第三十九話 ペスカと王立魔法研究所

 ドラゴンを退治した後、冬也は少し首を回す様にして緊張をほぐす。そしてペスカは操縦席で背を伸ばしていた。


「ん~」

「多少の憂さ晴らしは出来たかよ?」

「おぉ、流石はお兄ちゃん。私の事をよくわかってる」

「まぁな。お前、王様の所ですげぇ我慢してたからな」

「ホントは今直ぐにロメリアをぶっ飛ばしたいけどさ」

「それが出来るなら、苦労はしねぇって事だよな」

「そうなんだよぉ~。ホント辛いよ、お兄ちゃん」


 ドラゴンを一掃し鬱憤を晴らしたペスカと冬也。二人が戦車から顔を出すと、二人が操作した兵器について問いただそうと、王族や重鎮達がペスカに慌てて群がって来た。


「ペスカ殿、その兵器はいったい?」


 それもそうだろう。大陸中が戦争状態に陥ろうとしている。国内ではモンスター騒動が起ころうとしている。迫りくる危機に対して、ただ頭を悩ませていた所に、降って来た超兵器なのだ。指をくわえて見ていられるはずがない。

 沈んだ表情の謁見とは打って変わって、目をギラつかせながら迫って来る大人達は、ペスカからすればさぞかし気持ち悪かったに違いない。


「後ほど王立魔法研究所から、報告をさせますので」


 説明を面倒がったと言うより、怖かったのだろう。ペスカは逃げる様に戦車に乗りこんだ。そして慌てて引き留める重鎮達を尻目に、ペスカ達はその場から逃げるように王城から去った。


「ペスカ、一応聞くけど魔攻砲自体はこの世界で普及してるんだよな」

「うん、改良前のなら。生前の私が開発した物だからね。」

「じゃあ、この戦車は?」

「うふ。こんな現代兵器が、この世界に有るわけ無いでしょ」

「完全にオーバーテクノロジーじゃねぇか! お偉いさんが慌てる訳だよ」

「今更なに言ってんの。シグルドだってスルーしたのに。それに役に立ったでしょ」

「これ、どう説明するんだよ」

「王立魔法研究所には、生前の知り合いが居るから上手い事やるよ」


 冬也が頭を抱えて座り込む中でペスカは颯爽と戦車を動かし、本来の目的地であった王立魔法研究所へ向かう。


「所でさ、その何とか研究所ってのはどういう所だ?」

「それはね。魔法と魔法工学から兵器の開発までやってる国の重要施設なんだよ」

「それで? やっぱりお前が関係してるのか?」

「勿論だよ。だって、私がいたから研究所はおっきくなったんだし」

「要するに、オーバーテクノロジーの本拠地って事か……」

「だからね、国の重鎮でも王様の許可が無いと入れないんだよ」

「じゃあ俺達も入れねぇだろ」

「私は別だよ。関係者だし」

「元だろ?」

「そうそうって、おい!」


 他領でも盛んに製造販売されている生活用魔法道具は、全てここで研究開発されたものであった。そこで開発された物は工業区域内で製造され、各領地に新製品として出荷されている。

 製造されているのは、生活用魔法道具工場と魔攻兵器工場の二種類で、多くの王都住民が働いている。民営の生活用魔法道具に対し、魔攻兵器工場は国営で、王が指定した貴族達の管理下に有る。

 

「まぁ、研究所では色々頑張ったんだよ。因みにドルクもここの研究員だったんだよ」

「あの可哀想なおっさんが?」

「勝手にライバル扱いされてたけどね」

「遠目から見てもけっこうデカいな」

「そうでしょ。屋外実験とかやるから、敷地も広いんだよ。それに研究員はこの敷地内に住んでるからね」

「壁が高くて、中の様子はわからないな」

「そりゃあそうだよ、機密施設だし。研究員だって、簡単になれたりしないんだよ」


 研究所に近付くと、先ずは周囲を囲む壁の高さに圧倒されるだろう。それは、機密施設だからだけではない。万が一、実験が失敗して暴発等を起こした際に、周りに被害が及ばない様にする為の措置でも有った。


 その次に驚くのは、厳重な警戒であろう。正門には必ず衛兵がおり、訪れる者達を監視している。壁の周りにも衛兵が何人も見回っているのが確認出来る。

 これだけでも、王立魔法研究所が如何に重要施設かがわかるだろう。


 こうして話をしている間にも、ペスカ達は研究所の正門に辿り着く。そしてペスカ達は運転席から顔を出し、衛兵に声をかけた。


「連絡が入ってると思うけど、ペスカだよ」


 ペスカの言葉に、衛兵は急ぎ王城へ連絡を取る。だが、衛兵から入門許可が出るのには、そう時間はかからなかった。更にペスカは所長を呼び出す様に指示をする。暫くしてから衛兵が門を開けた。


