第六十三話 親友の動き出す時間

 相手は授業の真っ最中なのだ。よほどの事が無い限りは、スマートフォンに連絡をしても出る事は有るまい。メッセージを送った所で、いつ読むかわからない。

 故に空は身内を装い学校へ連絡し、翔一を呼び出す事にした。そして呼び出すにはそう時間は掛からなかった。


『もしもし、翔一だけど。そっちは大丈夫?』

『ごめんなさい。空です』

『えっ? 空ちゃん? 何で?』

『ごめんなさい。授業中なのに呼び出してしまって』

『何かあったの?』

『助けて欲しいんです。今から住所を言います』

『わかった。直ぐに行くよ』


 最初に驚いた様な声から一変して、真面目なトーンへと変わるのがわかる。それだけ、空の事を心配してくれているのだろう。

 空からすれば、翔一は冬也の友人という認識でしかない。話をした事は何度も有るけれど、仲の良い友達とまではいかない。

 そんな関係性にも関わらず、親身に接してくれる。この人なら、ペスカの言う通り力になってくれると確信する。そして空の肩から力が抜けて行った。


「工藤先輩、直ぐに来てくれるって」

「流石は翔一君、なかなかのイケメンパワーだね」

「工藤先輩は、冬也さんを探してくれたんだよ」

「あの人の行動原理は、お兄ちゃん絡みでしょ? BL疑惑は嘘じゃ無かったりして」

「ペスカちゃん。怖い事言わないで。学校中の女子で戦争が起きるよ」

「いやいや、彼女を作らずにお兄ちゃんにべったりの翔一君が悪いよ」

「止めてってば。工藤先輩のファンとBLファンの間で春先に喧嘩になったでしょ! 今度は戦争だよ。血の雨が降るよ!」

「それを颯爽と止めるお兄ちゃん! いや~かっこよかったな~!」

「そうそう。それにあの時工藤先輩が、冬也さんをうっとりと見て」


 止まる事の無い女子の会話に、「ほどほどにしとけ」とだけ言い残して、冬也は席を立ち自分の部屋へと向かう。

 ペスカの話しを全く理解出来なかった冬也は、スマートフォンで父にメッセージを打つ。父からは「早めに帰るから待ってろ」と、返信が来るだけだった。

 理解出来ない事は頭の片隅に追いやり、冬也はベッドに身を預ける。しかし、自分の気持ちを整理出来ないでいた。

 

 冬也は決して、喧嘩っ早い訳では無い。自ら進んで暴力を振るったり、人を脅す事も無い。人に優しくを心掛けているつもりだ。

 例え不良に絡まれ様とも、ペスカが係わらない限りは、出来るだけ喧嘩にならない様に回避している。喧嘩になり暴力を振るうのは、巻き込まれた結果、自衛の為に仕方ない場合が多い。


 しかし神社では、自ら進んで土地神を脅した。なぜあの時、あんなに腹が立ったのだろう。冬也はベッドの上で悶々と考えていた。


 いくら考えても、簡単に答えが出る事は無い。数分を置いて玄関のチャイムが鳴る。冬也は慌ててベッドから飛び起き、急いで玄関に向かい戸を開ける。そこには友人の工藤翔一が、汗をかきながら立っていた。


「わりいな翔一。呼びつけちゃってさ」

「あれ? えっと工藤と言います。新島さんから、ここに来る様に言われたんですけど」

「そっか、忘れちまってるのか……」


 冬也を見た時に、既視感を覚えた。直ぐに翔一は、それを頭の片隅に追いやった。初対面の様に話す翔一に対し、冬也は目を伏せる。

 予想していたとはいえ、親友に忘れられるのがどれだけ切ない事だろうか。冬也はそのまま黙って、翔一を自宅に上げてリビングに連れていった。

 

 対して翔一は、初対面と思える人物から名前で呼ばれる事に、全く違和感を感じ無かった。馴れ馴れしいという不快感より、喉に小骨が引っかかった様な、もどかしさを感じていた。

 リビングに通された翔一は、暫く学校に来なかった空の安否を確認する。そしてペスカを見ると、再び既視感を感じて考え込む様な仕草を取る。


 既視感の正体は何か? それに『助けて』と呼び出されたのに、至って平和そうだ。一体、何が起きている。何故、自分はここに呼び出されたのか?


