第四十五話 国境門鎮圧戦 後編

 暫く様子を見ていると、撃たれて倒れた兵士が、頭を振りながら起き上る。起き上った兵士は大きな口を開けながら、目を閉じたり開いたりを繰り返し周囲を見渡している。その後、周囲の兵士達に話しかけたり、肩を揺さぶっていた。肩を揺さぶっても何も反応が無い事に、ふらつく様子を見せた兵士は、カルーア領側に向かい大きく手を振り始めた。


「お~! 成功したようだね」

「だな。でも、あの人を放置じゃ可哀そうだぞ」

「そうだね。一気に仕留めよう。全軍、撃て!」


 試射も禄に行っていない兵士達が、近代兵器を扱えるのか? それは、可能であろう。狙いを定める時点でスコープが付いているのだ。目測よりも正確であろう。その後は、引き金を静かに引っ張れば良いだけだ。それなら弓よりも扱い易かろう。


 それに、ペスカの容易したアサルトライフルは、フルオートモードが有る。それこそ、銃を左右に振りながら連射すれば、狙いを定めなくても何かしらには当たるだろう。


 全ての兵士が構えたアサルトライフルが、一気に火を噴く。そして激しい音と共に飛び出した銃弾は、次々と兵士達に当り光を放つ。撃たれた兵士達は、次々と倒れていった。


 激しい銃声に反応したのか、国境門の後ろ側に陣取っていた帝国兵が前面へ姿を現す。それと同時に、百名近くの帝国兵が国境門から溢れ出して来た。ペスカは領軍へ第二射目の合図を行う。そして帝国兵が近づく頃を狙い一斉射撃を命じた。


 ダダダダダという激しい音と共に、向かってくる帝国兵が倒れていく。これが殺傷力の無い銃弾で良かったと、誰もが感じていた事だろう。


 向かってくるのは、同盟国の兵士達だ。しかも、悪神に操られているだけの、善良な兵士達なのだ。そんな兵士達を撃ち殺す事なんて出来ない。だからこそ、カルーア領軍は手をこまねいていたのだろう。


「辺りが血の池にならなくて、ほっとしているのは俺だけじゃねぇよな」

「当たり前だよ、お兄ちゃん。多分、みんながそう思ってる」

「そろそろ、終わりそうだな」

「うん。シグルド、辺りの状況は?」

「今のところ、襲撃の気配は有りません」

「よし! 領軍は警戒態勢を崩さぬ様、国境門の解放に移行せよ!」


 領軍は作戦通りに二班に分かれ、国境門へ突入する。立て籠っている帝国兵が残り僅かだったのか、制圧自体には然程の時間はかからなかった。

 カルーア軍は国境門を中心に陣を張り、守備を整えると共に帝国兵を国境門外に運んでくる。


 そんな中、意識を取り戻す帝国兵も出始めた。ただし、国境門にいる事を理解している者は誰もおらず、かなりの動揺をしている様子であった。


 邪神に操られていただけで、帝国側に戦う意思が無い事は明白であろう。ペスカは、領軍へ事情聴取を行う様に命じる。事情聴取を行い判明したのは、全ての帝国兵がここ一週間以上の記憶を失くしていた事であった。

 国境門の守備に当たっていた兵士を除く、二百名近くの兵士は国境沿いの領地に駐屯していた中隊で、領都に駐屯していた記憶しか持っていない。帝国側の中隊長に委細を説明すると、驚きの余り立ち竦んでいた。


 ペスカは、帝国側の中隊長に領都と帝都への連絡を促す。中隊長は直ぐに号令を飛ばし連絡を行うが、領都、帝都の両方に連絡が取れない状態であった。

 その報告を受け、ペスカは顔をしかめる。もう一つの予感が頭を過る。なにせ、ここで自分達を始末したければ、総力を上げて攻めてくればいい。

 そうしなかったのは、別の意図があるからだ。それは最早、最悪の状態に陥っていてもおかしくはない。


「シグルド。陛下へ連絡を急いで」

「今やっております」

「現状報告と、このまま帝国へ侵攻する許可を貰って」

「承知致しました」

「ペスカ。やっぱりこのまま帝国に行くのか?」

「うん。確実に帝国で何かが起きてるよ。見過ごす訳にはいかない」


 シグルドの連絡により、王都側でも帝国軍侵攻の状況は共有出来た。ペスカの語った通りの状況で、国王を初め重鎮達も動揺を隠せない様であった。

 

 帝国侵攻の許可が直ぐに下りた訳ではない。直ぐにはペスカ達も帝国へ向かえる訳でもない。

 帝国で何が起きているのか。状況次第では、間違いなく六人だけでは到底手が足りなくなる。領軍を連れて行けるなら、それに越したことはない。但し、これ等全てが杞憂で終わるなら、ペスカ達は同盟を無視して侵攻する犯罪者になりかねない。


