第六十五話 能力の正体

 冬也と手合わせを終えた遼太郎は、少し満足げな表情になり、右腕で胸を叩いて宣う。


「俺は正義の味方だ! 宮内庁の秘密組織! 訳あって組織名は明かせんが、その一員だ」


 どうどうと胸を張り機密事項を暴露する父に、ペスカは溜息をついた。


「秘密組織って言ってる時点で、ばらしてるのも同然だよね。こう言う馬鹿な部分が、お兄ちゃんに遺伝したんじゃない?」

「何を言ってるペスカ。こいつの馬鹿は、俺の遺伝じゃねぇ。だけどフィアーナが凄く泣いてたな。何をしやがった冬也!」

「そう言えばフィアーナって、お父さんの話しに出て来た女神様?」

「俺は何も知らねぇし、何もしてねぇよ!」

「どうせ、お兄ちゃんが脳筋に育って、悲しんでるとかじゃないの?」


 家族のやり取りに呆気にとられる空と翔一は、「お宅の教育方針が悪い」と心の中で呟いた。

 そして秘密組織の存在を暴露した遼太郎は、気にも留めずに言い放つ。


「冬也、ペスカ! お前ら、能力者が起こす事件を止めて来い!」

「はぁ? 何言ってんだ親父、耄碌してんじゃねぇ!」

「そうだよ。そういうのは、パパリンの仕事じゃないの?」


 遼太郎は二人を睨つける。今までの、ちゃらけた雰囲気ではない。遼太郎は、相手を威圧する雰囲気に変わる。


「冬也、それにペスカもだ。てめぇのけつは、てめぇで拭けって言ってんだよ。俺の仕事は、お前等の尻拭いだ」


 父というのは、偉大である。迫力に押され、冬也とペスカは口を噤む。そして、遼太郎は言葉を続けた。


「だがな、お前らは力が足りねぇ」

「さっきは充分だって言ったろ!」

「言ってねぇよ。体術だけならって言ったんだ」

「それ以外に何が有るってんだよ」

「そりゃあ、お前。神と対抗する力だよ」

「はぁ?」

「ペスカ、お前もだ。それに、空と翔一もだ」

「おい! ペスカは当事者だから兎も角。二人を巻き込むんじゃねぇ!」

「わかってねぇな、冬也。既に二人共、巻き込まれてんだ!」


 遼太郎の言う通りだ。妙な能力が発現した段階で、二人はとっくに巻き込まれている。その意味では、東京に住む住人達も例外ではない。


 よく考えろ。自分は神とやらに勝てず、ボロボロになって三日間も寝続けた。それなのに、今戦っても勝てるのか? その神とやらが仮に弱っていたとしてもだ。

 ならば、どうする。気合で勝てるほど甘くは有るまい。ならば、あの手を取れ。親父に頭を下げてでも、鍛えて下さいと言え。


 そうじゃなければ、ペスカは守れない。


「それで? どうすればいい?」


 冬也の表情は、先程とは明らかに違っていた。元々、戦うつもりは有った。しかし、それは感情に流されただけの曖昧なものだった。

 だが、今は違った。冬也は覚悟を決めていた。東京中に住む人達を守れるなんて、傲慢な事は考えてはいない。しかし、根源を滅ぼせば混乱を収める一助になるはず。だから、守ろうと。その覚悟が冬也の瞳には有った。

 

「やる気なのは良いけどよ。その前にやらなきゃいけねぇ事が有るよな?」

「何をだよ」

「だからてめぇは馬鹿なんだよ、冬也」

「あ~、パパリン。それって、お兄ちゃんの能力に関係有る?」

「流石はペスカだな。俺の誇りだ!」

「そういうのはいいから。それより話を続けてよ」


 遼太郎は笑みを浮かべ、ペスカの頭を撫で様と手を伸ばす。そして、ペスカはそれを払いのけてから、やや遼太郎の睨む。そして、遼太郎は肩を落とした。

 愛娘から拒否されたと考えれば、父親としてはショックだろう。例えペスカにそんな気持ちが無かったとしても。

 しかし、こんな事で肩を落としている場合ではないのも事実である。そして、時間は刻々と迫っている。悪神が放つ闇が、東京中を覆い尽くさんとしている。


「はぁ~。所で冬也。お前の能力ってのは何だ?」

「何でも切れるんだ」

「あぁ、一応な。それは、お前の能力じゃねぇ。力の一端が具現化しただけだ」

「はぁ?」

「翔一、空。お前らの能力も同じだ」

「冬也のお父さん、それはいったい?」

「そうです。能力って何なのですか?」

「ざっくり言うと、マナの変化ってやつだ」

「パパリン。そもそもマナって何?」

「あ~、お前はそこから忘れちゃってるか。仕方ねぇ、マナってのはゲームで言うMPみたいなもんだ」


 ペスカと同様に、翔一と空も首を傾げた。MPと言われても、具体的に何の事かは理解できまい。HPなら、辛うじて体力だと推測できる。しかし、MPとは? 『気』の様なものか? それとも精神力みたいなものか? いずれにせよ、どちらもピンとは来ない。

