第四十六話 ライン帝国の異変

 ペスカは進軍前に、カルーア領軍五十名を十人一班に編成した。そして、シルビア、セムス、メルフィーをそれぞれ班の隊長に任命し、残り二班はシグルド指揮下に入る事に決めた。帝国内での戦闘も加味し、カルーア領に残る五十名分の兵器は、帝国軍に預ける事にした。

 帝国軍の部隊は、中隊長であるトール指揮の下、独立して行軍する事に決定した。国境門を越えたペスカ率いる遠征隊と帝国軍の中隊は、帝国軍を先頭に戦車、トラック、カルーア領軍と続き、ライン帝国に入国した。


「んで、トールさん」

「トールで構いません、冬也殿」

「なんかさ。その堅苦しい感じ止めてくんね」

「そういう訳にはいきませぬ」

「こういうのって友軍って言うのか? これから一緒に頑張る仲間なんだしよ」

「それでは、お言葉に甘えて。それで冬也、何が疑問だ?」

「いやさ、エルラフィア王国ってのは少し見たけどさ。ライン帝国ってのは、どんな所なんだろうってな」

「我が帝国は、ラフィスフィア大陸の中心と言っても過言ではない」

 

 ライン帝国は、エルラフィア王国の東に位置し、エルラフィア王国の三倍の国土を持つ。中央には豊かな平野、南は海に面し、農林水産業から工業まで発展し、あらゆる物が生産流通している。


 ライン帝国はかつてライン王国として存在していたが、軍国主義を掲げる王の下、長年に渡り少しずつ周辺の小国を統合し、現在のライン帝国となった。

 ライン帝国はその広大な領土故、併合前の国が辺境領として自治を認められていた。併合前の各王は辺境伯として領地を治め、内部組織にはライン王国を祖にする貴族が多数存在している。

 

 以前のライン帝国は、エルラフィア王国を含め周辺国といざこざが絶えなかった。しかし、二十年前の騒動を機に軍国主義を撤廃し、周辺国と不可侵条約を締結した。それと同時に騒動を治める為、ラフィスフィア大陸の各国と同盟を締結した。ライン帝国はエルラフィア王国と並び、同盟中心国の一つであった。


「それもこれも、皇帝陛下の偉業であれせられる」

「まぁデカいしすげぇのは、わかったよ」

「それだけじゃない、冬也。皇帝陛下は他にも様々な偉業を行い、この大陸を発展させておられるのだ」

 

 現在の皇帝は、同盟締結時の皇帝から後を継いだ三十代の若い皇帝であるが、国内の生産流通システムを革新した上、関税の見直しを図り周辺国との貿易流通を活発化させ、帝国経済を飛躍的に向上させた賢帝として知られている。


「きっかけがロメリアにせよ、戦争を止めて貿易を盛んにした。確かに賢帝って言葉が似合う感じだな」

「そうだろ。それにな」

「二人共、お喋りはそこまでだよ。トールは帝国軍の指揮にもどって。もう帝国内だよ、警戒を強めて」

「はい、ペスカ殿。それと領都までの道は、我らが先導いたします」


 国境門を越えたペスカ達は、帝国軍の中隊が記憶をなくす前にいた領都へ、一先ず向かう事に決める。エルラフィア王国との国境に隣接する領地である。


「野営地も決めないとね」

「そちらも我らにお任せ下さい」


 そう言うと、トールは馬を走らせて馬車を離れる。それからの行軍は、順調そのものであった。国境門までに襲来したドラゴンすら、影を潜めている。

 

 異常の無い道中に、トールは終始眉をひそめていた。


 ペスカの言葉を、全て疑っているのではない。事実、記憶の無いまま国境門にいたのだから。しかし、それが邪神と言われる存在の企みだと語られても、俄かには信じがたい。

 ただ、確実に帝国内で何かが起きている。そんな予感はしているのだ。だから今は、帝国内で何が起きているのかを、速やかに確認する事が大切である。

 トールは、逸る気持ちを抑えつつ、状況把握に努めようと必死であった。


 そして一向は一晩野営をし、翌日の昼頃には目的地の目前まで辿り着いていた。領都が見えて来ると、トールは帝国軍の歩みを止めさせる。そして馬を駆り、慌てた様な表情で戦車に駆け寄って来た。


「ペスカ殿。何かがおかしい!」

「うん。警備の兵がいないんだよね」

「はい。領都は王国との貿易の中心点です。如何に我らが不在にしたとは言え、警備兵すら不在なのは……」

「いや、多分それだけじゃないよ」

「それはどういう?」

「今、空から見てるんだけどさ。街にも人が居ないっぽい」

「はぁ? 何故そんな事が?」

「わかんない。もう少し様子を見るから、それまでトールの隊は待機ね」

「畏まりました、ペスカ殿」

 