 今後の方針は熟慮しなければならない。だからこそ、王国側も決めかねているのだ。


 それに帝国軍を撤退させるにも、未だ目を覚ましていない帝国兵もいる。撤退するにも、最低でも二日や三日の猶予は欲しいだろう。

  

 どの道、任務はこれで終わりじゃない事は確かだ。

 

「上手く正気に戻せたのは良かったけど、予想通りになり過ぎて、帝国に入るのが怖いな」

「そうだね。かなりやばい状況かもしれないよ」

「ペスカ殿。帝国軍の中隊長が来ております。お通ししましょうか?」

「うん。そうして」

「ペスカ様、私達はこのまま警戒を続けます」

「悪いねシグルド。皆もよろしく」


 戦車の中で周囲の様子を見ていたペスカに、カルーア軍の隊長からの伝言が入る。陣の中では衛生兵を中心に、帝国兵を介抱している様子が見て取れる。

 戦闘中とは異なった騒がしさの中、ペスカと冬也は陣の中央部へと歩みを進めていった。


 簡易的な軍莫が張られた中には、簡易的な椅子が設置されている。そこには、カルーア軍の将校と帝国軍の中隊長が既に座っていた。

 案内して来た兵士に促されて、ペスカ達も腰を掛ける。そして、話し合いが始まった。


「状況は未だ理解しかねる。しかし貴国の温情、誠に痛み入る」

「それは、いいけどさ。貴方達はどうするの? このまま帝国へ帰るの?」

「本国との連絡が取れない以上、貴国への謝罪は改めてとしたい。出来れば、このまま軍を引く事をお許し頂きたい」

「国へ帰った所で、皆が貴方達と同じ様になってたとしても?」

「そ、それは……」

「わかってないようだね。今は碌な対抗策も無しで、軍を動かす事は危険なんだよ。絶対にロメリアの奴が帝国で悪さしてるんだから」

「それを言い切れる根拠は?」

「それは、あなた達が立派な証拠じゃない。悪い事は言わない。貴方達は私の傘下に入って!」

「私だけでは判断しかねる」

「上に連絡がつかないってのに? 貴方が判断するしかないんだよ!」 

「それは……」

「撤退するにも、もう少し時間がかかる。それまでに判断して! そうじゃなきゃ、同盟に違反してると言われようと、私達は帝国に向かうから!」

「何故そこまで申される?」

「このままだと、世界が終わるかもしれないからだよ!」

 

 もし、危惧している事が実際に起きていたとしたら? もし、帝国が既にロメリアの手に落ちていたとしたら? そうなれば、次はエルラフィア王国だ。諍いをしている小国とて、いつ王国に牙を剥くかわからない。

 混乱している情勢の中、収める事が出来るのは対抗措置を設けている者だけだ。それは、ペスカ達しか有りえまい。


 それは、事情を知らされたばかりの中隊長とて、理解はしているのだろう。連絡が取れない事も、それに拍車をかけている。だからこそ、判断を迷っているのだ。


 本当は迷っている暇など、誰にも与えられてないのかも知れないのに。

 

 結局、その日は決着が着かなかった。議題は翌日に持ち越される事になる。恐らくこの状況下では、国を守るべき兵士達が一番不安なのだろう。

 自分達はどうすればいいのか? 何と戦えばいいのか? 何を守ればいいのか? さっぱりわからないどころか、今置かれてる状況さえも理解できないのだろうから。


 翌日になって、国王が直接話したいとペスカは報告を受ける。


「シグルドから報告を受けている。だが、あの帝国が易々と落ちるとは考えられん」

「それなら、放置しても良いと?」

「そうは言っておらん。だが、これが……」

「陛下。もう迷っている暇はございません。直ぐにでも帝国の状況を確認し対処しないと、次は我が国なんです」

「うむ、そうだな。貴殿の言う通りかもしれんな」

「ならば陛下!」

「うむ。貴殿は帝国兵を連れて向かうがよい。責任は私が取ろう」

「ありがとうございます、陛下」

「よい。その代わり、吉報を期待しておるぞ」

「承知致しました」


 早急に手を打たねばならない事は、エルラフィア王も理解していたのだろう。しかし、誰もが判断に迷った時は背中を押して欲しいものだ。それが、今回はペスカだったのだろう。


 そしてペスカは、他国の兵を入れた事が問題になった場合、エルラフィア王国が責任を持つと中隊長に説明をする。そして中隊長は、渋々入国の許可を出した。


 その後、約半分のカルーア領軍を防衛用に残し、残りの領軍は遠征隊の指揮下に入れた。更に帝国軍約二百名を帯同させ、ペスカ達は帝国領内に進軍を開始した。

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