第四十七話 トールの決断

「ペスカ様、やはり屋外には人は見当たりません。屋内にはマナの気配が多数有り、住人は屋内に居ると思われます。ただ屋内の人々は生活の気配どころか動いている様子がありません」

「ただ、ぼ~っと座ったり、突っ立っているだけって事?」

「はい、不審な点はもう一つ。男性が極端に少なくなっています」

「建物に居るのは女性や子供って事?」

「はい。どの建物も同じ状況です」


 メルフィーが報告を終える頃に、丁度トール達も帰還する。ただ、兵を含めトール達は、皆一様に硬い表情をしていた。到着したトールがペスカに向かい重々しく口を開く。


「ペスカ殿、領主はこの領都にいない。領軍もだ」

「どういう事?」

「我々は領主宅へ行ったが、声を掛けても反応が無い。緊急故、強引に押し入ると、中には誰もいなかった」

「ペスカ様、トール様と共に屋敷内を捜索しましたが、誰もおりませんでした。屋敷内は埃だらけで、かなりの間掃除がされていない様子でした」

「使用人達は?」

「敷地内に使用人用の住宅が有りました。使用人達は、椅子やベッドで身動き一つしない状態でした。話しかけても応答は有りません」

「ペスカ殿、この領都には我々が拠点にしていた兵舎が有る。そこには常時領軍が在中している。念の為、兵舎も訪ねたが完全にもぬけの殻だった。武器も持ち去った様だ」


 報告を聞き終わったペスカは、車内を蹴り上げる。完全に先手を打たれている。事は簡単に収まるレベルを超えているだろう。そして冬也は、敢えて誰も口にしない言葉を、確認する様に口にした。

 

「どういう事だ? 普通兵士ってのは、領地を開ける事は無いだろ?」

「そうだよ冬也。たとえ戦争でも、領土を守る軍は残す物だ。しかもここは領都。領民がいるのに、最低限の防衛戦力が残っていないのは、異常事態なんだよ」


 冬也の質問に戦車内の通信を通してシグルドが答える。そして報告を聞いたペスカは腕を組み、更に険しい表情になっていた。


 悪い予感が的中する。それも、最も嫌な方向に。領軍と男性だけが行方不明というのも、嫌な予感に拍車をかけた。

 この領都だけではない。帝国は既にロメリアの支配下に置かれていると考えるのが妥当だろう。そして、考えられるのは戦争だ。

 兵士と戦える男性、そして武器を掻き集めているのが、その証拠だ。向かう先は王国か? それとも帝国を取り囲む小国なのか?

 いずれにしても、ここで何とか食い止めなければ、大陸中が戦火に巻き込まれる。二十年前の悲劇どころではない。もっと大量の犠牲者が出る。


 それだけは有ってはならない。絶対に阻止しなければならないのだ。


 そしてペスカは、少し考え込む様に目を閉じる。目を閉じてから、僅か二秒から三秒であろう、ペスカは目を開けるとシグルドに指示を出した。


「シグルド、トラックで外に出て王都に連絡! 兵器の量産を急がせて! 他の工場も使って大量生産体制を取る様に伝えて!」


 シグルドは軽く頷き、直ぐに連絡を行う。


「ペスカ。兵器の量産って」

「急がないと、手遅れになりそうな気がするんだよ」


 その言葉に、冬也は敢えて返さなかった。北の小国同士の諍い、帝国の軍備増強、それらが何を意味しているのか、この状況がどれだけの危険を孕んでいるのか、冬也も理解したからだ。

 何より、賢帝とまで言われた王様が、突然に軍備を増強させるなんて事はしまい。それが悪神の仕業なら、結果がどうなる事も簡単に予想が着く。

 

