗るんじゃねぇぞ!」


 冬也から言葉が放たれた瞬間、遼太郎はテーブルの上を飛び越え、冬也に膝蹴りを放った。しかし冬也は片手で軽くいなす。着地した遼太郎は、冬也に向けて右足で上段蹴りを放つ。

 冬也はしゃがんで足を躱し、軸足を蹴る動作に移る。しかし遼太郎は冬也の蹴りを、後ろに飛んで避けた。そして遼太郎が後ろに飛んだ瞬間に、冬也は遼太郎の胸に目掛けて掌底を放つ。

 遼太郎は掌底を躱し、冬也の後ろに回り込む。後ろに回り込まれた冬也は、振り向きながら回し蹴りを放つ。しかし遼太郎は腕を交差し、冬也の足を受け止めた。

 遼太郎の腕を足掛かりに、冬也は空中で回転しながら遼太郎に蹴りを放つ。だが遼太郎は、冬也の蹴りを足で受け止める。

 この間三秒。凄まじいスピードの攻防に、空と翔一は呆気にとられ、ペスカはため息をついた。


「いい加減にしなよ二人共。狭い所で暴れないでよ」

「多少やる様になったな、冬也。体術だけなら、これで充分だろ」

「親父は歳か? キレが悪くなってるぞ」


 ペスカは見慣れた光景であるが、空と翔一は初めて目にする。二人は、口をあんぐりと開ける。暫く呆けた後、噛みしめる様に呟いた。


「なんと言うか、冬也が喧嘩に強い訳を、理解出来た気がする」

「なんと言うか、冬也さんかっこいい!」

「俺がガキの頃から鍛えてやったんだ。感謝しろよ冬也」

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