 考え込む翔一を見て、冬也は押し黙る。神妙な雰囲気に包まれるリビングで、ペスカは音頭を取る様に手を叩いた。

 

「さて、実験開始! 翔一君そこに立って。空ちゃんは、意識を集中させて」

「わかったよ」


 ペスカが自分を君づけで呼ぶ事に、すんなり受け止めている。翔一は再び、もどかしさを感じる。しかし今は、余計な事を考えている状況ではないのだろう。

 翔一はペスカの指示に従う。空は翔一の前に立つと、ペスカに問いかける。


「ペスカちゃん。この後はどうすれば良いの?」

「とにかく集中して! 翔一君に纏わりつく邪気を払うように、イメージするの!」

「やってみる!」


 空はペスカの指示に従い目を瞑り集中する。そして邪気を払うイメージで、翔一の体の前で手を振りかざす。しかし何も起こらない。翔一は飽きれた表情になり、ペスカ達に向かい呟く。


「授業を抜け出して駆け付けたのに、君達は何がしたいの?」

「翔一君、ちょっと待ってて。空ちゃん、翔一君に直接触って!」

「え~! ってわかったよ」


 空は少し動揺する。しかしペスカの迫力に負け、覚悟を決めて翔一に触れる。空が翔一に触れた瞬間、パキリと音が鳴り響く。音と共に翔一は、目を丸くさせ周囲を見渡した。


 それは、自分を包み込む靄がスッキリと晴れた様な感覚だった。しかし、それが返って翔一を混乱させた。


 目の前に居る二人は知っている。何故、親友とその妹を忘れていたのか? 「旅に出る」と言っていた。何故、二人は今まで居なかったのか? 何日もかかるほど遠くへ行くとは聞いていない。ペスカちゃんの母親は、そんな遠くに居たのか?


 それに、連絡が取れなかった事もおかしい。空ちゃんが心配して、自分も一緒に探した。それもはっきり覚えてる。


 でも、何だ? 何で、そんな事すらも忘れていたんだ? 数日前の事なのに? その間、自分は何をしていた? 普通に授業を受けて、クラスメートと談笑して帰って、ご飯を食べて寝て。ただ、それだけ。


 何で、冬也達の事を探さなかった? 自分が何もしない間、空ちゃんは冬也達を探し続けていたのか? それなら何故。いや、忘れていたのなら仕方がないのか。でも……。


「冬也! それにペスカちゃん! 今まで何処に行ってたんだよ! 散々心配させて。何してたんだ! 空ちゃんも凄く心配してたんだぞ!」


 突然と捲し立てる様に話し出す翔一を見て、ペスカ達はガッツポーズと一緒に歓声を上げた。ペスカ達の様子に訳が分からず佇む翔一に、冬也が慌てて一連の話しをする。

 しかし冬也の稚拙な説明では、理解が出来ない。翔一には、ペスカが委細を説明し直した。


「はぁ~。何だか理解出来ない所も有るし、空ちゃんと僕の記憶には少し齟齬が有るけど、事情は少し理解したよ」

 