 それは、冬也だけではない。領都を見回ったトールも十二分に理解していた。そして、トールはペスカに報告をしながらも、肩を振るわせていた。


 自分の覚えている風景は、商人達が行き交う賑やかな都市であった。誰もが笑いあい、活発な声が飛び交う光景は、誇りにさえ感じていた。

 決して決まりを軽んじている訳ではない。その中で、自由に行動する商人や住民達を羨ましいとさえ思った。


 それがどうだ。今は屋外に誰も見かけない。領主だっていない。街の治安維持どころか、残った住民は虚ろな目で屋内に隠れている。

 こんな風になるとは思ってもいなかった。予想してすらいなかった。だからこそ悲しい、だからこそ悔しい。こんな状況を作り出した、悪神が憎い。


 それに、この領都がこんな状況なら、自分の故郷が無事だとは限らない。老いた父や母も、同じように悪神に操られているとしたら? そんなの絶対に許せるはずがない。


 そして、ペスカは冬也を少し見やると、黙って戦車から降りる。それに冬也も続いた。


 トールが俯いている、どれだけの思いを噛み締めているのかが良くわかる。だからこそ、問わねばならない。

 そしてペスカはトールに体を向けると、静かに問いかけた。


「トール。あなた達はどうするの? いや、どうしたいの?」


 ペスカの問いに、俯いていたトールが顔を上げる。その顔には、悔しそうに固く唇を噛みしめ、血が滲んだ後が有った。


 悔しかろう、辛かろう、心配でもあろう。でも、それじゃあ駄目なんだ。それだけでは、呑まれてしまうんだ。

 かつて、ロメリアと対峙した自分の様に、怒りや憎しみだけで戦っても、悪神には届かないんだ。


 だから、どうする? どうしたい?


 それを決断しなければ、ならないんだ。それも、復讐とは違う方法で……。


 そして、ペスカは待った。あの時、冬也が自分の答えを待ってくれた様に。

 

 トールは答えられずにいた。トールは縋るような目でペスカを見つめる。それはそうだ。自分達だけでは事態を収拾出来ないのは、目に見えているのだから。

 

 なさけない。自分とて操られて、王国を襲撃したのだ。ペスカ殿に助けられていなければ、今も国境門で絡繰りになっていただけだ。

 情けない。ペスカ殿に頼らなければ何も出来ない自分が情けない。情けない。情けない。悔しい。悔しい。悔しい。


 敬愛する皇帝陛下は、どうなさっている? もしや帝都も既に? いや、考えまい。未だ救える。まだ、ペスカ殿がいる。ならばどうする?

 

 このまま手をこまねいてだけか? そうじゃない。自分はここで諦める為に、兵士になったんじゃない。ここで唯々泣いている為に、日々鍛えて来たんじゃない。自分は帝国を守る為に、ここまでやって来たのだ。


 情けなかろうが何だろうが。ここでペスカ殿の手を借りてでも! 違う、己を賭けてこそ武人だろ! もう情けない事は考えるな! 立て! そして戦え! 守るんだ! 自分は助けられてここにいる。だから次は、自分が全てを守るんだ!


 段々と、トールの目に光が戻って来るのがわかった。そしてトールは声を大にした。


「帝都へ向かう。この領都の住人達は心配だ。しかしこの帝国で、不可思議な事が起きているのは事実だ! 事態の収拾を図らねばなるまい!」

「あなた達だけで、何とかなるの?」

「出来るかどうかの問題では無い。我々は帝国を守る盾だ! 我等の命に代えてもこの帝国を守る!」


 トールが叫ぶと、帝国兵が足を揃え踵を鳴らす。トールと帝国兵の姿を見たペスカは、やや口角を上げトールに言い放った。


「そう、わかった。なら、余分に持ってきた兵器を渡す。その使い方を教えてあげる! この街も帝国も救ってあげる!」

「ペスカ殿、あなたは一体何者なのだ?」

 

 トールは、目を白黒させてペスカに問いかける。そしてペスカは、くるっと一回転してポーズを決める。


「私は伝説の大賢者、ペスカ様だよ! 帝国丸ごと私が救ってやるぜぇ!」


 ペスカの言葉に、トールを始め帝国軍やカルーア領軍も、一斉に片膝を突き頭を下げた。


「ペスカって名前は、印籠かよ!」


 冬也の呟きも空しく、帝国中隊がペスカの指揮下に入る事が決まる。全軍は一旦領都を出て野営をし、翌朝に領都の空間遮断解除を試した後、帝都に向け出発する事になった。

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