  

「地球ではマナが薄いから、感じた事の有る奴は少ねぇんだ。だけど、誰もが少なからず持っているもんだ」

「精神力や気とは違うんですよね?」

「翔一、惜しいな。これは言わば、第二の生命エネルギーみたいなもんだ」

「余計にわかり辛くなりましたよ」

「空。固定観念に囚われず、頭を柔らかくして考えろ。人だけじゃねぇ、虫や動物、草や木だってマナを持ってる。それを人は自然と吸収してるんだ」

「科学的じゃないですよ」

「だから、固定観念に囚われるなって言ったろ」

「冬也のお父さん」

「翔一、遼太郎でいい」

「なら、遼太郎さん。それが本当だと仮定して、能力とはいったい何ですか?」

「そのマナが、思念によって具現化した物だな」

「思念? 例えば僕ならば、冬也達を早く見つけたいという願望とマナが合致して、能力として具現化したって事ですか?」

「おぉ。頭の良い奴が一人でも居ると、話が早くて助かるな」

「なら私は?」

「空。お前は引き籠もってたんだろ?」

「うゅぅ」

「だから、自分を害する全ての事象を変える力になったんだ」

「所でパパリン、色々と私達の事を知ってるね。何で?」

「そりゃ、監視してたからな」

「正義の味方だからな」


 監視と言う言葉に疑念は残る。しかし、遼太郎ならやるだろう。自身が言っていた、秘密組織の手を使って、自分の近親者を調べる位は。

 それは安心でも有り、少し怖くも有る。何せ翔一と空は、見張られていたのと同じなのだから。

 自分が遼太郎の立場なら、きっと同じ事をしただろう。だから少しは理解も出来る。ただ、モヤモヤする。


 しかし、遼太郎の言葉で光明が見えた。不可思議であった能力の正体がわかったのなら、これから身近に起きるだろう事にも、対処が出来るだろう。


「ねぇ、パパリン。そこまでわかってるのなら、能力を封じる事も出来るんだよね?」

「当然だ。だけど、そう簡単にいかねぇ」

「なんで? そのマナっての不活性化すれば良いんじゃないの?」

「流石はペスカだな。優秀な娘を持って俺は嬉しいぞ」

「だから、そういうのはいいから」

「ちぇっ。まぁいい。不活性化ってのは正しい。だけど、その方法が問題なんだ」

「どういう事?」

「ペスカ。お前なら、マナをどうやって不活性化出来ると思う?」

「う~ん、ちょっとわかんない」

「答えは、そいつが持ってる力以上で強制的にマナの活性を止める」

「それは、誰にでもって訳にはいかなそうだね」

「だから、もう一つの答えだ。手錠の様に、マナを活性化させない何かで押さえつける」

「おぉ~、やるねパパリン」

「これは、俺の組織が開発中だ。そんなに時間はかからず出来上がるはずだ」


 ペスカを含め、三人の表情がぱあっと明るくなる。それもそうだ。テレビを点けたら暗いニュースばかりだ。しかも、空に関しては今朝ほど絡まれたばかりだ。

 今後はそんな事が減ってくれるなら、それに越した事はない。しかし、話について来れなかったのか、冬也は考え込む様に眉間に皺を寄せていた。そして暫くの後、冬也はゆっくりと口を開く。


「なぁ親父。そういうのは全部、神とやらを倒せば終わりじゃねぇのか?」


 それは、確信を突いた疑問であろう。冬也は本質を見抜く力でも有るのだろうか。それは時折、皆を驚かせる。しかし、遼太郎の反応は全く別物であった。


「だから馬鹿だって言ってんだ」

「あぁ? 親父、喧嘩売ってんのか?」

「てめぇなんか、相手にもしたくないね」

「二人共止めて! それでどういう事なの、パパリン?」

「さっきも言ったろ。マナは元々人間が持ってるエネルギーだってな。だから、症例は少ねぇが、今までも不思議な能力に目覚めたって奴は居たんだよ」

「じゃあ、これは起こり得る事で有ったって事?」

「いや、ロメリアの糞野郎が干渉しなければ、こんな騒ぎにはなってねぇよ」

「症例が少ないって言ってたね。今まではどの位の人が、能力に目覚めてたの?」

「世界中で探しても、十人も居れば良い方だったんだよ。それも、少しだけ物が動かせるとか、ちょっと遠くが見えるとか、その程度だ」

「じゃあ、そのロ何とかって神をぶっ飛ばしても、増えた能力者は消えないって事か?」

「そうでも有り、そうじゃ無いとも言える」

「どっちだよ、親父!」

「まぁ、試しにだ。お前、ペスカを切って見ろ」

「やるか、馬鹿! 何言ってんだ、ぶっ飛ばすぞ!」

「馬鹿かお前! 本当に切るんじゃ無くて、能力で切れって言ってんだ」

「能力で?」

「そうだ。神の意志を切れる。そう思い込んで切って見ろ」

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