 中央には五階建ての建物と大きなアパートに似た建物が鎮座している。建物の周りは大きな広場となっており、あちらこちらに陥没している箇所が見受けられる。


「あれが研究所か?」

「そう。それと、研究員の住居だね」

「結構デコボコしてるな」

「それは実験の結果だね」

「派手な実験をしてんだな」

「研究所内で出来ない様な実験は外でやるしかないしさ」

「当たり前っちゃあ当たり前か」

「後で案内してあげるね」

「おう。ちょっと、ワクワクして来た」


 そして広大な敷地内を移動し、ペスカは研究所の入り口近くに戦車を停めた。古巣が懐かしかったのか、ペスカは戦車を勢いよく降りる。対して冬也は、荷物を抱えてゆっくりと戦車から降りた。


 二人が戦車から降りると、研究所から出て来る集団が見えた。ほとんどの者はボサボサの髪によれた服の薄汚れた風体だったが、一人だけ身なりの整った白髪で豊かな髭を蓄えた老年の男性がいる。ペスカは集団に向かい、大きく手を振りながら声をかけた。


「お~い! 所長~! 元気~?」


 飛び跳ねながら、ペスカは集団に呼びかける。相反する様に、集団はゆっくりと近づいて来る。そして老紳士は、ペスカを見定める様にじっと見つめていた。手が届くほど近づいた頃、老紳士はペスカに話しかけた。


「まさか、ペスカなのか? いや、そのマナの感じ、ペスカに間違い無い。あぁ、久しぶりだ。また君に会う事が出来るとは」

「流石所長! 良く判ったね。久しぶり」

「連絡は受けてたが、小さくなったな」

「成長途中なんだよ!」

「ペスカ、その人は?」

「ごめん、お兄ちゃん。この人はマルクさん。この研究所の所長で、名誉侯爵。所長、この人は私のお兄ちゃん」


 紹介を受け、冬也とマルクは挨拶を交わす。だがマルクの視線は、直ぐに戦車へと移る。やや険しい表情で戦車を見ると、ペスカに向かい声をかけた。


「ドラゴンを撃墜させたのは、この兵器だな? うむ、色々聞かせてくれるんだろ? 君の事やこの兵器の事もな」


 マルクに先導されて、研究員達が研究所へ戻る。ペスカは荷物を冬也に任せ、マルクの後へ続いた。


「さて、せっかくだ。冬也君、施設を見て回らないかね?」

「あ~、それは私の役目なのに~」

「そうだったか。すまん、すまん。では一緒に案内するとしよう」

「よし、じゃあレッツゴー」

「レッツゴーって、最近聞かねぇよな」


 こうして研究所に入るなり、冬也はペスカとマルクに先導される様に、施設内を巡る事になった。


「一階はワシの部屋と事務関連の施設だな」

「研究員の休憩室とかもあるよ」

「まぁ、わかりやすい配置だな。ところでマルクさん。ここではどれ位の人が働いてるんだ?」

「ざっと百人くらいかの。工場や領地に出向している者もおるし、総勢で三百といったところか」

「結構多いな」

「一流企業並みでしょ?」

「基準がよくわからねぇよ」 


 一階をざっと見た後は二階への階段を昇る。やや平然としていた一階と比べ、階段の途中からでも騒がしいのがわかる。


「二階は魔法の研究をしてて、三階は魔道具の研究をしてるの」

「ここに従事している研究員が一番おおいかの」

「だからにぎやかなのか」

「大体の魔道具は、ここで開発された物なんだよ」

「で、それもお前の仕業ってか?」

「そうだよ、エッヘン」


 あちらこちらを飛び回っている研究員、机に置かれた紙とにらめっこしている研究員、はたまた怒声を上げながら議論を交わしている研究員と、様々で賑やかだ。

 ここが経済を支える中心なのかと思えば、感嘆の言葉さえ投げかけたくなる。


「因みにこっから上は、一般の研究員は立ち入り禁止なの」

「なんでだ?」

「それは、ここから上が兵器の開発を行っている場所だからじゃな」

「兵器? 魔攻砲とかか?」

「魔攻砲をしっているかね? いや、ペスカと一緒におったのだから当然か」

「それとペスカ。君の遺言通り、研究室はそのまま残してある」

「さっすが所長! ありがと~」

「それにしても、君は生まれ変わっても相変わらずなのだな。もう淑女と言って良い年だろう。もう少し言動に気を付けられないのかね」

「はっはっは~。仕方ないよ。人がそんなに変わるもんかね~」


 四階は流石に二階や三階の様な喧噪は無かった。私語禁止という訳ではなかろうが、あまり大声で内容を喧伝していいものでもない。

 だからだろう、どの研究員も黙々と己の作業をしているのが見て取れる。上階の実験室から聞こえてくる音が、良く聞こえる位だ。


 中にはこちらの世界に来て冬也が見た兵器も、ちらほらと置かれている。何に使うのか用途が計り知れない物も置かれている。

 それはそれで興味を惹かれるが、ここに長くいては研究員達の迷惑になりそうだ。

 

 そうして一向は、マルクに先導されて所長室に通される。マルクは人払いをした後、テーブルを挟みペスカ達と向かい合う様にソファーに座ると、会話を始めた。

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