 目的の領都は、高い塀で囲まれ二つの大きな門が有る。そこには、兵士じゃなくても誰かしらは居るはずだ。

 それは、存在していないのか、隠れているのか。領都を守護する塀なのだ、敢えて隠れる必要は有るまい。

 違和感を感じながらも、ペスカはドローンで映した光景をスクリーンに投影する。そこには、住民どころか巡回の兵士も見当たらない。

 領都にいるのは、住民だけじゃない。貿易が目的で訪れる商人達も多い。それら全てが見当たらないのは、不自然にも程がある。

 それらは偶然の一致ではないだろう。住民全員を巻き込んだ『隠れん坊』を行っているなら、話は別なのだが。それは、冗談が過ぎるというものだ。


「なぁ、街に人がいないって、おかしくねぇか?」

「ねぇ、トール。これがいつもの雰囲気って訳じゃ無いよね?」

「当たり前です、ペスカ殿。この領都は流通で栄えた都市です。いつもは商人達で賑わっている」

「警備の兵が見当たらないのは、あなた達が国境門に行ったせいじゃ無いよね」

「我が中隊は帝国の正規兵です。この領都には、たまたま駐屯していただけで、この領地にも領軍は別にいます」

「シグルド、王都に通信は繋がる?」

「いえ、領都に入ってから雑音が酷くて繋がりません」


 ペスカは軽いため息を吐くと、再びトールに話しかけた。


「ほら。やっぱり帝国で何か起こってるんだよ。理解してくれた?」

「疑っていた訳では無いのだが、申し訳ありません。急いで我々は、領主の下へ行き状況を確認して来ます。申し訳ないが、暫く領都に入るのは待って貰えないでしょうか?」

「う~ん、良いけど。セムス、着いて行って」

「承知しました、ペスカ様」


 ペスカの命を受けたセムスが、指揮下のカルーア領軍を連れて、トール率いる帝国軍と共に領主宅へ向かい歩き出した。そして、ペスカは次々と指示を出していく。


「シルビアとメルフィーは、領都の調査をお願い」

「かしこまりました」


 シルビアとメルフィーがそれぞれ、カルーア領軍と共に駆けて行く。


「俺たちはどうするんだ?」

「私達は待機だね。お兄ちゃん、一応いつでも戦闘が出来る様に準備しといてね。シグルドは後方の確認と、シルビア達が戻って来たら王都へ報告」

「わかった」

「承知致しました」


 ペスカは敢えて戦車を進めて、トール隊の前に停車させた。それに合わせて冬也が、魔攻砲が直ぐにでも撃てる様に準備をする。

 そして、シグルド達が乗ってきている戦車は、部隊の後方に配備させ襲撃に備えさせた。またシグルドは、領都を囲む様に残ったカルーア領軍を展開させた。


 兵の配置が終わると、ペスカは引き続きドローンでの調査を進める。上空から領都を守る結界を抜けて、建物の隅々まで。そこで、ペスカは更におかしな事に気が付いた。


「う~ん。マナが拡散していくね。ドローンが上手く操作出来ない」

「ドローンって、モーターか何かで動いてるんじゃねぇのか?」

「そうだけど。そのモーターはどうやって動かしてるのかな?」

「電気じゃ、そっかマナか!」

「中で魔法を試してみたいけど、流石にシルビアの報告を待とうか」

「お前が解らない事が、シルビアさんで何とかなるのか?」

「そう言えばお兄ちゃんは知らなかったっけ、シルビアは結界や空間魔法のエキスパートだよ。ただのまったりおばさんじゃ無いよ」

「マジかよ。意外だな! うわっ!」


 話をしていると、冬也の後ろの空間が歪み、シルビアが現れる。


「女性の秘密を探る物では無くてよ、冬也君」

「ビックリさせんじゃねぇよ、シルビアさん」


 冬也を驚かせた事で意趣返しは満足したのか、ペスカの前に立つとシルビアは真剣な表情で報告を始めた。


「ペスカ様。この領都は、外と空間が遮られております。昔ロメリア教会に潜入した時に感じた物と同種の、異質な空間です。恐らく魔法の効果は、極端に弱くなっていると思われます」

「やっぱりロメリアの仕業か」

「これが通常の魔法結界なら、大した問題は無いでしょうけど、異質な力を感じます。もし、ロメリア教会と同質の効果があるなら、放って置くとロメリア狂信者が大量生産される事になります」


 シルビアの言葉の深刻さがわからない面々ではない。冬也でさえ、それがどれ程の事を意味しているのか理解したのだから。

 しかし、悪い報告は続く。暫くすると、調査を続けていたメルフィーが戻って来る。その報告はシルビアの言葉通りの展開を、確信させる内容であった。

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