第四十話 ペスカの依頼

 会話の口火を切ったのは、冬也だった。自分の妹が凄い事は既に承知の上だ。しかし、この施設と働く研究員を見た後に出る感想は、もっと違うものだった。


「所長さん、この馬鹿は何者だったんですか?」

「うむ。この子は私の教え子だったんだよ。数多い教え子達の中でも、飛び抜けて優秀でね。今この研究所で行われている研究は、この子の研究が元になっている物が多い」


 従来、王立魔法研究所は魔法研究室として王城内に有り、新しい魔法やマナの効率化、マナを補充するポーション等の直接魔法に関係した研究を行っていた。


 魔法研究室の室長を務めていたマルクが、たまたまメイザー領を訪れた際に、若くして魔法の扱いに長けていたペスカを見つけ勧誘し、魔法研究室の研究員とした。マルク指導の下、ペスカは次々と生活に役立つ魔法道具を開発し、魔法道具は爆発的に広がって行った。

 それに伴い、スラム街であった北地区を区画整理し、多くの工場を建て魔法道具の生産を行った。


 ペスカが開発した魔法道具は、貧困層の労働環境を改善しただけで無く、王国の経済を著しく上昇させた。その状況に気を良くした当時の王族は、ペスカに兵器開発を命ずると共に、魔法研究室を王立魔法研究所と改め、広大な敷地を持つ五階建ての研究所を建設した。

 尚、研究所でペスカが開発した魔攻砲と呼ばれる兵器は工場で大量生産され、二十年前の悪夢と呼ばれる事件の際、モンスター討伐やロメリア教徒の掃討に活躍した。


 マルクの説明が終わると、冬也は息を深く吐く様に呟いた。


「はぁ。そうですか」

「いやいや、お兄ちゃん。そこは私を褒め称えて、撫で撫でする所でしょ」

「しねぇ~よ、馬鹿」


 兄妹が微笑ましいやり取りをしている中、マルクは冬也をじっと見つめていた。その視線に気が付かない冬也ではない。しかし、値踏みしている様な嫌な視線でもない。だから冬也は、それを気にしない様にしていた。

 

 しかし、何かに満足したのか、マルクがゆっくりと口を開く。


「ふむ、冬也君。君のマナ保有量も相当な物だな」

「俺が? わかるのか? いや、わかるんですか?」

「口調は直さんでもよろしい。それにワシは名ばかりの貴族だ」

「所長は貴族って感じがしないよね」

「それは君もだな、ペスカ」

「それより、俺を見て何を感じたんだ?」

「いや、お兄ちゃん。所長の説明を聞いてなかったの?」

「聞いてたぞ」

「なら、わかるでしょ? 私をスカウトしたのが所長なんだよ。お兄ちゃんのマナだって、見ればわかっちゃうんだよ」

「特殊能力みたいなもんか?」

「いや、それとは違う。魔法を長く研究していると、他人のマナが良く見える様になるのだよ」

「はぁ、そりゃあすげぇな」

「さて、君の出自は敢えて問わぬ事にしよう。それでペスカ、今度は君が説明する番だよ」


 マルクは待ちきれないとばかりにペスカに問いかける。そしてペスカはやや間を置いてから、メイザー領の状況や邪神ロメリアの関与等をマルクに報告すると共に、日本の現代科学や発達した文明、そして近代の兵器についての説明を行った。


 マルクは始めこそ、訝しげな表情でペスカの説明を聞いていた。しかし、次第に目を輝かせる様になっていく。特に文明の発達や兵器の進歩については、質問を交える等と盛り上がりを見せていた。


 それが机上の空論や妄想の類でない事は、十全に理解をしていた事だろう。何せ、数時間前に起きた黒竜の襲撃では、謎の爆発によって黒竜が消滅したのだ。そしてペスカの乗り付けた戦車を目の当たりにしている。

 最後は、ペスカの論理立てた説明に、感嘆の声さえ上げていた。


「ふむ。理解が及ばない物もあるが、素晴らしいな! で、君は一体我々に何をさせようと言うのだね」


 マルクの問いにペスカは即座に反応する。荷物を取り出すと、中身をテーブルにぶちまけた。だがテーブルに撒かれた品々を見て、マルクは目を剥いた。

 ペスカが持ち込んだ物は、アサルトライフルにロケットランチャー、各種弾丸、手榴弾、それと各種設計図だった。


「お前、なんて物を持ち込んでんだよ!」

「近代兵器ってやつだよ」

「で、こんなのいつ作ったんだよ!」

「車を改良するついでに、ちょちょいとね」


 これには流石の冬也も、びっくりして声を上げた。当然だが、冬也は兵器の類を映像でしか見た事がない。勿論、触れた事なんて一切ない。故に、例え図面を見ようとも、現物が無ければ何の設計図かはわからない。


 しかし、実物がそこに有るのだ。訓練された者でなければ、決して一人では触ってはいけない兵器の数々がテーブルの上に並んでいるのだ。


 この世界には魔攻砲なんて、とんでもない代物があっても、肉弾戦と魔法が主流である。兵器の進化を何段階も飛ばす事を覚悟の上で、これらを設計したのなら、ペスカはどれだけの事を想定しているのだろうか。

 

 冬也の驚いた顔を見ると、ペスカは少しはしゃいだ様な声で、マルクに説明し始めた。


「アサルトライフルとロケットランチャーは百丁、弾丸はそれぞれ一万、手榴弾は千個用意して。弾丸に込める魔法の術式は、設計図に書いてあるからその通り作って。期限は一週間!」

「これが、先ほど話してくれた兵器か? 凄いな! しかし、期限が一週間とは……。 いや面白い!」

「研究所も工場も一旦作業を中止して、生産に取り組んでね」

「あぁ。君が言うのだ、任せたまえ。工場の管理している貴族達には、私から話を通しておく」

「話が早いね所長。ついでに戦車の報告を陛下によろしくね」

「戦車とは、君が乗って来た兵器の事だね。後で見せてもらった上で報告しておこう」


 マルクの対応の良さに、圧倒された様に固まる冬也だったが、訝しげな表情でペスカに問いかけた。


「お前、何を企んでるんだ?」

「私の予想が正しければ、これからの戦いはこれで勝てる!」

「何にだよ!」

「これから起こる戦争にだよ」

「もしかして、攻めてくる国ってのと戦う気か?」

「やだな~、人殺しなんてしないよ。戦争を止める為にこの兵器が沢山必要なんだよ」


 捲し立てる冬也を横目に、マルクはじっと図面を見つめていた。そしてぽつりと呟く。


「確かにな。これならば、戦争を回避出来るかもしれない」

「はぁ? マルクさんまで何を言ってんだ!」

「冬也君、よく聞きたまえ。君は周辺各国が我が国の領土欲しさに戦争を企んでいると思っているのか?」

「そんなのわかんねぇよ」

「いい、お兄ちゃん。これはロメリアの仕業なんだよ」

「どういう事だ?」

「ドルクを思い出して。あいつはロメリアに洗脳されてた」

「今攻めて来てる国ってのも、洗脳されてるって事か?」

「そう。だから、その洗脳を解いちゃえば戦いにならないって事だよ」


 恐らく冬也は完全に理解はしてまい。そんな冬也を横目に、ペスカは笑顔で高笑いをする。そしてマルクは、未知の兵器作成に意欲を燃やす。そんな二人の姿を、不安にかられる様に冬也は見つめていた。

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