 ほっとした様に翔一を見る冬也。翔一は冬也に視線を見つめ返し微笑む。


「お帰り、翔一」

「冬也もお帰り。心配させやがって」

「二人共、男同士で見つめ合ってるからBLって噂されるんだよ」


 ペスカの言葉に、翔一は慌てて冬也から目を逸らす。冬也はBLが何を意味しているのか理解しておらず、キョトンとしていた。


「ところで、翔一君も能力を持ってるの?」

「あぁ。僕の能力は、能力者を探知出来る能力だね。能力者が力を使った事も判るよ! と言っても半径一キロ位だけど」

「非戦闘系のチート系が出てきたね! 戦力アップだよ、お兄ちゃん」


 ペスカ達がハイタッチをしながら喜んでる所を見て、翔一が呟く。


「冬也達は、ここ一か月の事を忘れてるんだよね? 僕にしてくれた様に、空ちゃんが何とか出来ないのかな?」

「おぉ! 流石頭脳系イケメン! お兄ちゃんとは頭の冴えが違う!」

「おぉ、流石翔一! 学年一位の成績は伊達じゃねぇな!」

「冬也さんに、この半分でも知能が有ったら」


 翔一の提案で、盛り上がり始める。そんな一同に対し、ペスカは人差し指を突き出した。


「さぁ、ここでお兄ちゃんに質問です。空ちゃんをおんぶした時、何か思い出したのでしょうか?」

「さっぱりだな」

「いやいや、冬也さん。あの時、私は気を失ってたも同然だったし」

「目を覚ましてたじゃない!」


 翔一の提案は、既に失敗しているのである。盛り上がりかけた空気が、一気に冷ややかになる。ただ実験対象は、一人ではない。ペスカは空に向かうと、手招きをした。

 

「つまり、実験だね! おいで空ちゃん!」

「ペスカちゃんより、冬也さんと実験したい」

「うっさい。そう易々とお兄ちゃんにくっつけると思うな! 早く実験するよ」


 空はペスカに触れるが何も起きない。集中し念じる様に触れても、結果は同様である。抱き着いても、叩いても、何も変化は起きなかった。

 繰り返し挑戦は続くが、ペスカが何かを思い出す事は無かった。三十分程繰り返し、体力の無い空は肩で息をしていた。


「ここまでやっても駄目なの?」

「何か条件みたいなのが有るのかもね」

「取り敢えず、今日は終わりにしよう。俺は夕飯を作る。翔一、お前も手伝え」


 疲れた空はテーブルに突っ伏している。ペスカは飽きた様にTVを見始め、冬也は夕食の支度を開始する。翔一は友人の所に泊まると連絡をし、冬也の手伝いを始める。

 冬也と楽しそうに話をする翔一を見て、ペスカは空に話しかける。


「見てごらん、あれがBLだよ。私達が倒すのは神じゃない。あのイケメンだよ」

「ペスカちゃんが言うと、イケメンって言葉が悪口に聞こえるね」

「そうだよ。男のくせにお兄ちゃんを独占するのは、百年早いんだよ。生まれ変わって出直して来いって感じだよ」

「ペスカちゃんのブラコンも大概だよね。面倒くさい小姑ナンバーワンだね」


 大声で叫ぶペスカの言葉は、台所で作業中の冬也たちにも聞こえている。


「ほっとけ。後で泣くほどお仕置きしてやるから」

「冬也、ほどほどにね。悪気が有る訳じゃ無いと思うし」

「馬鹿じゃねぇの。悪気が無くて暴言吐いたら、余計に質が悪いだろ!」


 男女それぞれが、他愛もない話で盛り上がり時間があっと言う間に過ぎる。日が落ちて夕食の準備が整った頃、玄関の鍵を開ける音がし、冬也とペスカの父、遼太郎が帰宅する。

 遼太郎の帰宅に奇声を上げて歓迎するペスカだが、遼太郎の広げた腕の中には飛び込んで行かなかった。

 空と翔一はそれぞれ、遼太郎に挨拶をする。


「よろしくな。でも話しは、飯を食ってからだ。出来てんだろ冬也。二人も今日は、食ってくんだろ?」


 一同は遼太郎に従う。そして、皆でガヤガヤと食事を取る。食事が終わり片付け終えると、再びテーブルに着く。

 遼太郎は、全員の顔を見渡して、静かに語り始めた。

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